26-12 7月その3
埼玉県赤夢市に降り立ったデスサイズは存外に苦戦していた。
これは彼の戦闘経験が乏しい事が最大の原因であった。
これまで彼が戦ってきた敵で強敵といえば、彼と同じシリーズである大アルカナである。大アルカナが相手であれば敵の性能は予想できる。自然、勝負は互いの動きの読み合いとなる。それは持ち時間無しの将棋やチェスを命賭けでやるのに似ていた。
大アルカナ以外の敵は改造人間の性能で押し切る事が出来たのだ。
だが目の前の敵、超次元海賊ハドーの獣人はこれまでの敵とは一味違う相手であった。
侵攻先の生物の遺伝子を組み込む事によって、異次元の環境に最適化されたハドー怪人は非常に生物的な特徴を有していた。
それがデスサイズを苦しめていた
無論、総合的な性能でいえばデスサイズ本人を含めた大アルカナの方が数段、上の性能を持つ。
だが、これまでの戦闘とはまるで別次元の戦いに引き摺りこまれた感がある。
しかもサンショウウオ怪人の爪に対してデスサイズは間合いの大きな大鎌での戦闘を余儀なくされていたのだ。懐に飛び込まれて大鎌に刃を当てる事ができない。刃を当てる事ができなければ必殺の時空断裂斬ですら無意味であろう。
死神の大鎌の大振りの一撃をバランスを崩しながらも躱した怪人が無理矢理な姿勢で瞬発力を活かして飛び込んでくる。
振りかざされた爪を躱し、怪人と位置を入れ替える形になったデスサイズが手元に戻ってこない洋鉈を思い出してチラリと魔法少女の方を見ると、ヤンキー風魔法少女は右手にテーピングで固定した木刀と左手の洋鉈で迫るロボット集団をスクラップの山に変えていた。
(うわぁ……。なんだアレ……?)
金色に染め上げられた長い髪を振り乱して踊るように2刀流で戦う少女はデスサイズの「魔法少女」というイメージを一変させるに十分なモノだった。
(僕もなりふり構ってられないか……)
敵や自分自身が巻き上げた泥にまみれながら戦う少女の姿は死神の心にも変化を促していた。
「……ハアアアァァァ!」
気合の声を上げて上げて大鎌を全身の力で振りかぶる。
無論、大ぶりの一撃が躱されるのは分かっていた。
そのまま大鎌の重量を使ってスピンするように体を回す。
そして敵に背中を向けて大鎌の石突を怪人の胸部に叩き込む。
「……ぐはっ!」
敵に背を向けるというリスクを取った甲斐があり、石突の一撃はサンショウウオ怪人の心臓を貫通していた。
口から鮮血を吐く怪人にビームマグナムを突きつけ、親指でハンマーを起こして発射。
心臓と脳を破壊されてしまえば強力な再生能力を誇るハドーの両生類型怪人といえど絶命を免れ得なかった。
ロボット軍団を粗方、片付けた米内蛍は死神の戦いぶりを見て感心していた。
結局、解体工場近くに現れたハドー怪人は彼1人で殲滅していたのだ。
このまるで死神のようなヒーローは一体、どのようなヒーローなのだろう?
まるで子供のような声だが、身長は170cmの蛍よりも大分、高い。それにボロボロのマントの隙間から除く脚は日本人離れした長さだった。
そのヒーローが自分を「子守り」すると宣言して、それを有言実行したのだ。そんなことは蛍にとっては初めての経験だった。
この「男」の事を意識せずにはいられなかった。
自身の大雑把な性格のせいか変身して髪の色も金色に変わったハズが、何故か頭頂部だけ元の黒髪のままだった部分を意識して魔力を通して金色に染め上げてから彼に声を掛けようと近づいていく。
だが、さて、何と言って声を掛けたらいいものか?
結局、彼女は自分の感情をさらけ出す事が躊躇われて、自分の属する集団に取ってはありきたりな方法で挨拶するしかできなかった。
「お控えなすって、お兄さん!」
「ファッ!?」
「控え下さってありがとう御座います。手前、粗忽者ゆえ、前後間違いましたる節は、真っ平ご容赦願います。向かいましたるお兄いさんには初のお目見えと心得ます。手前、生国は日本国、帝都は西端。大H川の清水を産湯に使い。姓は米内、名は蛍。稼業縁持ちまして2代目さくらんぼ組を継承致します若い者で御座います。以後、万事万端、お願いして、ざっくばらんにお頼申します」
「…………えぇ……」
後にこの時期の自身を「荒んでいた」と言うデスサイズこと石動誠であったが、ヤンキーだと思っていた魔法少女が実は絶滅したハズのヤクザだと知り、困惑しながらも「世の中は広いな」と思わざるをえないのであった。
スクラップヤードの一画で2つの影が交差する。
何度も。
何度も。
緩急を付けて行く度もすれ違う2人はまるでダンスを踊っているようでもあったが、両者の踊りを彩るBGMは風切音と銃声、そして雨音だった。
1人はハドーのトカゲ型怪人。
人間大のサイズと太い首と頭部からインドネシアに生息するコモドドラゴンを思わせる姿だ。
トカゲ怪人が振り回す棍棒には自身の口から抜け落ちた牙がビッシリと取り付けられ、それが振り回される度に風切り声を上げているのだ。
そして、もう1人は魔法少女ヤクザガールだった。
両手にそれぞれ魔法拳銃を持ち、軽やかな動作でトカゲ怪人を翻弄していく。その動きは両手の拳銃がまるで新体操の手具のように見えるほどに洗練されていた。
彼女は小沢、「2丁拳銃のザワ」の2つ名で呼ばれるほどの魔法少女だった。
小沢はその異名通りに両手の拳銃を次々にトカゲ怪人に浴びせていく。
その速射性は短機関銃のような速度で止まる事がない。
フルスイングの棍棒を躱し、鞭のように唸る尻尾を避けながら次々と銃弾の雨を降らせていく。
だが効かない。
効かないのだ。
トカゲ怪人には毛ほども効いた様子が見られなかった。
だが、それは小沢も分かっていた。
ハドー怪人の強力さは噂に聞いていたし、先ほどの3年生からの通信でハドー怪人がマカロンの銃弾を受け付けないとハッキリと自分の耳で聞いていたのだ。
だがその3年生2人の元へ救援に向かう途中、突如として現れ、行く手を阻んだトカゲ怪人を1人で食い止める事にしたのは自分自身だった。
2人を救出するのに犬養の作戦立案能力が必要になるかもしれないし、それに片岡の特化能力は「気配遮断」、鮫島は「夜戦特化」。現状で犬養を除いて自分が最も直接的な戦闘に向いた能力を持つという自負が小沢にはあった。
小沢の特化能力は「高速リロード」。
2丁のマカロンを連射し続けられているのはこの能力のお陰だった。
だが、それも牽制になっているかどうかすら怪しい所だ。何しろいくら銃弾を叩き込んでもトカゲ怪人は怯みもしないし、逆に小沢の方は1発でもトカゲ怪人の棍棒を貰うわけにはいかないのだ。
確かこのトカゲ怪人と良く似たコモドドラゴンには猛毒があったハズだ。
牙の分泌腺から出る獲物の血液凝固を妨げる毒と、不潔な口内で繁殖するバクテリアの腐敗毒のダブルパンチ。
トカゲ怪人の棍棒に取り付けられている牙に毒の機能があるかは分からないが、あると思って行動した方がいいだろう。
自分の攻撃は一切、効かないし、敵の攻撃は掠る事すら避けなければならない。
終わりの見えない戦いに小沢は軽い徒労感を覚えていた。
「おぅっと! 探したぜ~! ザワちゃ~ん!」
突如、トカゲ怪人の背後から小沢に声を掛ける者がいた。
この場に似つかわしくない暢気なその声に小沢は聞き覚えがあった。
「まったく、あいつら、俺の事、置いてとっとと行っちまいやがるし、明智は入り口で生まれたての小鹿みてぇに足、震わせてやがるし……。酷ぇと思わねぇ?」
現れた男はテンガロンハットを被り、白いシャツの上に皮製のベスト。ビンテージ物のジーンズに腰には拳銃のホルスター。
だが、そんなカウボーイスタイルにも関わらず、その男の顔はどこか眠たそうな純日本人の顔立ちだった。長年の不摂生のせいか顎の辺りが弛んでいる。
「……乾さん!」
「ツレねぇなぁ! ザワちゃん! 気軽にヘイ! ジョージィでいいぜ!」
「……ジョージ・ザ・キッド!」
「おう! まっ、キッドって歳でも無ぇけどな!」
トカゲ怪人が小沢に背を向けて乾譲司に正対する。
明らかに小沢を無視して乾を優先した格好だ。
「魔法少女」である自分を無視して、ただの「人間」である乾を優先する。しかも乾の武器は腰に下げた拳銃1丁なのである。これは小沢の自尊心を傷つけたが、トカゲ怪人が何故、乾を優先したか、その理由はすぐに明らかになった。
「……死ねぇぇぇ!」
「あらよっと!」
乾に対して飛び掛かろうとしたトカゲ怪人であったが、乾が腰のホルスターから拳銃を引き抜くと同時に発砲すると、臀部を抑えて真上に飛び上がってしまったのだ。
「ケツに鉛玉ブチ込まれるってどんな気分だ~? 人間じゃ死んじまうし教えてくれよ?」
無論、正対しているトカゲ怪人の肛門を直接、狙えるワケが無い。乾は地面に跳弾させた銃弾を跳弾させたのだ。
しかも地面は雨でドロドロのイレギュラーな状態であるし、トカゲ怪人は今まさに飛び掛かろうと動いていたのだ。恐るべき技量と言えるだろう。
トカゲ怪人は倒れ込みこそしなかったものの、目と口を大きく開けて悶絶していた。
「おっと、大きな御口で……。ジャックポッドだ!」
乾はトカゲ怪人の開いた口へ拳銃を発砲。硝煙の上がる銃口をテンガロンハットの縁に当てて持ち上げてみせる。
だが……。
「痛ぇだろ!? コノヤロ!」
「うひょお!」
さすがに人間用の銃弾では45口径弾といえどもハドー怪人を殺す事はできず、トカゲ怪人は鉛玉を吐き出して激昂して乾に襲い掛かった。
「危ない! 乾さん! どいて!」
小沢はブーツに「加速」の魔法をかけて跳躍し、乾に倣って怒り狂うトカゲ怪人の大きく開いた口へマカロンを撃ち込む。
もちろん同じ轍を踏まないように「貫通」の魔法をかけて、「最大出力」でだ。
「ふぅ~! 助かったぜ~!」
さすがに乾の狙いは良かったという事か、トカゲ怪人は頭部を失ってゆっくりと倒れていく。
命の危機ですら大した事も無かったように軽く振り返る乾に小沢は言葉を失ってしまった。
「おう! ザワちゃんもサンキューな!」
「……いえいえ」
「それじゃ、他の連中でも探しにいくか」
「あ~、譲司さん?」
「ん? どうした? ホレたか?」
「いえ、まったく。それよりもジャックポッ『ド』ではなく、ジャックポットですよ?」
「…………アレ……?」
今度は乾の方が言葉を失う番だった。




