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死に神花火――化け物小屋に囚われている若者と、寂しさに囚われている盗人――  作者: かぎのえみずる
終章 花火の打ちそこないが、愛嬌の化け物屋敷主人
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失敗した花火

 節分の季節になった。つまり、年越しの日だ。



 この季節になると、人々は弱者と強者の扮装が入れ替わり、幇間は女装して芸妓のふりをする。

 芸妓は幇間のフリをして、老女なんかは高島田を結い、若い女性は桃割などの髪型になる。


 滑稽とも不気味ともおかしな不思議な空間ができあがるものだ。

 こんな日は、化け物屋敷に用などないと言わんばかりに、皆は町へ繰り出しまず神詣でに向かっていった。


 こういった扮装は立場の違いを共通点として、他にも男が女に、女が男に扮装したりしていた。

 そんな日に、一橋邸の中年は、貧民の扮装をして、化け物屋敷に現れた。

 もうそろそろ小屋掛けなので、別の場所へと移動しようかと相談していた頃合いだった。



「まだ開いてるかな」


「ああ、開いてますよ。こんな日に来るなんて、物好きですね」


 普通のお客さんと同じように接した。

 善継は一橋卿だと気付きつつも、今日ばかりは気付かぬふりをする日なので、素知らぬふりをした。

 一橋卿は見物料金を払ってから、例の芥子の絡繰り人形を見て、実に穏和な笑みを見せた。

 外に出ると、善継にこっそりと教えた。


「田舎小僧を題材に、次は作ってくれ。田舎小僧が好きなんだ」


「ああ、いいですね。俺もあの男のことは憎めないですね」


 善継は笑って、一橋卿の背を見送った。

 あんな大物に好かれるとはさすがは田舎小僧だ、と善継は自慢げに腕を組んだ。


 一橋卿の背を見送ってから、ふと、どうせ誰も来ないだろうと思って、仮設施設の中へ入る。


 化け物屋敷にしては、この鼠は可愛すぎただろうか、なんて苦笑して、ふっと昔を思い出す。

 あの頃は、まだ春を母と知らずに惚れていて――諦めよう諦めようとしても、諦めきれなくて。


 黒兵衛もいた。あっという間の月日で仲良くなった、大泥棒である。夢に誇りを確かに持てるようになったのは、黒兵衛のお陰だ。


 黒兵衛の化け物屋敷――成る程、確かに面白いかもしれぬ。黒兵衛の幽霊と、死に神の賭け事。これを題材にとってしまえば、面白いがそのまますぎて何とも言えぬ。


 そんなことをぼんやり考えていると、何やらごま油臭い――ふと気付くと、めらめら燃えている。

 この仮設施設――化け物屋敷が燃えている。急に煙を吸い込みすぎたからか、ふらりと頭が揺れた。



 何故、何故、こんなに燃えているのだ、予測できず、混乱している。

 善継は慌てて、せめて絡繰り人形だけでも、と欲張って人形を持ち上げようとしたが、酸素の少なさに目眩がして、倒れた。


(燃える――燃える、ああ、声がする)


 静かに燃える小屋。現れるのは子供。


「おっかぁは死んだ。だけどおいらは殺さずにいてくれて有難う、お兄ちゃん。だから、御礼に死んで」



 憎悪の眼差しに声――子供の憎しみなど早々あってたまらん。おそらくは、かつて善継を刺そうとしていた親子の子供だろう。

 親の気配はせぬから、子供だけ生き延びたのかもしれない。呪いの眼は何とも、偽善的だこと! と、善継は眩む頭で考え、起きあがろうとする。


 だとすれば胡麻油くさいのは、あの家からか。あの家を潰すべきだったと、善継は後悔した。

 だが起きあがれない。

 やがて、火が出口までもを隠した時、とんでもない人間が枕元に現れた。



『おめぇ、何やってるんだ』


 火の熱さで眼を開け続けることも叶わぬ。眼を閉じて声だけを感じようとしていると、声が笑った。


 まさかまさかの登場だ。

 何だってこんな時に登場する? 思わぬ登場は、もっとこう恨み辛みを告げるものだろう、枕元で喋るのなら。

 どうして説教をする。


『まともに言葉なんて聞かなくて良い。今すぐここから逃げるんだ』


(駄目です――人形がある)


 貴方を象った思い出もあるんだ、と善継は告げたかった。

 どれだけ話したいことがあるのだろう。

 別れでは話せなかったことが、今、死にそうな今、草案のように沸いてくる。

 人とは不思議なもので、死にそうな目に遭うと、とんでもないことを思いつく。

 善継の脳内は、とんでもない草案だらけだ。

 声主は気づいているようだ。


『おめぇは本当、化け物馬鹿だな。そんなのまた作ればいい――っつーのは、天才には向かない言葉なんだよなぁ。まぁ、あれだ。とりあえず』


(何ですか――ちゃんと口にしてください、あなた様が現れた理由は判ります。俺が死にそうだからでしょう?)


 死にそうな目には昔一度あったことがある。

 死にたくないと強く思った、そしてこの声主に助けられた。

 今は強く思って、声主はいるのに助からないのだろうか。

 残念だ。今度は火事の中という得難い状況を体験したから、また一つ草案ができあがったのに。



『とりあえず、この花火は俺の見たい花火じゃねぇ。客の要望に応えろよ。お春を呼んだ――長く生きるんだぞ。世に名を轟かせろ』


(ええ、ええ。でもそれは生き延びないと――)


 心からの願いだった。

 生き延びて、田舎小僧がいたと後の世に伝えたい。

 田舎小僧が死に神と、善継が化け物屋敷から離れさせようとしたのだぞと。

 そして善継は勝ち、田舎小僧は死んだのだと。

 この花火の毛色が違うし、望んだものでもないということも解ってはいた。


 しかして、どうにも火の勢いが早い。

 流石脆い板で作った小屋である。天幕だって布だし、油が染みこめば簡単に燃えるだろう。


 善継がとうとう意識を途絶えさせた。だがしばらく時間が経つと、眼を開けることが出来て、火事で大騒ぎしてる民衆達に気付いた。

 否、火事というべきか、収まった火事というべきか。



 奇跡的に、春がすぐさま火に気付いて、中へ仮設建設を壊してまで飛び込んで善継を救い出したというのだ。



「お春、有難う――」


「別れの前に死なれちゃ困るからね。お春さんは認めることにしたんだ」


 春の言葉に善継は驚愕した。賭けをするほど、化け物屋敷や、見せ物にされることを嫌っていた春が認めると言い出したのだ。

 どうして驚かずにいられようか。


 春は姿を見せず、背中に寄りかかって、暖かみを与えてくれた。


 この温もりが、もうすぐ消える予感がした。


 直後、ふと懐かしさの理由が解った善継は「本当に愚かな恋をしていたものだ」と笑いたくなった。

 笑うことは咽せることでしかできなかった。空気を急激に吸ってるからだ。

 なんにせよ春に化け物屋敷が認められるということは、他のどんな出来事よりも光栄なことだ。

 黒兵衛の花火発言以外だが。


 春は威張ってるような声で、また「認めてやるよ」と口にした。だが、どこか、寂しげだった。

 嗚呼、妖怪お春は、もう終わるのだなあと善継は感じた。

 思えばどれくらい長い付き合いで、どうして気づかなかったのだろう。

 あんなにも自分を心配してくれるのは、ひょっとして、少しでも恋心だと信じたかったからだろうか。

 信じた結果が間抜けだ、黒兵衛に関しても。

 春が笑った。


「黒兵衛はすごいよ、一橋卿にここを薦めていたんだよ」


 先ほどのお気に入りの理由はそんな理由?

 そもそもどうやって知り合うのか――ああ、泥棒に入ったのか。

 もしかして一橋卿は黒兵衛とまともに普通に会話していたのか?

 そしてその流れで、善継を自慢していたのだろうか?


 何にせよこれがきっかけなのだろう、黒兵衛の獄門も、春のさよならも。


 まだ季節は春がきてないから、「春」が去るのか、それともこれから「別の春」が来るのか。

 不思議と心は落ちついている。

 善継は、火事でも落ちついていたほどだ、今更どうのこうのと、しつこく文句はつけたりしない。

 善継は火事をすっかり一時的に忘れ、一橋卿にも認められた自分の才能を誇らしく感じて、息をつく。



 目を閉じれば、まだ火事の騒ぎの名残。

 自分はずぶ濡れで、それこそが生きてる証拠。

 春はどれほどの火傷を覆ったのか知りたかったが、もしも顔に火傷があったら不憫である。

 見ないでおこうと気遣った。

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