26-17 9月その4
「……ホントに塩って安いのね……」
絶望のゼスがビニール袋に入ったピンク色の結晶を太陽に透かしながら呟く。
近場のホームセンターで家族へのお土産用に買ったヒマラヤ産の岩塩は1%ほど含まれるミネラルや太古の微生物の死骸のためにサーモンピンクの美しい色合いが特徴で、食品以外にも加工されてインテリアなどにも利用される事があるそうだ。
「でしょ? 塩なんかのために殺し合うだなんて馬鹿げているよ!」
公園の芝生の上に座ったゼスの隣で石動誠が咎めるような声を上げる。
「馬鹿げてるって……」
否定したいが先ほどのホームセンターの売り場を思い返すと反論する事ができなかった。だが、石動仁が助け舟を出してくれた。
「まぁ、そう言ってやるなよ。地球人だってかつては塩の産地を巡って殺し合った歴史もあるんだ……」
「ん~、それもそうか……」
兄の言葉に納得した誠が気を取り直してレジ袋の中から和菓子を取り出し、ゼスと兄に1つずつ渡して、自分の分の包装を開けてかぶりついた。
ゼスも彼に倣って透明な包装を取って1口。
「あ、美味しい。甘いのにしっかり塩の味がする……」
最初、ホームセンターの後に寄ったコンビニで「塩大福」なる甘味を見つけた時は、甘いのかしょっぱいのかどちらかにしたらいいのにと困惑したが、実際に食べてみると塩味と甘味が相互に引き立てあった味はゼスの味覚を多いに満足させるものだった。煮て潰された甘じょっぱい豆類とそれを包む良く伸びる不思議な食べ物が複雑な味を調和させているのだ。
ゼスの配下の戦闘員たちも車座になって芝生の上で地球の食品や飲み物を多いに楽しんでいるようだ。
植物の実を揚げて塩を振りかけた物や塩味の効いた鶏肉。それに塩と果汁を合わせた飲み物。
彼らにとってはこれほどまでにふんだんに塩を使われた物を口にするのは初めての事だった。おずおずと慎重にではあるが少しずつ未知の味覚を口に入れていく。
マーダーマチェットを手にした誠の前に出て涙ながらに格闘の構えを取るゼスに仁が彼女たちの戦う理由を尋ねると、なんと塩を入手して母星系に帰らねばならないという。
つい石動兄弟も怒鳴るようにツッコミをいれてしまったが、よくよく考えてみるとそれはそれで理由があるのだろうと気を取り直して話を聞いてみる事にしたのだ。
とりあえず力場防御装置を停止してもらってから、軽くマーダーマチェットをゼスに向かって放ってみるが、バリアーの類は無いというのに鉈はゼスを避けて誠の手に戻っていった。
マーダーマチェット基準でも彼女は悪人ではないということだった。
彼女も前と後ろから怒鳴られて怯えていたせいか、何も言わずに防御装置の解除をしてくれた。
それでゼスたちの話を聞いてみると、彼女たちの母星フィジョーバ星はすでに無く、星系の恒星からエネルギーを得られる場所に幾つかの人工島を作りそこで細々と暮らしているのだという。
当然、経済規模も小さく得られる資源もほとんど無いため、生活を維持するために必要な物資は僅かな交易と星系外への採取で賄っているのだとか。
塩(塩化ナトリウム)も彼らフィジョーバ人の生命の維持に必要な物質でありながら、星系外に入手先を依存している物質の1つである。
ナトリウムと塩素の化合物という単純な組成であるために、かえって代用も合成も利かないのだ。
だが彼らが長らく使っていた某無人星からの補給ルートは宇宙怪獣の生息域になったり、犯罪組織の版図になったために使えなくなってしまっていた。
宇宙怪獣はともかく、犯罪組織の方面は上納金さえ納めれば通過ができるのだが、先にも述べたとおりフィジョーバ人の経済規模は小さい。とても法外な金額を払えるものではないのだ。
なんとか別の方面のルートを開拓したものの、その採取船団が帰還するまではワープ航法を用いても1年ほどかかる。
それまでの間の塩を入手しなければならなかった。それも喫緊に。
そして白羽の矢が立てられたのが太陽系第3惑星、地球だった。
「ちょっと待って! えっ? 宇宙じゃそんなに塩って珍しいの?」
話を聞いていた誠が驚いたような声を上げる。
「いえ、塩自体は珍しい物じゃないんだけど、塩が取れる星は大体はどこかの勢力下だし、無人の星も気象や大気の組成の関係で降下できなかったり、怪獣とか危険生物がいたり、海が無くて採取に時間がかかったりするのよね……」
「なるほど、太陽系だって常に暴風が吹き荒れてるような星だってあるし、強酸性の大気じゃ作業なんかできねぇもんな……」
「怪獣とかは分かんないけど、岩塩掘るよりも海水をくみ上げて塩を取る方が単純だってのは分かるよ」
意外にもゼスの言葉に石動兄弟も同情の色を示していた。
それに地球人は自分の住んでいる惑星から出ないというのに、ゼスの言う事を良く理解してくれている。
「でも、それが何で僕たちを『病院送り』にする必要なんかあるのさ!」
「……そうねぇ。貴方たちが最大の障害だから。かしらね……」
「え?」
ゼスが語る彼らの作戦はこうだった。
地球のどこか大洋に採取船を降下させて誠の想像通りに海水から塩を分離する。地球の巨大スーパーロボットが妨害に来ても、それらを何度でも行動不能にするだけの対艦ミサイルは十分に持ってきているし、警戒網を敷くだけの艦載機も予備機も含めて万全。
となれば人間大のサイズで強大な力を持つ石動兄弟を先にしばらく行動不能にしておけばなんの障害も無くなるというわけだ。
「スーパーロボットを行動不能にって撃墜じゃないの?」
「いやぁ……。地球人に恨みがあるわけじゃないですし……。それに行動不能にするだけならミサイルの数も少なくて済みますし……。そうすれば何回、襲撃にあっても迎撃できますし……」
「で、用が済めばとっとととんずらと?」
「まあ、地球人は太陽系外までは追って来ないでしょうから……」
改めて他人の口から聞いてみれば酷い話だとゼスは思った。恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じるほどだ。
案の定、ゼスの話を聞き終えた石動兄弟は可哀そうな人を見る目でゼスたちを見ている。
「……お前ら、『頭の良い馬鹿』だろ?」
「なっ!? 失礼な私はこう見えても銀帝大を出てるんですからね!」
「誠、そんな大学、知ってる?」
「知らな~い!」
ゼスが石動兄弟襲撃部隊の指揮官に抜擢されたのはその銀帝大技術学科で培った開発能力を買われての事だった。
事実、彼女は資料映像で見ただけの変身システムを暴き、その妨害装置まで作り上げていたのだ。
変身もしないで殴りかかってくる兄や、ホラー路線に片足突っ込んだ弟など常識外れもいいとこの兄弟の前にゼスの作戦は無残に失敗していたが、他の者が相手であったならばどうであろう?
「んじゃ、そっちのプロテクターのマッチョたちも同じ大学の人なの?」
「いや、彼らは高校の後輩のスペフト部員たちだけど?」
「はるばる地球まで付いてきてくれるだなんて、良い後輩たちじゃん?」
「ええ、そうよ」
作戦は失敗したが、こればかりは今でも胸を張って言えるゼスの自慢だった。
スペフト部員たちは故郷の危機のために大学留学から帰ってきたばかりのゼスとともに地球、それも数多の侵略者が跋扈する日本に降り立った度胸の持ち主たちなのだ。
「だったら、怪我するような事させんなよ? 大学出のエリートさん?」
「うっ……!」
「さっきも言ったけど、塩くらい買えばいいじゃん!」
「ほら、この『ハローワールド』の写真集を買うのに幾ら使ったか言って見ろ!」
「えっとBOOKOFで3万円くらい?」
その金額を聞いて石動兄弟は揃って大きな溜め息をついた。
「な、何よ! 馬鹿にしないでよ! 3万円で一体、どれほどの塩が買えるっていうのよ!」
「ん~、その前にさ……」
「何よ……」
「俺がハロメンだって誰から聞いた?」
「え? 貴方の小中高と同級生だった佐藤さん……」
「タケシ? シゲル?」
「茂さんの方……。5千円くらいの菓子折り持って取材って言ったらすんなり教えてくれたわよ?」
「はぁ~?」
その場に頭を抱えてしゃがみこんでしまった仁に代わって誠が話を続ける。
仁にとってはアイドルのファンだったということは弟にはあまり知られたくない事だったようだ。
「えとさ、話を戻すけどさ。その3万円+菓子折り代5千円じゃ大した量の塩なんて買えないだろうけどさ……」
「うん……」
「だったら戦闘機とかミサイルとか地球で売ったら? きっと高く買ってもらえるよ?」
「いやいや! ミサイルだけは最新型で数はあるけどありふれた物だし、戦闘機なんか型落ちよ? まぁ、使う機会もあまり無かったし、整備はしっかりしてるから新品同然だけど……」
ゼスは二束三文にしかならないだろうというつもりだったが、誠は彼女の言葉に目を輝かせる。
「え!? 新品同然ってホント!」
「え、ええ、まぁ、あんなに綺麗な物は大学の実習室でもお目にかかれないわね……」
ゼスもそれは採取船の技術担当として航海中に自分の目で確認してきたことだから断言できる。
彼女の言葉を聞いて誠は左手で小さくガッツポーズを作り、ポケットからスマホを取り出して電話を始めてしまった。
「あっ! もしもし犬養さん! 異星人の戦闘機とかミサイルとか下取りに出したいんだけど、防衛省の担当の人を紹介してもらえないかな? うん。この電話番号を教えて、かけてもらってもいい? あ、で代金は塩で欲しいんだけど、うん。そう塩、しょっぱいヤツ! それじゃお願いしま~す!」
それから誠はしゃがみ込んだままの兄を立たせ、ゼスとスペフト部員たちを引き連れて「地球の塩の値段を教えてあげる」といって近場のホームセンターとコンビニに歩いて行ったのだ。
塩大福をゆっくりと咀嚼しながら、ゼスはピンク色の岩塩を眺めて先ほどまでの事を思い出していた。
大福が無くなってからはスペフト部員たちが食べている「ポテトチップス」なる物を数枚、分けてもらい、その後はまた甘しょっぱい塩飴だ。
「……驚いたわね。25キロの塩が2千円しないだなんて……」
つまり自分の体重と同等の塩を購入するのに4千円弱。
改めてゼスはアイドルの写真集だの、佐藤さんへの手土産だの無駄な事に金を使ってしまった事を後悔していた。
そうこうしている内に誠のスマホに着信が入る。
「はい。石動です。はい。どうも、お疲れ様です。急な話で申し訳ありません……。いえ、いえいえ。僕じゃなく異星人本人が隣におりますので……」
そして誠から渡されたスマホを彼のように使って通話してみる。
「はい! 代わりました。ゼツゥボー・ゼスと申します」
「あ、どうも! 今回はご提案ありがとうございます! 我々といたしましても是非! ゼツゥボーさんのご提案を前向きに考えさせていただきたいと思います!」
スマホ越しに聞く男の声は穏やかながらもしっかりと熱意を感じられる物だった。「前向き」どころか「前のめり」なのではと思うほどだ。
隣で誠が「ゼツゥボー」と聞いて笑いを押し殺して胸の辺りを押さえているが、ゼスの本名はこっちだ。大事な商談である事だし無視することにした。
「ところでゼツゥボーさんは代金を塩でお望みだそうですが……」
「はい!」
ゼスたちの希望でいえば8500トンだが、危険を冒さずに取引できるのであれば5000トン。いや、せめて6500トン……。
「我が国の塩の備蓄量は……」
「はい……」
まるで自身が被告人の裁判の判決の言い渡しのようであった。電話の相手が一瞬、唾を飲み込んだ時間がやけにゆっくりに感じる。
「我が国の塩の備蓄量は10万トンです」
「はわわっ!」
「さらに我が国の塩の生産、輸入合わせて年間900万トン以上。さて、いかほど必要でしょうか?」
その途方もない数字を聞いた瞬間、ゼスは母星系を出発して1カ月ほどの苦労が全て報われるような気がしていた。
電話の相手にペコペコと頭を下げながら話をしていくゼスを見て、スナック菓子を摘まみながら仁は弟に尋ねる。
「誠? なんだか話が早くないか?」
「うん。前に犬養さんから世間話の時に海自の戦艦の改修で異星人が宇宙戦闘機に使うようなジェネレーターが欲しいって聞いてたの思い出してね」
「ん? なんでまた?」
「なんでもレールガンとか使うのに今のままだと電力が足りないらしいよ?」
「そら海自の戦艦ったら大和級だろ? それじゃあな……」
「改大和級だけど、大差はないよね」
兄弟にスペフト部員たちがこちらに来いと手を振っている。
ゼスの電話はまだ終わりそうにないので、2人も彼らの中に加わる事にした。
仁と誠が近寄っていくと、彼らも2人のスペースを開けて笑顔で歓迎してくれた。
翌年、フィジョーバ星系からもたらされた動力炉を組み込まれた海自の「きい」「おはり」、また異星製ミサイルを搭載したスーパーブレイブロボはハドー総攻撃に際に獅子奮迅の働きを見せる事になる。
これにて第26話は終了です。
今回の話について少しだけ補足を。
日本の塩の備蓄量10万トンというのは「日本の全人口が食用に使う3ヵ月分」だそうです。
そして生産、輸入合わせて900万トン以上というのは、
食用の他に工業用などに使われる分も合わせた数字になります。
それでは、また次回!




