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賭けの女神

 田舎小僧は次の日から早速、計画を練り込んだ。



 まず、自分自身を黒兵衛くろべえという凡人に仕立て上げた。博打打ちという設定は、そのままでいいか悩んだが、何かに夢中になってる人間を離れさせるには、博打か女が手っ取り早い。

 まじめなやつに限って嵌るんだ、と安易にも思った。



 次に、善継とどう出会うか、だが、まだ善継本人に会ったことがない。

 青い目をしてるというから、見れば判るだろう。だが、見せ物小屋なぞに金など使いたくない。

 それも、噂を聞けば善継は「睨まれれば満月の夜に変死する」という、おぞましい眼の持ち主。



 噂はきっと本物だろう。だからこそ、死に神は善継を仲間と言ったのではなかろうかと田舎小僧は睨んでいる。



 どうやって自分の身を守りながら、初接触ができるのか、田舎小僧こと黒兵衛は、考え抜いた。

 客としては駄目だ。善継に睨まれない可能性が一番高くはあるが、ともがらとなるのは無理だろう。

 偶然を装って出会うにしても、善継に会わねば、どこが善継にとって偶然となるルートか判らぬ。



 結局は客として一度は見物するしかないのか、と黒兵衛は溜息をついた。

 何しろ江戸という場所は人が多すぎて、誰が誰だか判らない。

 青い目というのが特徴的だが、瞳すら見てはならない、凶器であるなら、手の打ち所がない。



「やれ、見に行くか――噂の青い目を」


 黒兵衛は面倒くさそうに、重い腰をあげた。

 その前に、まずは博打と酒だ。黒兵衛は盗んだ金を少し多めに持ち、早速、賭博場へと向かった。



 賭博場は相変わらず酒臭くて、弱気なやつ強気なやつが賽の目に夢中だ。

 酒のつまみにイカの干した物を口にして、やれ丁だの半だの怒鳴り声がぎゃあぎゃあと混ざり込む。

 辺りにいる連中は、見知った極悪人とまではいかなくても、ちょいと悪どいゴロツキども。もしくは小賢しい頭を持つ者だ。



「よぉ、最近どうでぇ?」

「まぁまぁだな。今日こそ、がっぽり勝ってけぇるぞ!」


 黒兵衛は意気込んで、貰った盃に酒を入れて飲み干した。

 賭博場は丁半の掛け声が盛んで、黒兵衛も、この声を聞くと全身うずうずとしてくる。

 今日はついている、勝ったと思った次の大勝負で、派手に負けた。

 隣に座っていた気の弱そうな男に持って行かれた。

 あの男はきっと帰り道襲われるに違いないと、心配のような、負けの憂さのような思いをしていた。



 帰りの茶店にて、残ったあぶく銭でもって、酒をかっ喰らう。

 やけくそのように酒をがぶ飲みして、負けについての反省。

 あのときあのときとしつこく、ぐずっていた。


 これでもまだ見せ物小屋を見に行く金を残しているから、まだ理性的だろう。黒兵衛にしては。

 あの時あそこで。そんな思いは毎度毎度うんざりするほど体験しているのに、どうしても熱が引かないと、注ぎ込んでしまう。


 あと一回。その、ただの一回で、大負けしてくるのだ。


 なぜだ。誰かこの謎を解明してくれ。どうしたら、その一回が解るんだ、どうしたらその一回から逃げられるんだ?



 賭け事とは不思議なもので、当たるときは当たるのに、勝利の女神がよその男に浮気をすると、一切合切てんで当たらなくなる。もう一度その女神を招き寄せたくて、必死に金を花に変えて、捧げても、花は返ってこない。


 女神よ、こんなにも貴方と金を慕っているのに!


 ふと思った。


 これは、まるで人生のようだ。

 後悔しても返ってこない、好調が続けば続くが、永遠というわけではない。

 なるほど、これは面白い。


 そんなことを考えていると、見せ物小屋を宣伝する声が聞こえた。

 そこで、こりゃ勝利の女神が行けと言ってるな、と黒兵衛は判断して、茶店を出て行く。

 さて、賭けの品は決めてないが、これは金の方がいいだろうかと悩む。だが金は盗めるから寿命の方がいいのだろうかとも悩む。



 しかして、老いはしたくないと年々感じてる、体の動きで。

 段々瓦を伝ったりする体力のなさを感じている。

 最初の盗みほど機敏に動けない。

 故に、やはり金か……いや若くなるってぇのも有りかもしれねぇと黒兵衛は悶々と考えているうちに浅草のちょうど浅草の道のど真ん中にいた。



 浅草は娯楽の盛んな場所で、芸を披露している者が多かった。水芸に、猿回し、それから、見せ物小屋である。水芸は気持ちを爽やかにしてくれるし、何故そのように水が次から次へと出るのが不思議であった。

 猿回しは小さな猿がきゃっきゃと子供の笑い声のような鳴き声で上手に芸をするので、知能のよさを思い知らされる。

 もしかして、俺より知能がいいのでは?

 そんな疑問は、黒兵衛は自尊心に懸けて、思っても気づかない振りをすることにした。



 見せ物小屋では、小さな天幕があり、看板に「呪いの眼公開」と大きく絵と共に書かれていた。

 暫し茫然と辺りを見回していた黒兵衛。まるでここだけが枯れ木に花が咲いたようで、派手な道だと、江戸を思い知る。

 こんな場所他にもあるのに、旧吉原だとかにも。


 見せ物小屋だけが、異様な色だ。

 他は芸術さえ感じさせたり、感心させられたりするのに、見せ物小屋の売りは好奇心だ。

「あれに違ぇねえ」と黒兵衛はしたり顔で笑った。木戸番きどばんに銭を払って、小屋に入る。

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