愛と嘘
もう決めた。 後回しになんてできない。
失望した! 幻滅した! 最低!……何を云われても仕方ないのは仕方ないよね。騙していた私が悪いもの。
喫茶店のドアベルが揺れる度、私の胸も共鳴するように震えた。彼じゃない、そう思って一息。
そして、飲み切ったアイスコーヒーのグラスがカランと音を立てる。溶けた氷と重なって彼は現れた。店内を見渡して、私に手を振り、私も手を挙げ、反射的に笑いあった。
優しい彼。笑顔を返してくれる彼に私はこれから懺悔をするのだ。
そうとも知らない彼は、店員さんにお腹が空いたとナポリタンの大盛に目玉焼きを乗せるように注文してから向き直り、私と視線を絡めた。
「……どうしたの、ルル。呼び出したりして」
この子供みたいな彼の笑顔を壊したくないけど、もう嘘を吐きたくない。私は真っ直ぐ彼の瞳を見たい。
「私、正真に黙っていたことがあるの」
「なんだい?」
――なんでコーヒー全部飲んじゃったんだろ、口の中が渇く。
「……私、ハーフバンパイアなの。吸血鬼」
不死者のはずの私が息も絶え絶えに云った発言を、彼は変わらぬ笑顔で救ってくれた。
「知ってたよ」
「……え、嘘、なんで!?」
「なんとなく普通の人じゃないな、っては気付いてたもん。いつ云ってくれるかな、って思ってた」
テーブルが邪魔なような助かったような。これが無ければ人目も憚らずに彼にキスしそうだった。
彼は店員さんから水をふたつ貰い、ひとつを私に渡した。
「……じゃあ、私がすっごく年上の……お婆ちゃんって知ってる? 姿は不老だけど、実年齢は、その……」
「云わなくて良いよ……関係ないもん、ルルはルル。お婆ちゃんでも人間じゃなくても」
私は水を一気飲み。甘えちゃダメだ。全部云いきるんだ。
喜んでるだけじゃダメだ。
「なら、私が巷で噂の魔法少女ルルーナだって知ってた?」
「うん。まんまだし。この前……助けてくれてありがとう。お礼がやっと云えた」
抱きしめたい。ハーフバンパイアの力で本気で抱きしめたら背骨折っちゃうけど、もうテーブルありがとう、背骨折らずに済んでいる。
「良いの!? 後期高齢者なのに魔法少女で、しかも人間じゃないんだよ!?」
「何度でも云うよ。ルルはルル。その真面目すぎるところも、大好きだよ」
耳まで真っ赤になっているのがわかる。尖りそう。
ハーフバンパイアだから尖ってなかった耳がピーンてなりそう。熱で膨張してピーンってなりそう。
「実は太古から受け継がれている運命の一〇八人のひとりで、それが揃うと宇宙を色々できる、とかは?」
「知らなかったけど、大変だったね。話してくれて嬉しいよ……俺、先に死んじゃうだろうけど、できるだけ永く一緒に居られるように頑張るから」
ヤバい。押し倒したい。カワイイ。血を吸い尽くして殺して下僕にしたいレベル。
テーブルさま、ありがとうございます。押さえつけてくれてありがとうございます。
「……ありがと、ずっと一緒に居ようね……そういえば、あと、ついでに」
「何?」
「この前、正真の家の冷蔵庫のアロエヨーグルト食べたの私。魔法少女に変身している最中、お腹が減っちゃって……あれ?」
私の告白に、正真は立ち上がっていた。
さっきまでの笑顔はどこに行ったのか、見たこともないほどに怒りの視線で、私を見下ろした。
「三時のオヤツに楽しみにしてたのに! なんで勝手に食べちゃったの!? 失望した! そんなことをする人だなんて幻滅したよ! 君って最低の女だな! もう二度と顔見せないでよ! さよなら!」
それ以上何も云わず、云えず。正真は喫茶店からドカドカと出て行った。
呆然とする私の前に、店員さんは気まずそうに目玉焼き乗せの大盛ナポリタンを持ってきていた。
「あ、あのーー……その、えっと」
「ああ、大丈夫です。食べますから。
……追加でミックスフライとチョコレートパフェ、あときつねうどん下さい」
ヤケ食いなんじゃないから。違うから。お腹空いただけだから。
最近血を飲んでないから、お腹空いただけだもん! ヤケ食いなんか、するわけないもん!
メニューが遅れたらテーブルまで食べてやる!