ハロウィン特別編-6
デスサイズは赤口村が壊滅した事を通報するため1人、飛んで行った。
松田は瑠香と黒岩姉弟3人を守るためにその場に残る。
これは瑠香にとっては嬉しい誤算だった。
何せマーダーヴィジランテこと松田晶と言えばその名を知られたダークヒーローだ。そして、その実力はその目でしかと見ている。
だが、それは瑠香にとっては意外な事だった。
もしかすると松田はデスサイズと共に瑠香たちを置いて、そのまま吸血鬼たちの元へ乗り込んでいくのではないかと思っていたのだ。
狂気に染まりきった「死神」と「殺人鬼」。
誰がその2人が戦う力を持たない4人を守ると考えるだろう。
5人はプレハブのバス停の裏側に隠れていた。
風は無いが気温の最も冷え込む明け方近く。夜の帳は上がり始めて空は藍色になりかけていたが、周囲の吸血鬼たちが全滅してウィル・オ・ウィスプが姿を消したせいで先ほどよりも暗く感じるほどだ。
松田が思い出したようにメッセンジャーバッグから使い捨てカイロを取り出して4人に無言で配る。
「あ、……ありがとうございます」
意外な心配りに驚かされながらも礼を言い、瑠香は自身に配られたカイロの封を破り揉んでから、もっとも体の小さい清彦に自分の分のカイロを渡した。
清彦は3姉弟の中でもっとも厚着だったせいか、渡されたカイロをセーラー服とセーターだけの姉に譲ろうとする。だが清美も無言で差し出されたカイロを弟のポケットの中にねじ込んだ。
彼女たちの様子を見ながら松田は小さく頷き、意を決したように口を開いた。
「ねえ? ハンターさん?」
「!?」
これまで無言を貫いていた松田の声に驚かされたが、彼(瑠香も資料で松田晶が女性扱いされる事を嫌う事を知っていた)の声は良く澄んだ女優のような声だった。だが疲れのようなものも感じる。恐らくは肉体的な疲れではないだろう。だが、あのマーダーヴィジランテが長い戦いに倦むなんて事があるのだろうか?
「貴女、私に何かあったら、あの子を引取ってくれないかしら? ヴァンパイアハンター協会の方でも、ヒーロー協会でも、適切な方に……」
「……あの子と言うのはデスサイズの事ですか?」
「それ以外に誰がいるってのよ?」
「何かあったら」。その言葉が指し示す事態など瑠香には想像できない。
彼の真意を探ろうと顔を覗き込むが彼の口元はチェシャ猫のように口角の両端を上げていた。だが目は暗く沈み込んでいる。
「…………」
「あら? そんなに心配しなくても平気よ? あの子も貴女が思っているほどコチラ側に染まりきってるわけじゃあないし。でも、誰かが導いてあげなきゃいけないの。まだ子供だからね……」
「それは貴女が適任では?」
「私じゃあねぇ……」
「仲、良さそうに見えましたけど……」
瑠香の言葉が不意打ちだったのか、松田は照れ笑いのような表情を見せた。
「ん~? こないだ具合悪くした時なんか、あの子、お粥とか作ってくれたのよね~! 美味しかったわ!」
「なら……」
「だから私に何かあったらって話よ? だって……」
そこで松田は言葉を止める。
姿を消していたウィル・オ・ウィスプがまたゆらゆらと周囲を飛んでいるのに気が付いたのだ。
また戦いの時が近づいている。
だが松田が先ほど途中で区切った言葉の続きは「私は弱くなった」だった。
薄々とは感じていたが、決定的だったのは先の戦いだ。上級吸血鬼に取り囲まれた時、松田は憎悪の炎で吸血鬼たちを一瞬で消し炭にするつもりだった。実際、以前ならばそれができたハズだった。
石動誠に出会ってから自身の心を塗りつぶしていた憎悪が薄まっている。
彼、いや彼女は不死身の殺人鬼ではなくなっていたのだ。
やがてバス停の上空を飛行型の上級吸血鬼が取り囲み。
片側1車線の県道を覆いつくすように吸血鬼たちが埋め尽くす。
そしてバス停の背後は山の急斜面。子供たちの体力で逃げおおせるものではない。
夜明けはまだ遠い。
「……ど、どうしましょ……ヒッ!」
「…………」
瑠香が隣の松田の表情を見た時、思わず声が漏れてしまった。
先ほどの話の時を除いて松田の表情は口角を上げてニンマリとしたとぼけたような、人をからかうような笑顔だったのだが、今や彼の目は血走り、噛み締めた歯はギリギリと音を立てていた。
(こ、これが松田さん、いや“マーダーヴィジランテ”か……)
松田の怒気は周囲の空間にも伝わり、バス停の周辺を飛ぶ人魂の色が変わっていく。
そして松田はその怒り狂った表情を隠すように仮面を付ける。
立ち上がってバス停の影からゆっくりと出ていくマーダーヴィジランテと呼応するように、地の吸血鬼集団の中から1人の女性が歩み出てくる。
胸元の大きく空いた黒いドレスを身に纏った女性だった。人間の活動で汚された夜空など比較にならないほど綺麗な黒髪をしている。
「初めましてマーダーヴィジランテ。高名な貴女に会えて光栄です。そして貴女の血を吸……え!?」
「GRUAAAAAA!!!!」
マーダーヴィジランテが吼える。
コートの内側に隠していた洋鉈を思い切り振りかぶって投擲し、さらに2台の改造ネイルガンを地と空の吸血鬼目掛けて乱射していく。
自ら意思を持って飛ぶかのような洋鉈に触れれば容易く切り裂かれ、マシンガンのような釘打ち機から撃ち出された釘に被弾すれば爆ぜて消滅する。
愛用の洋鉈は言うに及ばず、釘にも先端に阿蘇市の教会を半ば脅して提供してもらった十字架を溶かした銀が塗られているのだ。
「ちょ! ちょっと! 貴女! 私の話を……」
クイーンヴァンパイアは未だ名乗る事も出来ずにいたが、マーダーヴィジランテは構わずに暴虐の限りを尽くす。
すぐに釘打ち機のマガジンは空になり、1台の釘打ち機は敵に向けて投げ捨てるがメッセンジャーバッグから予備のマガジンを取り出しもう1台のネイルガンに装填しながら洋鉈やアイスピック、ハンマー、ポンチ、バールのようなモノで次々に吸血鬼を殺害していく。
殺人鬼の2つ名に恥じない、正に“鬼”のような戦いだった。
憎い。
憎い!
憎い!!
我を忘れるほどに松田晶の心が殺意で埋め尽くされるほどに彼の動きは人知を超えた物になっていく。
「いい加減になさい!」
クイーンが自身の左手をコウモリに変化させてマーダーヴィジランテに突っ込ませる。
5、6mほど吹き飛ばされるが、何事も無かったように起き上がるとマーダーヴィジランテは次の標的をクイーンに定め、大型のポンチとハンマーを手に向かっていく。ポンチにも聖銀が塗られ輝いていた。
「ちょっ!? 南瓜頭を出して! 早く!」
女王の言葉に反応して上空に待機していた無数の大型犬サイズのコウモリがワイヤーで吊っていたコンテナをクイーンとマーダーヴィジランテの間に投下する。
だがマーダーヴィジランテは止まる事が無い。
「ウガアアアアア!!!!」
「……!?」
鉄道輸送用コンテナの鋼鉄製の扉が吹き飛びマーダーヴィジランテに直撃するが、彼はそれを右腕でガードしていた。
コンテナから現れたのは巨体。
デスサイズよりも優に50cmほど大きな身長だったが、猫背気味だったために実際はそれ以上かもしれない。
下半身にジーンズを身に着けただけの体には全身を覆う筋肉がそのモノのパワーを示していたが、それ以上に全身の雑な縫合後や埋め込まれたボルトのような部品。カボチャのように肥大した頭部とどこか生命に対する冒涜を感じさせる物体だった。
「アアアァァァァァ!!!!」
まるでメアリ・シェリーが書いたフランケンシュタイン博士の怪物のような異形はその巨体に見合わぬ素早い動きでマーダーヴィジランテに殴りかかるが、頭部を殴られたマーダーヴィジランテもカウンター気味にハンマーで殴りつける。
マーダーヴィジランテは巨体を相手にリーチの短いポンチは不利と思ったのか、手近な吸血鬼にポンチをダーツのように投げつけ、地面に落ちていたバールのようなモノを拾い上げてハンマーとの2刀流で異形に挑む。
「ガアアアアア!!!!」
「GRUAAA!!!!」
互いのノーガードの殴り合い。
大木のような腕を振り回してカボチャ頭が殺人鬼を殴りば、殺人鬼は腹部へ突き刺すような蹴りを叩き込む。
カボチャ頭が殺人鬼を捕まえて頭突きをお見舞いすれば、殺人鬼も持ち上げられて手が届くことをこれ幸いとばかりに案山子のような腕を振り回して敵の頭部をハンマーで殴りつける。
さらに側頭部から飛び出したボルトにバールを引っかけてカボチャ頭の頭部を下げさせて、もう1度、ハンマーを思い切り叩き込んだ。
「グアッ!?」
さすがに頭部への2連続のハンマーはさすがに堪えたのか、巨人は2、3歩後ずさりながら尻餅をついてしまった。
「フゥ~! ハァッ!」
好機と見たマーダーヴィジランテが気合一閃、右腕を振りかぶると彼の体が突如として炎に包まれる。
必殺のファイヤーフォームだ。
マスクの下から覗く双眸が歪な巨人を睨みつける。
どこからともなく回転しながら飛んできた洋鉈をキャッチすると洋鉈までもが炎に。
「止めてェェェ~~~!!!!」
「お願い!」
「MOーKOSを殺さないで!」
カボチャ頭の前に出て、異形を庇うように両手を広げる3人。
清美、清志、清彦の黒岩3姉弟だった。




