青い眼の雀
天幕に入ると、目隠しをしている男が突っ立っていた。
何処か死に神と似た雰囲気は、死を扱う者に特有なのか、かなり独特の落ち着きを見せている。
誰かが早く見せろとヤジを飛ばしてきても、一切合切あたしゃ知りませんよ、と澄ましてるように見える。
善継は目隠ししている。誰かが本当に見えてないのかと思ったのか、善継に銭をぶつけた。その銭は五銭ほどあったが、紐に括られ、塊となっていた。ぶつかったら、痛いだろうに。
「誰だ、銭を投げる奴ぁ! 銭が勿体ねぇし、痛ぇだろうが、んなことしたら!」
銭を馬鹿にする者は許せない性分の黒兵衛は、かっとなって、怒鳴り込む。
金は天下の回り者、俺は泥棒、天下の回り者を扱う者。
黒兵衛が馬鹿にされた気分もしてしまうのは、自惚れ。
すると、善継が、くっと噴き出すように笑い、ぶつかって落ちた銭を拾った。
どこか嫌な笑い方だった。
少なくとも好感が持てる笑い方ではない、どちらかというと寒気だ。
「いいんですよ、お客さん。何かあったら、睨めばいいんですから。それに、おひねりでしょう、これ。睨まれたいための」
善継の意味ありげな言葉に、ぞっとした。
善継に笑顔の下で、睨まれてるようなおぞましい冷や汗をかかせてくれる。
客一同は思ったのか、ざわめき、誰かが「早く謝れー!」と睨まれたくないがために、声を張り上げた。銭を投げたのは誰だか解るほど、一人だけ青ざめていた。
小屋の中の子供や大人は、善継の痛みに泣きがいらない様子に感服し、一人だけは泣きそうになっていた。今更、投げたのが自分だとは言えないような顔を、青ざめた男はしている。
おいおい、可哀想だなと流石に黒兵衛は思った。
こんな暗い中で青ざめてると解る人間は、おそらく夜目の利く黒兵衛くらいなものだろう。
否、もしかしたら善継も夜目が利くかもしれない。こんな怖いことを言うくらいだからな。
「睨まれたいから、投げたと考えても宜しいんで御座いましょ。その際には、他のお客さんには迷惑だから、後で個人的に来てくださいな。そしたら、特別見せ物として、じっくり睨んでさしあげやしょう」
続いた言葉に、客たちはドン引いた。中には、銭を払ったというのに、逃げ出した者もいる。
紛れて青ざめていた男は逃げ出した。
善継は、だが、まさか逃げ出すとは思わなかったのか、ばたばたとした足音に、「あれ」と首傾げた。
「眼を見たいから銭を投げたはずなのに、逃げられてしまいました」
心から不思議そうな口調が面白くて、眼の力さえなければ、上辺とはいえ朋輩づきあいも楽しそうな奴だと、黒兵衛は内心で笑った。
目の力があっても、輩にならなければならないのだが。
善継は皆を見渡すと、目隠しの布を触った。
「さて、逃げ出さない皆様を、英雄とでもお呼びいたしましょうか。睨まれても知りませんよ、満月までは気を抜かないでお過ごしくださいな。ああ、勿論、俺には睨むつもりは一切、これっぽっちも御座いませんからね。睨ませないでくださいね」
「いいから早く見せろー! もう長いこと待ってるんだぞー」
「ああ、はい、それじゃどうぞ」
あれだけ勿体ぶっていたのに、あっさりと布に手を掛ける。
しゅる、と善継の目隠しが解けた。
――確かに、綺麗な青い目をしていやがる。宝石のように、そこだけが透明な石のようだ。
不思議なのは色だけでなく、瞳の雰囲気も。黒目であっても、この男は特別だと思わせる変わった雰囲気があり、成る程な、と黒兵衛は思った。
容姿がずばぬけて良いわけでもない。ただ、翡翠のような青い目だけが「美しい」と言わせる。
碧眼を隠していたさっきは実際、ただの盆暗だった。雀がいきなり鷹になったようだ。
「もっとしゃがんで、間近で見たい」
幼い子供たちの言葉に、善継はしゃがんでから、自分で眼を指で広げて見せた。子供たちは途端に泣く。善継はにやにやしてるので、泣くと判っててやった言動だ。
中々捻くれてる人格だということは判った、これは益々、輩になるなんて難しい。だが、見ていて面白い人物であることは判った。
個人的に見てて飽きないから、知り合いにはなってみたいと思った。だから、皆が出て行った後、さて、どうしたものかと困る。
輩の作り方など知らない。輩を意識して作ろうとしたことはない。むしろ、本当に輩と呼べる者は、酒くらいな黒兵衛は、困り果てた。
後先を考えず賭け事なんかするからだ。いつだって、賭け事は後悔をもたらす。死に神は実は嘘でした、なんてことにはならないだろうか。
死に神はあれから姿を現さないから、夢だって信じたい。
蝋燭を思い出すのが先なので、夢だと信じ切ることができないこと、つくづく情けないかな。