表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/38

生涯をかけて認められた〝花火〟

 通常、市中引き回しとは、一日がかりの死出の旅である。



 馬に乗せられた黒兵衛がいる。いるはずだ。だが、馬の上には女物の衣服の男。黒兵衛なのだが、奇抜な格好をしている。



 黒兵衛の格好に問題がある。貧相な格好をしていると、反感を買いやすいので、通常は少し派手な格好をするのだが……。




 黒兵衛はなんと、お春の着てる着物と同じ着物を着ていた。口に紅を差し、善継と眼が合うと、春に目礼して、善継に笑って見せた。



 辺りは野次馬でいっぱいで、好奇心の目で見られていた。善継にとって、どこまでも黒兵衛は不思議だった。


 善継は好奇心の瞳を怖がるのに、黒兵衛は今は堂々としている。死ぬのが怖くないのかと問いたい。



 けれど、目を見れば答はわかる。

 思えば黒兵衛は、最初の頃から善継を他の人のように大げさに怯えなかった。寧ろ睨んできた。


 黒兵衛は、どうしてそんなにも強いのか。


 善継は化け物屋敷一つ無くなっただけで死の淵に立つ気持ちなのに、黒兵衛は今こそ死の淵であるというのに堂々としている。


 どうして、そこまで強くいられる? 目の力も何もない碌でもない泥棒が。



「悪ぃ、賭けだったんだ。お前を化け物屋敷から離せるかどうかの」


 だから、春の格好をしているのかと、善継は悟った。


「こら、私語は厳禁だぞ」


 外には人がどうしたどうしたと集まっていて、黒兵衛の姿に失笑している。黒兵衛は馬を引く非人に殴られても、まだ笑みを消さない。


 片目を瞑って、馬上で神業のように立ち上がり、一回転空中を回って、馬に座った。春や善継に目をやって笑った。

 周りは、その身の軽さに、「田舎小僧だ!」と、騒ぐ。

 善継はそれで悟る。今まで仲良くしてくれていたのは、春との賭け事のためだと。


 どうしようもない不安が、胸をどんどんと叩く。どこまでも不安というのは形が見えるわけではなく、ましてや、いつも変化するもので。

 今の不安はだが、はっきりと不安を形にしていた。

 だが、黒兵衛の一言で再び、不安は掻き消える――。





「おめぇの夢を忘れねぇ! 俺は寿命も金も、自分で盗むさ! だけど、お前の夢ばかりは盗めねぇ! そのこと、誇りに思っておけ!」


 黒兵衛は子供みたいにきらきらとした笑顔で大声で。はしゃいだ。

 いい年した大人なのに、このはしゃぎようといったら童心のようである。



「おめぇの夢は花火さ! 一発、見るためだけに人生を任せる花火師だ!」


 大声で、天に向かって黒兵衛は怒鳴り上げた。怒鳴るくらいでないと大声が出ない様子で。

 空は鳶が飛び、綺麗で気持ちのいい青空である。

 空を暫し眺めようと、味わおうとしていた黒兵衛だったが、すぐに顔をおろして、善継を見つめた。



 目は、お前はこのままでいいのか、と問いかけている。

 よくない。

 よくないのだが、何がよくないのかは、気づきたいような気づきたくないような。



 (寂しいだなんて言えない)


 寂しいと口にすることは恥ずかしく、切ない。

 黒兵衛と同じ気持ちを善継は味わっているが、気づいてはいない。


 黒兵衛はまた思い切り非人にブン殴られ、誰かの長屋の立て付けに馬ごと体をぶつけかけた。

 だが、よろよろと起き上がり、歩いて遠くへ連れて行かれながら叫ぶ。



「どかんと一発、また打ち上げてくれよ、化け物屋敷の花火師さんよぉ! お前の一発一発、忘れねぇ。鮮やかな花火を一瞬しか見ていなくてもな! どかんと一発、た~ま~や~! ってなぁ!」


 黒兵衛の声が、心臓にがつんとくる!


 花火、花火のような化け物屋敷と褒められて、善継は初めて認められた気がした。

 才能を、作品をまともに評価されたようで、つんと涙が目の奥にやってくる。


 だが泣いてはいけない。泣いては、いけないのだ、男ならば。

 善継は、拳を作り、黒兵衛へ声を掛ける。言葉にもならない声量で。



「黒さん……黒さん――」


 掠れた声は誰の耳にも届かない。生涯、黒兵衛と会うことはもうないだろう。市中引き回しをされた後は、獄門だからだ。

 別れを覚悟して、色々と善継は黒兵衛に言いたかった。


 どうして騙したままじゃいけなかったのか、それだけを問いたいとも思った。

 しかして今はもう遠い黒兵衛。人混みに一人飛び抜けて笑い声が聞こえる。


 何かを言うなら今だ。

 何も言葉は出てこない。追い掛けるのをやめた。

 善継は、ひらり、一回転してみせて、春に向き合う。


「何という愚かな賭けをするんですかね。最初からあなた様の勝ちだと判ってるじゃないですか、俺がどれだけ化け物屋敷に入れ揚げてるか、判ってるんですから。ね、お春」


「……っはは、それもそうだね。最初から、あたしは、もしかしたら……誰かに聞いて貰いたかったのかもしれないねぇ。あんたの入れ揚げ具合をさ」


 春は哀しげに苦笑してみせて、善継もつられて笑う。

 笑う以外どうしようもない。怒る気力は、褒められて消えただなんて子供じみていて春には言えなかった。


 化け物屋敷をああも褒めてくれるのは、人生を賭けて褒めてくれる人物はとうていいないだろう。


「関係は、築き上げてきたものを信じます。賭け事なんて、どうだっていい。楽しかった思い出は嘘じゃない。俺は、これからも〝花火〟を打ち上げ続けますよ、あの男が地獄からでも見えるようにね」



 善継の目には涙が滲んでいたが、表情は笑みを浮かべていた。

 爽快といえば爽快である。こうも見事に騙され、正直に打ち明けられたら。


 黒兵衛がどうしてあそこまで強くいられたか、解った。


 善継の花火を期待しているんだ、地獄からでも見られるように。

 死んでも火は、幽霊にはつきものだから、きっと花火は綺麗に見えるだろう。

 枯れ木が花を咲かせるように。


「関係を――そうかい。それなら、あたしがどうして賭けをしたかったか、説明するだけ野暮ってもんだね」


 春の寂しげで悲しげで物憂げな声が、ぽつりと善継に届いたが、気にしないことにした。

 春の言うとおり、野暮だからだ。

 今更どんな賭け事をしていたからといって、何を思うわけでもない。



 たくさん、たくさん黒兵衛から善継は得たのだ。

 色んな感情や、思案や、体験や、――輩というものを。



 後日、化け物屋敷に泥棒の人形を追加した。

 田舎小僧を模写して作ったのだが、どうにも本人より格好いい姿に善継は笑いが絶えなかった。

 本人に見せたら、上機嫌になるだろうな。


 人形は、やがて格好よすぎるので、こそ泥を意味した鼠へと変わった。黒兵衛などこの程度で十分である、と思ったからだ。



 今日もさぁ、化け物たちと遊ぼう――。

 化け物はいったいどこからが境界線だろう?

 死んだときから? 化けて出たときから? 恨んだときから?

 以前の善継を殺そうとした女性を思い出せば、恨んだときから女は化け物だったかもしれないと思える。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ