23-6
僕は蒼龍館高校の屋上に寝転がって空を眺めていた。
どこまでも続く青空にのんびりと動く白い雲。
この空の向こうに星の世界が広がっていて、光の速さで何万年もかかるような遠くからわざわざ宇宙船で近くまで来ている連中がいる。
にわかには信じられない話だった。
でもマックス君が対艦攻撃機についてレクチャーしている時に聞いたんだけど、攻撃機に搭載されている大型ビーム砲も宇宙用ミサイルも蒼龍館高校技術部で開発していた物なんだって!
ビーム砲の照準装置は宇宙用に地球上では必要ないレベルの超長距離射撃を目指した物だと言うし、冷却装置も真空中で使えるようにガス式の物を採用しているとか。
防御用のミサイルも自機の近くで破片を撒き散らさないよう近接信管を使わない敵への直撃を狙った物。後部の推進器に加えてミサイル中ほどに全周に渡って噴射口が設けられて運動性が高いらしい。弾頭は戦車の主砲弾のように硬い重金属で作られて速度と合わせて敵機を撃破するんだとか。
僕と大して歳の変わらない子たちが宇宙からの侵略者に備えて兵器を開発しているというのには驚かされる。彼らはこの青空が僕とは見え方が違うのかな?
それはともかく、「自由な校風が売りの進学校」って自由すぎない? 高校生が「宇宙カラ侵略者ガー!」って言ってミサイルやら開発を始めたら、普通の大人は止めるでしょ? もしかしたら設計だけしてると思って放置してたら、いつの間にか実物が出来てたとか? ミサイルとかその辺に捨てるわけにはいかないしね!
は! そういや、ここは異世界の魔王の入学を認めるような学校だった……。
技術部で攻撃機について聞いた後はチョーサクさんたちのいるテントに行った。
先程とは違い、チョーサクさんは自分の身長ほどもある大きな銃器を持ち、ボディアーマーや彼らの種族専用と思われる単眼を隠さないヘルメットを着込んでいた。
ジュンさんはカニみたいな見た目だけあって防具の類は身に着けていなかったけど、小さい方の手のハサミには3つの銃身がついた銃を取り付けていた。ガトリング砲かとも思ったけど、それぞれの銃身の長さや大きさが違うし、それぞれ別の役割があるんだろうな。
ミナミさんだけはこないだ会った時と変わらない状態だった。僕が大丈夫なのかと聞くと、フフフと笑いながら触手から青白いスパークを発生させていたっけ。
挨拶もそこそこにテント内にあったホワイトボードで巡洋艦が艦載機を出してきた時のフォーメーションについて打ち合わせをした。
基本は僕が敵包囲陣に1発ブチ込んで穴を開けて突っ込む。敵迎撃機が反転して僕を追おうとしたら3人が蹴散らすといったものだ。
帰りは攻撃機は捨てているので、僕のエネルギー残量にもよるけどミナミさんに掴まって帰還船に戻る。
シンプルでいいね!
その他、敵迎撃機が2重、3重の包囲網を敷いた時の事も話したけど、彼らの話だと2重はともかく3重の包囲網ってのは無いんじゃないか? という事だった。なんでも全長3kmとはいえ、相手は巡洋艦で空母ではないために艦載機はそう多くはないらしい。つまりは3重の包囲網を敷いたら1層当たりが薄くなるだろうという事だった。
それにしてもミナミさんはともかく、ジュンさんもチョーサクさんもこないだ立ち呑み屋で酒呑んで喧嘩して通報された人たちと同一人物とは思えないような的確な分析だった。それにお堅いジュンさんの決意は頼もしいし、チョーサクさんの軽さは作戦が簡単な物なんじゃないかという気すらしてくる。ミナミさんも宇宙怪獣のような体を揺らして背中は任せてと言って安心させてくれた。
そして3人がいたテントの隣のテントにはヤクザガールズの子たちがいた。
種子島から来た宇宙開発関係専門の歯医者さんがいて検診を受けている最中だったのだ。
なんでも彼女たちが乗るドラゴンフライヤーのカーゴスペースは与圧はされているけど、それでも高度100kmまで上がったら気圧がある程度、下がってしまうらしい。そこで虫歯か何かで歯の内部に空洞があると、中の空気が膨張して歯が破裂してしまう恐れがあるそうな。
そこで虫歯が発見されてフライトにドクターストップがかかった井上さんがいきなり変身して、腕力で虫歯を引き抜いた時は皆、ドン引きさせられたっけ。
井上さんは「ひい爺ちゃんも頑張ってんだから……」って言って、口から血を垂らしながら痛みに耐えていたけどさ。皆、何がドン引きしたかって? 井上さんが宇垣さんの特化能力を忘れていた事だよ!
種子島の歯医者さんが彼女たちの特化能力を知らなくて駄目って言ってもさ。井上さんは仲間の能力を忘れるなんて有り得ないでしょ!?
しかも歯医者さんの目の前で変身して、他のヤクザガールズたちが止める間もなく歯を引き抜いて「これでいいでしょ?」ってドヤ顔してるだもん。その後で痛みで悶絶してたけど……。
そしてウチのヒーロー同好会の面々は物々しい警戒態勢に参っちゃってたみたいで、知り合いの子たちに会えた事で今はそっちのテントにいる。特に真愛さんはヤクザガールズの子たちに取ってはアイドルみたいな存在みたいでしばらく離してもらえないだろうな。
「……こんな所にいたの、誠君」
ガチャリと屋上のドアが開く音が聞こえたけど、僕は青空から目を離す気になれずに空を眺め続けていた。だが屋上に入ってきたのは真愛さんだった。
僕は声を掛けられて彼女に気付いて慌てて体を起こす。
「あれ? しばらく後輩たちが離してくれないと思ったけど……?」
「ええ、誠君に話があるからって言ってきたわ。もみくちゃにされそうな勢いで囲まれてたのに誠君の名前を出しただけですんなり行かせてくれたわよ。凄いわね! オジキさん!」
「もう! 真愛さんまで!」
「ふふ、ゴメン、ゴメン!」
真愛さんが屋上の手すりに肘を乗せていたので、僕も倣って立ち上がり手すりに体を預ける。
屋上から見えるのは山の下にH市の街並み。大勢の生徒たちが作業を窓から見ている学生寮。グラウンドにそびえる巨大なドラゴンフライヤーだった。もう作業は最終段階に入ったのか重機たちは鉄の竜から離れて、代わりに無人機がチェックのためにロケットの支持架の周りを飛び回っている。そして、それらの上には青空と少しの雲。
「……ねぇ、何を見ていたの?」
「うん。空を」
「空?」
真愛さんが僕に視線を移す。首を傾げて怪訝な顔つきだった。
「うん。この空の向こうのず~と遠くに地球は壊そうとしてる船がいて、その船は光の速さで何万年もかかるような所から来たって信じられる?」
「まぁ、にわかには信じられないわよねぇ……」
「でしょお! わざわざ、そんな遠くから死にに来るだなんてさ!」
「もう! 物騒なんだから!」
口調とは違い真愛さんは笑っていた。そして、その顔はどこかホッとしたような顔だった。
「……安心したわ」
「何が?」
「空をじっと見ていたでしょ? 私が入ってきたのにも気づかないで……」
「うん」
「何か覚悟を決めたのかな~って、死ぬつもりなんじゃないのかな~って……」
「僕が死ぬつもり!? まさか!?」
真愛さんを安心させるつもりの強がりとかそういう事はなく、単純に不思議で空を見ていただけだよ?
「ハハハ、ゴメンね! ほら日本史の中井先生っているでしょ?」
「ああ、三国志の歴女の?」
「そう。その中井先生の影響で最近、三国志のマンガを読んだのよ」
「ほうほう」
「で、後半の主人公が病気で死ぬ時に、空の果てがどうのこうのってセリフを言うのよ! だから……」
「それで、空を見ていた僕がその主人公に被って見えたって?」
「そうそう。ゴメンね!」
「もう、止めてよね~。縁起でもない」
たまに思うんだけどさ。そんなに真愛さんにとって僕って頼りないのかな? どれ、少し気の効いた女子を安心させるような事を言ってみますか!
「それじゃさ! 帰ってきたら、そのマンガ、僕にも貸してよ! 僕もその主人公に興味あるな!」
これでどーだ!
「え? いいけど、全60巻よ? あ、でも例のセリフは59巻だから1巻分、少なくて済むわね!」
「ろ、ろくじゅっ!?」
長すぎぃ! そんなに長くて大丈夫? パワーインフレが凄い事になったりしない?
真愛さんに暗に帰ってくる意思を伝えて安心してもらう作戦は、三国志全60巻のボリュームの前に儚くも散ってしまった。
でも、何故か真愛さんは面食らった僕を見て笑っていた。
「アハハハ! ごめん! で、でもたった4人で宇宙戦艦を沈めにいけって言われた時より驚いた顔をしてたわよ!」
さては真愛さん、軍艦ならなんでも戦艦だと思っちゃうタイプだな!
「今日は驚かされてばかりだよ……。朝1で地球破壊爆弾の話とか、その爆弾を積んでる船が3.2kmとか……。それに比べたら1人じゃないだけマシじゃない?」
「それもそうねぇ。あ、ところで私が誠君を探してた理由なんだけど……」
「そういえばそう言ってたね。どうしたの?」
「ほら、明智君も言っていたじゃない。宇宙で戦う時のノウハウをって」
「ああ、そういえば……」
確かに経験者ならではの気を付けるべき点とか、心構えとかを聞いておくというのは役に立つのかもしれない。ただ、現役の時の真愛さんは凄すぎて、彼女の経験が僕の役にどれほど役に立つのかは聞いてみなければ分からないけれど。
「そうねぇ……。誠君が気をつけるべき事は……」
「ウッス! ヨロシクオナシャス!」
「え~と、誠君、障壁魔法とか使えないじゃない? だからね宇宙じゃ止まっちゃ駄目よ」
「ん? その心は?」
「明智君もデブリの話をしていたでしょ?」
「うん……」
「そのデブリは何も今、宇宙を漂っている物だけじゃないの。誠君が沈めた戦艦が爆発したら、それこそもの凄い数のデブリが散らばる事になるわ……」
「それは……、そうだね……」
「でも相対速度って言って止まらなければ意外と大丈夫だから、意外と」
それは一理あると思う。
例えば自動車Aが後ろから自動車Bに時速100kmの速度で追突された時、自動車Aが時速95kmで走行している時と、停車している時では被害は段違いだろう。まぁ衝突でバランスを崩して横転したり、また別のどこかにぶつけたりとかは置いていて。
「だから宇宙じゃ止まっちゃ駄目よ! 宇宙じゃ止まった人から死んでいくわ……」
真愛さんの目がかつてないほど真剣なものになっている事に気付いた。冗談なんかで返したらビンタでもされるんじゃないかと思うほど。
「……………………」
「……………………」
「……ゴメンね……」
「えっ? なんで謝るのさ? 十分に役に立つ事だと思うよ。ありがとう!」
「そうじゃなくて……。付いていってあげられなくて……、ゴメン。一緒に戦えなくてゴメン……」
真愛さんは俯いてしまって表情を窺う事はできない。だが見なくても想像はできる。彼女はきっと泣きそうな顔をしているのだろう。
「止めてよ。真愛さんの昔の事は知ってるけど、僕の知っている真愛さんは戦いなんて似合わないよ!」
「えっ!?」
「真愛さんは優しい女の子じゃない? そんな子を危ない場所になんて行かせられないよ!」
「…………そんな事を言われたのは初めてだわ……」
「そう? でも僕はそう思うよ」
僕は顔だけじゃなくて体全体を真愛さんに向ける。そうじゃなければ、これから言うことが本心だと思ってもらえないような気がしたから……。
「だから僕に真愛さんを……、地球にいる真愛さんを僕に守らせて!」
その瞬間、グラウンドの端に駐機していたCH-47ヘリコプターが2つの大きなローターの音を響かせて飛び立っていった。
F〇〇K!! 折角、勇気を出して言ったのにこれだよ!!
これにて23話は終了です。
それではまた次回!




