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「……け、結構、1年の間に色々とあったのね……」
真愛さんがテーブルの上にマグカップを置きながら呟く。
今日の真愛さんはゆったりとしたベージュのスカートの上にグレーの薄手のセーター。その上から白いカーディガンを羽織るというファッションだった。
いつもの学校の制服姿よりも大人っぽく感じる。僕はどんな格好をしても大人っぽくはならないだろうし、素直に羨ましく感じた。
「まぁ、真愛さんの現役時代ほどじゃあないだろうけどね!」
お世辞や謙遜ではなく真愛さんの現役時代はそれは大変だったらしい。
活動初期はそれほどではなかったみたいだが、海外から下半身が蛇のようになっている悪魔が来日してからというものは、毎週の如く懲りずに暴れ回る悪魔の相手をしていたそうだ。
主義、主張、信念、信仰も無くただ実力と行動力のある愉快犯とか、厄介すぎるよアーシラトさん……。
そして真愛さんの活動後期はアーシラトさんが改心したものの、名の売れてきた真愛さんとアーシラトさんでも構わずに突っかかってくる気合の入った連中の相手をしなくてはならなかったそうな。……まぁ、小学生女子に喧嘩吹っかけるヤツを「気合の入った」と形容していいのかは分からないけど。
僕たちは土曜日、約束通りに映画を見にZIONショッピングモールに来ていた。
昨日の体育祭で最後のクラス対抗綱引きで優勝した僕たちのクラスは、総合ポイントでもトップに躍り出て1年生ながら優勝を果たしていた。
行きのバスの中ではその話で盛り上がっていたらショッピングモールまではあっという間だった。
そして、まずモール内の映画館で何をやっているか確認しに行った。
人からしたら女の子と映画を観に行くのに何を観るか決めてないの? と思われそうだけど、僕が好きそうな映画をやってるという明智君に聞いてみても、ニヤリと笑顔で「行けば分かる」としか言わないんだもの。
けど今日、公開していたのは子供が好きそうな海外有名スタジオのフルCGアニメや、人気俳優のW主演で話題のサスペンス映画、少女マンガ原作の胸キュン系恋愛映画などで僕の好きそうな映画というのは違う気がする。
もし明智君が動物を擬人化したキャラクターがわんさと出てくるCGアニメを僕が好みそうだと思っていたのなら、後で少し話し合う必要があるんじゃないかな?
「…………」
そう思いながら壁面に張られているポスターを歩きながら眺めていた僕たちだったけど、端の方に張られていた1枚のポスターの前で思わず足が止まってしまった。
全体的に赤と黒を多用されたデザインとおどろおどろしいデザインの字体。そして大きく描かれた荒々しい毛筆調のホッケーマスク。
その映画のタイトルは「血しぶきバケーションin L.A」。
その映画は日本の有名映画シリーズのハリウッドリメイク版のようで、「血しぶきバケーション」シリーズは日本のホラー映画としては珍しく「幽霊」とか「呪い」とかではない「正体不明の殺人鬼」物だ。もちろんスプラッター映画でわんさとこれでもかと血のりが使われている。
そして、この映画に出てくる殺人鬼のモデルはマーダーヴィジランテさんだった。さらに言うとウチの兄ちゃんなんかは日本版の映画のDVDを見て夜中にトイレに行けなくなった事がある。
確かにこれは僕の興味を惹く映画だけど、どう考えても女の子と観にくる映画ではないと思う。さてどうしたものかな……。
幾つか前のポスターの今年の有名映画コンテストで大賞を受賞したミュージカル映画にしようかな?
「あら? これ、誠君の知り合いの人がモデルの映画でしょ? きっと明智君が言ってたのはこれよ!」
真愛さんも気付いてしまったようで上映時間を確認している。
「あ~……。真愛さん、こ、この映画はちょっと……」
「え? なんで? 面白そうじゃない!」
キョトンとした顔をした後で笑顔を見せてくる。
意外と真愛さんってホラーとか大丈夫なのかな?
「真愛さんはホラー映画とか好きなの?」
「いえ、あんまり見ないけど? でも、知り合いの人がハリウッド映画化とか面白そうじゃない?」
ああ、そっちか!
真愛さんからしてみればアーシラトさんが向こうで映画のモンスター役になるみたいなものかな?
「私もマーダーヴィジランテさんの事、興味あるし、この映画にしましょうよ!」
「えぇ!? でも、この映画、結構、アレなヤツだよ?」
友達のヴィっさんの事は悪く言いたくはないので控えめな言い方にはなるけれど、できれば察して欲しいかな?
けど真愛さんは僕の手を引いてチケット売り場に向かっていく。
「ま、真愛さん? ホントに大丈夫!?」
「平気、平気! 最近、やっとホラー映画とか楽しめるようになってきたのよ!」
「えっ?」
真愛さんの話では小学生くらいの頃にはホラー映画を観ても、自分の方が映画の中の幽霊やモンスターよりも強いだろうし、登場人物たちのアホな行動にイライラしてばかりだったそうな。
それが中学校に入ってすぐに変身能力を失ってみると途端にホラー映画が怖くなってしまったそうだ。
そして最近になって、ようやく楽しんで怖がる事ができるようになったという事だった。だが中々に映画館に来てホラー映画を観る機会というのも無かったそうで、意外と真愛さんが乗り気なのはそんな理由だった。
「……そういうことなら、いいのかな?」
「ええ! もちろん!」
それじゃあ、ここは真愛さんに甘えてハリウッド版のマーダーヴィジランテさんの映画にしよう!
チケット売り場でしばらく待って、僕たちの番になる。
「え~と! 『血しぶきバケーション』大人2枚お願いします」
「あの、こちらの映画はR-15指定になっておりますが……」
「あ、僕、16歳です」
「えっ!?」
ビックリした顔の受付のお姉さんにヒーロー登録証を見せる。
ここで学生証を見せないのは別の理由もある。
受付のお姉さんはしげしげと登録証と僕の顔を見比べて納得がいったのか営業用のスマイルに戻った。
「……失礼しました。それではヒーロー割引で2枚、2000円になります」
「あ、真愛さん、ここは僕が出すよ」
「え、いいの?」
「うん。ハドーのお陰で潤ってるからね!」
「ふふ、じゃあ、ここは奢られちゃおうかな!」
ヒーロー登録証を見せると今日みたいな週末だって1800円のチケットが1枚1000円になるのだ!
それにハドー総攻撃の時の報奨金はまだ計算と予算措置が終わってないとかで出てないけれど、その前の三浦君と天童さんが襲われた時の分だってほとんど残ってる。
週末とはいえ、席はガラガラらしく良い席を確保する事ができた。
けど次の上映時間まで1時間以上もあるので、僕たちはモール内のカフェで時間を潰す事にした。
真愛さんは舌を噛みそうな名前の、上にたっぷりとクリームの乗ったコーヒーを、僕はカフェラテを頼んで席についた。
大きな窓から差し込んでくる日差しは強いけど、屋内は空調が聞いていて過ごし易い。今年はあまり気温が上がらないというけれど今日は穏やかな陽気と言っていいんじゃないかな?
「ねぇ? 映画の前に誠君の話でも聞かせて?」
「例えば?」
「誠君の知ってるマーダーヴィジランテさんの事とか、その前後の話とか……」
「そうだねぇ……」
何から話始めようかと考えて、ふと思い出して先ほどのヒーロー登録証を真愛さんに見せる。
「これは……?」
「ここの推薦人の所を見て!」
「ああ、デビルクローの他に……」
そう。僕の登録証には推薦人として兄ちゃんの他にもう1人。マーダーヴィジランテさんの名前が載っていた。
そして真愛さんに語る僕の去年のお話。
僕がまだボケナスに洗脳されていた頃にアジトに乗り込んできた少年の話。
僕が初めて兄ちゃんと一緒に戦った時の話。
僕とマーダーヴィジランテさんのところに乗り込んできた児童相談所のお役人さんの話。
初めて真愛さんの後輩たちと出会った時の話。
そしてヘンテコな宇宙人とマーダーヴィジランテさんから託された分身の話。




