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Ⅰ 慣用句と橋から飛び降りた少年

 『天秤を傾ける』という慣用句がある。

 ある日、天が割れるような唐突さで身にあまる栄誉が与えられた者や、努力もしていないのに富が転がり込んできた者を指す言葉だ。この世界と【裏返しの世界】の平衡を崩して己の【半身】の運を奪い取ったのだ、と訳知り顔で説く人間もいる。やっかみ半分、妬みと(そし)りが残りの大部分、けして良い意味の表現ではない。

 話は変わるが、『天秤』といえば首都マリアハルを左右に分ける川に架かる橋の異名でもある。遙か下方の水面から華奢ともみえる橋脚がそびえ立ち、それを中心として両岸に優美に翼を広げたような姿は、なるほど首都の名付け親たる女神が常に手に携えて人に与えられるべき運を(はか)ったという道具に重ね合わせることができる。

 首都のシンボルとして名高いこの天秤橋には、数百年を経る間に様々な言い伝えがつきまとうようになった。

 その一、満月の夜、月がちょうど橋の真上に来た瞬間に橋の上から川面を覗きこめば、【裏返しの世界】の【半身】の顔が見えるという。

 その一、夜に覗き込むなどせずとも、自分の鼻先も見えないほど霧が深い日に天秤橋を一人で渡れば、幾重にも重なった白いカーテンをかき分けるようにして向こう側から歩いてくる自分の【半身】とすれ違うのだという。

 その一、いやいやすれ違うのは【半身】などではなく死魔であり、出会ったが最後、命を奪われるまで追い回される。【半身】に出会いたいのであれば、天秤橋から飛び降りるのがよろしい。その場合、【ボルダレス】に事前に一報を入れておけばなお良い。その名のとおり、こちらと【裏返しの世界】の境界をたやすく越える彼らの助けさえあれば、死魔から逃げきることも夢ではない。

 あれもこれも、まったくなんの根拠もない。真実の欠片があったとしても人の口から口へと泳ぎ回る間に体よりも大きな背びれ尾ひれを生やしていることは誰もが重々承知している。

 それでも、その年の最後の月の始めに、天秤橋から一風変わった飛び降りがあったという噂が立ったときには、これらの言い伝えを思い起こす者もいた。

 聞くところによれば、飛び込んだのは、まだ子供らしさを残す少年だったという。

 その少年は、自分から氷水に飛び込むという暴挙に及んだくせに、その際、暖かな防寒着を山ほど着込んでいたのだという。

 そして、そのポケットは、金塊でぱんぱんに膨らんでいたのだという。


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