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騙したコトへの懺悔

 春は柳の下から、まっすぐと見やる。風が吹き、開けっ放しの障子から人が出てきた人物を。

 見た目は立派な中年武士。


 中年武士が縁側に寄り、女中に行灯へ火を点けるよう命じて、ほんのすこうしヒカリを強くし見やすくした。それからきょろきょろ見回して、再び中へと戻る。


 行灯は、ぼんやりと日向のような暖かみ。夕焼けのような色で室内を照らす。

 中で書物を、中年武士は読み出した。少し障子を開けてると外に気を向けているみたいだ。


 休憩なのか、障子を開け、上に上質の何かを羽織り、縁側に座る。春とは決して視線が合うことはない。

 とん、と屋根の上は死に神の庭。屋根の上からでは様子を詳しく窺えないと気付いた春は、黒兵衛の使った縄梯子で下りた。



 柳の下に潜り込めば、誰も春に気付かない。空気以下。

 柳の下から様子を眺めていた春は、月明かりを受けている中年武士が、一橋卿だという事実に気付いた。

 今度、出会ったときは変装も何もしてない。だが、来る方法は同じだと、出くわした場所が以前と同じなので気付いた。



「馬鹿、今すぐにでも引き返せ」と怒鳴りたかったが、できなかった。


 ――真剣な話をしていたからである。


 邪魔するなと黒兵衛の背中にも書いてある気がした。

 男の真剣な話し合いに、女は所詮は混じれない。女と男では根本的に違う。女は所詮、どこまで行っても女なのだ。

 というと、男尊女卑のようだが、実際に生き様に注ぎ込む意欲を女には判ることは、一生涯ないだろう。


 こんなときに限って雲が出ておらず、何とも春は苛立つ。黒兵衛を全て現しているようで。


 行灯だって、黒兵衛を見るための物だ、きっと。

 今は中年武士によって消されたが。空を見上げながら二人は話し込み、庶民の感覚、武士の感覚を思い知っていた。


 武士には武士で色々とあることは知っていた。武士道のために命を捨てられない黒兵衛には武士は無理だと思ってるのか、感心してるのか、ひたすらに「へぇ」、と感心しているようだった。生返事かもしれないが。

 夜の宵が深まり、闇は濃く、月は爛々としている。風木に色が徐々に宿り、夜目に慣れてることに気付かされる。濃厚な緑に、茶色。まだ咲きはしない梅の木。柳。



 黒兵衛はここのところ、実にさっぱりとしている。見目は整え、これから死出の旅に赴く者のような勇ましき顔つきだ。

 空も死での門出を祝してるような闇夜の暗さ、月の大きさ、明るさ。


 全てが、黒兵衛のためにあるようで。


 月は平等に、闇にでさえ照らし出す。だから黒兵衛も映り、姿が見えるのだ。たとえ、これから何があろうとも、天だけは味方のようで。平等に円を描いているようなヒカリが当たる。

 黒兵衛と一橋卿は隣同士で座っていて、性別が違えば、かなり微笑ましい光景だっただろう。性別が同じなだけで、どうして深みが何かあるように見えるのだろう、男同士の話とは。


 春は巳の位置にて、空より見ていたが、この位置は全てを見透かしていて、どうにも警備が緩い。

 絶対に寝所に行かない動きになっている。また泥棒が入ったと気づくことのない手薄な警備。


 泥棒と二人で話しているだなんて、とうてい想像もつかないだろう、仕えている家臣たちは。

 御屋形様がまさか、泥棒風情と夜の情緒に浸りながら語っているなど。


 お茶はでないが、軽い摘めるイカの干物なら出る。喉が詰まって死んでしまえという暗黙の命だったらおぞましい。

 だが、他意は全然ないようだ。イカは元から一橋卿が、夜の読書の供にと、用意させていたらしい。

 死に神である春にとって、自然からの反乱だった。



「輩を騙すことは、盗みよりも悪いと気付いたよ。俺は、それまで孤独だった。孤独を嫌っているのに気付かずに、孤独だった」


 相談事をするように、黒兵衛はゆったりとした声で打ち明け続けている。


「どうしてだろうな。寂しいと口にすることは、悪いことのような気がするんだ」


 寂しいと言えば、周りは妻のことで同情するか、昼から酒をかっくらう昼行灯だから煙たく思うかのどちらかであろう。

 善継と春と一橋卿は違う気がした。

 善継はあの性格から。

 春は死に神だし、善継を大事にしているから。

 一橋卿はこんな黒兵衛を相手にしてくれているから。


 寂しく思うことは悪いことではないのに、何故か口にしがたい。

 口にするのでさえ煩わしい思いをする、単語であった。

 本心に気づいた黒兵衛は、すらすらと口にしていた、頭に過ぎったこと全て。


 一橋卿もその感覚に覚えがあるのか、ふ、と笑うだけで、返事はしなかった。

 返事がないことは話を続けろという意味なのだろう。



 全てが黒兵衛のためのよう。最後の、ただの町人である「黒兵衛という人物」の夜を空が見守っている。


 何とも綺麗な晩である。

 出来過ぎた夜である。黒兵衛はそんな言葉が脳裏によぎり、笑いたくなった。


 名前自体が嘘だった。始まりは泥棒で、賭け事から始まった。だが、賭け事で得た人間関係は心地よく、「寂しい」だなんて言わせることがなかった。



 柳から今にも、善継や春が「こっちにおいでよ」と言って出そうな雰囲気だったが、そんなことあり得ないと知っている。


 柳は不思議だ。人がいるように思わせることが得意だ。

 碧の葉は、垂れて屋敷の隅の堀を隠している。風が吹雪けば、ざぁわざぁわと木の葉が擦れて、人が話しているような音を出す。


 善継に報告したら喜ぶか、知っていると呆れるか。兎に角、月には当たらず、深緑を吹雪かせて、話し声をぺちゃくちゃと出している。

 春は睨んでいるだろう。

 一橋卿は興味深げに聞いて、泥棒というより、黒兵衛自身を見てくれていた。


「あいつは俺を一人にしないでくれたんだ。その俺が裏切るのは、酷い話だろ? 男として情けねぇ」


 黒兵衛は赤裸々に一橋卿に語る。

 詳しくは見知らぬが、幸福の質が尊い人だからこそ語る。


「そう。だから、来たのか?」


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