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夜はずる賢い奴のために

 そう、夜は狡賢ずるがしこい奴のものだ。



 故に、盗人は夜に活動する。盗人――田舎小僧新助は大きな目玉をぎょろ、と動かし、誰も尾けて来ていないことを確認する。


 たった今、大名屋敷に盗みに入ったばかりなのである。

 悪は栄え、善は滅びる。そんな言葉をふと思い出しながら、田舎小僧は、きょろ、と辺りを見回し、一休憩。


 休憩せねば、幾ら走り慣れてるとはいえ、足が壊れてしまう。

 二百歩くらい離れた屋根の上でのことだろうか。

 屋根の上にて世の事情を見学していると、ゆらりと背筋が寒気を感じた。

 後ろを振り返れば、暗くてよく判らないが、輪郭から推測すると、どうやら美女らしき者がいた。

 桃割れのまげをしている。形から見ると。

 布をかぶって、口元で噛んでいる。怪談で伝えられてる女性のような着方だった、着物もどこか艶やかに乱れて肉付きもよく。



「金が欲しいかい?」


 夜に似合うしっとりとした声が聞こえた。

 女にしては、どこか背筋が凍るような声の響きは独特で、ただの女じゃない気がした田舎小僧。

 盗まずに済むのならば、そりゃあ、欲しい。できれば働きたくないし、金は楽して手に入れたい。

 その思いから、盗人になったのは、さて、いつだったか。田舎小僧いなかこぞうと呼ばれ出したのは、いつだったかと、頭に過ぎる。


 とんと思い出せぬが、つい最近のような気がする。だが、危険な仕事はお断りだ。故に盗人――田舎小僧は、首を振る。



「じゃあ、命は欲しいか?」


 女が嗤う。浅ましい者でも見るかのような声色で嗤った。

 この言葉で、田舎小僧は、女を殺人犯かと勘違いした。

 女が男をこんな風に襲うとは、つくづく物騒な世の中になったものだ、と田舎小僧は驚いて、まじまじと女を見やった。

 どう見ても華奢で、人を一人でさえ殺せそうにもないのに、どうやって殺すのか興味はあったが、死ぬことに興味はない。

 男が何か言う前に、女が唇を動かす。



「――殺すつもりはないさ。殺すつもりがあったら、お前は既に死んでいるし、逃げようったって、あたしから逃げられやしないんさ」

「何でだ」

 腑抜けに見えるのか、男の自尊心が疼く。だが、そういった意味ではないようで、女はあっさり白状してくれる。信じがたい話を。




「あたしゃ、死に神様だからだよ、坊や」


 呆れたような声が返ってくる。

 表情は夜目からでは解らぬが、微妙に馬鹿にしているのが見える。

 齢三十代にして、坊やと言われるとは思わなかった田舎小僧は、女に言われた言葉を反芻し、死に神、との言葉に突き当たる。



 死に神。


とんと、その言葉には縁遠い。身近に感じられたのは、かつて奉公していた時代に主人の大事な茶碗を割ったときくらいだろうか。


 主人は許してくれた。だが「生涯、忘れないぞ」と言っていた。つまり、忘れられないほど怒らせていた、ということだ。

 ただ、そのときだけは死に神と挨拶してしまった気がする。死に神は「お前なんざに興味はない」とばかりに、それ以来、身近に感じたことはない。


 そういえば、死に神を最も身近に感じたのは死んだ女房だろうなぁ、と嫌なことを思い出した。自然と、声が不快色満開になった。


「死に神だぁ? はいはい、冗談、面白ぇよ」


 馬鹿にされてる気がした。いっそのこと、「泥棒だー」と騒がれる方がマシであった。


「本気にしてないのかい? なら、本気にして見せよう。あんたに死の瀬戸際を見せてやるよ」

「何だ、その細い腕に刀でも持ってやろうってか?」


 田舎小僧は馬鹿にでもした声で答えた。馬鹿にされているならば、とことん馬鹿にすればいい。

 死に神は、ふんと鼻を鳴らせば、嗤う。

 嗤われることが大嫌いな田舎小僧は春を睨み付けて、男の力でもってちょっと脅してやろうかと思った。

 まさか逆に驚かされるとは。



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