白い顔/ミラーハウス
白い顔
これは、私が大学に通っていた頃の話です。
お盆の頃、三人の友達と一緒に、裏野ドリームランドという遊園地に遊びに行きました。目当ては、アクアツアーでした。未確認動物がいる、UMAが出る等と、その遊園地のアクアツアーが、テレビ等でちょうど取り上げられていた頃です。
私たちは、別段それを見たかったわけではなかったのですが、話題になっているからというくらいの理由で、行くことに決めたのでした。
田舎にある大きな遊園地でした。
ちょうど話題ということもあり、たくさん人が来ていました。
私たちはゲートをくぐり、早速、アクアツアーに並びました。アクアツアーは長蛇の列で、一時間待って、ようやく入れました。
アクアツアーは、二十人ほどを乗せた船で、ジャングルに見立てた森の中を進んでゆくという趣旨のものでした。私たちは船の前の方に座り、皆が準備できると、船は静かに進んでゆきました。
少し行くと、船は本当にジャングルの中を進んでいるような風情になってきました。水のはねる音、鳥の声、草がこすれる音。スピーカーで流していると分かっていても、引き込まれてしまいました。
野生動物が草の間から出てきたり、ワニがトレジャーハンターの服を着た人間を水の中に引きずり込んだりしました。当然、全部人形です。原住民の人形が出てきて、船の乗客に矢を向ける演出は、悲鳴が上がるほど迫力がありました。
十五分ほどでジャングル地帯を一周して、私たちは何事もなく、最初の場所に戻ってきました。謎の生物を見ることはできませんでしたが、それはそれで、私たちは満足していました。
しかし、三人の友達のうちの一人、Aが、アクアツアーのあとからどうも様子がおかしかったのです。Aはもともと色の白い男でしたが、この時はいつにもまして顔は青白く、唇は、冷水から出た時のような紫色になっていました。
どうしたのかと尋ねると、彼はアクアツアーで、妙なものを見たと答えました。水面から腕が伸びていたというのです。私を含めたA以外の三人は、そんなものを見た覚えはありませんでした。大学生で時間はたくさんありましたから、私たちはもう一度、アクアツアーの列に並びました。
二週目、私はAが腕を見たという場所に来ると、じっと水面を観察しました。しかし、結局何もありませんでした。ほかの三人も収穫はなかったのだろうと思い二週目を終えると、今度は、Aともう一人、Bも青ざめた顔をしていました。
Bは、腕は見ていませんでした。
Bが見たのは、顔でした。船の縁から水面を覗き込んだ時に、白い、目だけがらんらんと輝いた顔が、水底にぽつんぽつんと沈んでいたと言うのです。
もう一回行ってみようと、まだ何も見ていないCが提案しました。
しかし、AとBは、もう行きたくないと、Cの提案を断りました。二人とも、見れば、鳥肌を立てて、ぶるぶる震えています。夏の晴れた日で、全然寒くなどないのにです。
結局、AとBは、体調が悪くなったのもあって、昼頃に帰ってしまいました。
しかし私とCは、まだ何も見ていなく、そのことがいっそう、私たちの冒険心をくすぐりました。謎の生物を見たという噂は、いずれも夕方以降だったので、私とCは、夕方まで他のアトラクションで遊んで時間をつぶした後、日が暮れ始めた頃を待って、三度アクアツアーの列に並びました。
私たちの番が回ってきた頃には、日も随分と暮れていました。
船はジャングルの中を進みました。私とCは、水面の顔や腕を探していました。
しかし、ツアーの最後になるまで、何も見つけることはできませんでした。
最後は、船に矢を向ける原住民です。
もう三回目で慣れていましたから、原住民の演出は私たちには新鮮味もなく、何気なく人形を見ていました。しかしその顔を見たとき、私とCは、「あっ」と悲鳴を上げてしまいました。
幾人かいる原住民の人形の中に、AとBがいるのです。昼に別れた時よりもいっそう顔は白くなり、黒目はぽっかりと虚ろで、青い唇はかすかに動いて、何かを訴えているようでした。私は、AとBから、目が離せなくなってしまいました。
船はくるりと旋回し、原住民から逃げてゆきます。
私は最後の一瞬、AとBが、自分のこと見つけたような気がしました。
私たちは、気づくとツアーの出口の前で、ぼーっと立っていました。
「おい、電話してみるぞ!」
我に返ったCがそう言い、CはBに、私はAに電話をかけました。
コールが何回か続き、プツっと、電話を取る音がありました。
「Aか、大丈夫か?」
答えはありませんでした。
かわりに電話の奥から、水のはねる音、鳥の声、そして、アクアツアーの原住民が鳴らす打楽器の音が聞こえてきました。Cの携帯からも、同じ音が聞こえてきていました。私たちは顔を見合わせ、しばらくは恐怖で、電話を切ることもできませんでした。
それから今まで、私は、その遊園地に行っていません。
でももしかしたらAとBは、まだあの遊園地のアクアツアーの中にいるのかもしれません。
ミラーハウス
私はよく髭を剃り残して、会社で笑われます。
ずぼらな人だね、なんて言われて、その時は私も笑って、「昔からそうなんです」と言って話を合わせています。本当のことを言っても、誰も信じてくれないだろうから……。
中学生の頃――今からかれこれ、二十年ほど前のことです。
近所の遊園地に「ミラーハウス」というのが出来ました。それは、鏡でできた迷路の建物で、今でこそ知っている人も多いのですが、当時においては、画期的なアトラクションでした。
私は友達三人と、自転車で三十分ほどをかけて、そのミラーハウスのある遊園地に行きました。朝から大きな入道雲が出ていた、夏の日でした。
プールで二、三時間汗を流して、昼食を食べて、午後一番で、いよいよ本命のミラーハウスに行くことになりました。白い建物に、虹色の文字で「ミラーハウス」と書かれた、当時としては斬新な、今思えば古臭い建物です。
私たちは四人でミラーハウスに入りました。
迷子になった、とか、怖い、とか、そういう噂も聞いていたので、中学生の活発な時期の私たちは、試すような気持ちで、ミラーハウスに臨んだのです。ミラーハウスの中は、確かに一面鏡の通路で、ぼうっとしていると、迷ってしまいそうでした。
しかし、私も友達も、そんなヘマはしませんでした。普段から大人に怒られるようなことばかりして楽しんでいたので、遊びであれば頭が切れました。すぐに迷路の攻略法を見つけた私たちは、ただこのミラーハウスを歩くだけでは、物足りなくなってきたのです。
誰が言い出したのか、私たちはミラーハウスの中で、かくれんぼをしよう、ということになりました。私が鬼で、数を数え始めると、友達は鏡の間を抜けて逃げてゆきました。三人のうち、大人しいYだけは、探り探りという風でした。
私は、すぐに全員見つけてやろうと、鏡の間を走りました。
鏡に激突しないように気を付けながら、私は、素早く二人まで見つけることができました。しかし、三人目――Yがなかなか見つからないのです。十分程度だったでしょうか、飽きっぽいのも私の性分で、「もういいや」と、ミラーハウスを出ました。
外に出ると、むっとした湿気が全身にまとわりついてきました。
朝見た入道雲が、もうそこまで来ていました。
「帰ろ帰ろ! Yももう帰ったで!」
友達の一人がそう言いました。
私も、きっとYは、先にミラーハウスを出て帰ったんだなと思いました。Yは私のように飽きっぽい性格でもなく、どちらかというと慎重で、友達を置いて先に帰るタイプでもなかったのですが、その時の私は、深くは考えませんでした。とにかく、雨に降られる前に帰ろう、またどうせ休みの間に会えると、そう思っていたのです。
それから、私は新学期を待たずに、父の急な転勤のために学校も転校して、Yとも、二人の友人ともそれきりだったのですが、数か月前、Yの名前も忘れていたある日、私は、思いもしないところで、Yの名前を聞かされることになったのです。
それは、何気なく流れていた、朝のニュースでした。
遊園地、ミラーハウスで子供の白骨死体が見つかった、というニュースでした。普段なら聞き流すようなニュースだったのですが、妙な引っ掛かりを覚えて暫く聞いていると、「二十年前に捜索願が出されていた地元の中学生」と説明がされて、Yの名前が読み上げられたのです。
私は、Yと遊んだあの日、Yが帰ったと思って探すのを辞めましたが、まさにあの時、Yはまだミラーハウスにいたのかもしれません。何かの理由で動けなくなり、そのまま、ミラーハウスの隅の部屋で、死んでいった……。
私はそんなこととは知らず、転校して、Yのことも忘れて生活していました。あの時、Yともう二人の友達もいましたが、二人とも、すでに疎遠になっていて、どこで何をしているのかも知りません。けれど、どこかでこのニュースを、自分と同じように見ているのかもしれないなと、他人事のようにそう思っていました。
ところが、その日からです。
私が鏡に映ると、私の後ろに、悲しそうな、恨めしそうな眼をしたYの姿が現れ始めたのです。頬は骨の様にこけて、髪は伸び、ガリガリに痩せた白い腕をだらんと伸ばし、私を後ろから見ているのです。
それから私は、家の鏡を全部捨ててしまいました。
しかし一歩外に出れば、鏡はどこにでもあります。
私は見ないようにしていますが、鏡があると、視界の隅にいつも彼の姿があるのです。それも、見るたびに、どんどん近づいてくるのです……。