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死に神花火――化け物小屋に囚われている若者と、寂しさに囚われている盗人――  作者: かぎのえみずる
終章 花火の打ちそこないが、愛嬌の化け物屋敷主人
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図太く生きる

 お春は善継と背中を向き合わせて、座っていた。


「いきなり、そんな現れ方をするなんて男前じゃあないですか」


 善継は春を振り返らずに、そのまま話し掛けた。

 春は、善継に声だけで笑いかけて、善継の僅かに結えてる髷を、うろ覚えだけで当ててぽんと叩いた。


「お春さんは、諦めてやるよ。化け物屋敷が一橋邸にまで認められる腕を持ったんだ、そんな才能潰せやしない」


「それはどうも」


 あれだけ善継と化け物屋敷を剥がしたがっていた春の言葉とは思えない。

 称賛された。間抜けた声が出ても致し方ない。

 善継は、苦笑を浮かべて、何となく春の言葉を予測してみせた――別れの言葉を。


「人間の世界でも離れてみるんですか?」


 詠うような芝居のようなやりとりに、善継は思わず笑う。

 春が人でなく、本当に物の怪のような類だとは気づいていた。

 だからこそ愚かだとも思いつつも恋をしていたのだ。

 春はいつだって、善継に笑いかけてきてくれて、人間と変わらぬ生き方と持論だったから気にはならなかった。

 化け物屋敷というものに長くふれていたから余計に人じゃないということに惹かれていたのだろうか。



 春の声が一瞬黙って、すぐに驚嘆した声が返ってきた。


「――気づいていたの? 人間じゃないって。よく判ったわね。仕事が溜まってるのよね、これでも」


 一気に人が死ぬことがあったならば、春の仕事のせいだろう、と善継は思い、ふと何となく南無阿弥陀仏と唱えた。


 春も、同じことを考えていたようだ。げたげたと笑ってみせて、抱きついてから、姿を消す。



 抱かれていた腕の温もりが消えた。

 いつの間にか背中合わせだった存在が消える。


 これからは一人になる?


 とんでもない、人間は星の数ほどいる。


 気の合う仲間はこれから何人とでも見つかるだろう。

 何せ、ここは花のお江戸。人々の人情に溢れる、喧嘩っ早いが黒兵衛のような奴が多い場所だ。

 自分から勇気を持てば、きっと友人はできる。

 今まで友人ができなかったのは、瞳の呪いと、勇気がなかったのと、化け物屋敷だけに集中していたからだ。


 よりよい化け物屋敷を作るならば、人生経験は豊かな方がいい。

 何より黒兵衛のような気前のやつがいたら、もっともっと話してみたい。

 春のような美しくも負けん気の強い女性がいたら、今度こそ夫婦になりたい。



「あんたの青い目の噂はあたしの所為さ。あたしが殺してきたのさ。だがもうしないよ。青い目はあたしとの繋がりだよ、忘れちゃやだよ。最後にあの子供殺しておさらばさ」


 春の声は、いつもの強気な魅力的な女性。だけど、姿だけがない。


「春、どこへ行くのですか。俺に一人でいろと?」


 善継は半分冗談であったが、半分本気であった。もう大事な人が、春しかいなくなっていたのに。黒兵衛とは会えないから。

 今まで、眼の呪いがあっても孤独を感じたことはなかったが、それはふと春のお陰だと気付く。

 だからこそ、春には離れて欲しくはなかった。とはいえ、離れたいと願う春の気持ちも判る。

 春は、恋心を持つ己と接したいのではない、別の感情で接したかったのだろうと思うから。



「一人じゃなくなるよ、そのうち。だって、あんたの呪いの眼は土産代わりにあたしが盗んでいくんだ。これから先は、色素が薄いから角度の所為で青く見えることしかなくなるんだ」



 呪いの目を気にしていたことはばれていたのか、と少し狼狽えた。

 呪いの目を、この青い目を盗まれるのは寂しくもあるが嬉しくもあった。名残を残してくれるから。

 春の心配はいらないよ、と言いたかったが、ちょっとした意地悪で、数寸黙っていた善継。

 母親だと気づいたことも、口にしない。


「……そうですか。死に神様、人間界は楽しかったですか?」


 善継が神妙に尋ねると、春はあははと笑い転げた。


「あんたと黒兵衛といるときだけ、楽しかったよ。じゃあね」


 味気ない別れの言葉。でもそれこそが春らしく、あっさりとしていた。

 春の声が消え、気配が嗚呼消えていく――。善継は、後ろを振り返り、そこには誰もいないことに現実味が帯びた。

 後ろにはただ、手鏡が置かれていて、その鏡で己の眼を見ると、確かに黒目になっていた――。

 手鏡を器用に角度を変えて、瞳を見ながらも時折ちかっと光る青い目に、思わずふっと苦笑する。

 角度によって色が変わるというのは随分と面白く、何だかそれこそ呪った! という証ができそうである。


 そう、騙せそうなのだ。民衆を。


「参ったな、見せ物としての収入が、減るじゃないですか」


 憎まれ口もここまで叩ければ、大した物である。

 死に神相手に、いくら子供とはいえ、こんな風に減らず口なら、十二分に強く生きていける。

 春の敗因は善継の強さに気づかなかったことだ。

 善継は見せ物であることも、化け物屋敷を担当することも、辞めなかった。

 意地? 違う、二人を思い出せる楽しみでもあるからだ。

 何より黒兵衛に作り続けろと、遺言のように言われた。

 田舎小僧たるものに言われてしまっては作るより他はない。

 黒兵衛は輩だが、田舎小僧は大泥棒である。そんな人物から認められ、本物の死に神からも認められては、自惚れて作りたくもなる。

 これぞ化け物屋敷! というものを目指して。

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