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傑作が燃えていく

 先の道の、紅い明かり。火事だと理解するのは数寸、化け物屋敷の火事だと理解するには、計測不可能。



 善継は、膝をついて、その場で頭を抱えた。


 人は、受け入れがたい現実を見ると、理解できなくなり、言葉を失うのだ。

 ただ、胡麻油ごまあぶらの匂いがするということだけが、善継には引っ掛かった。


 掠める物は何もない。脳裏に過ぎる物など何もない。燃えている、善継の大事な物が燃えている。

 大事な物は金でも、衣服でも何でもない。絡繰り仕込みの人形たちと、仮設建設の板だけだ。

 だがそんな物でも、善継にとってはどんな物より大事だった。何せ、称賛された作品だったからだ。もっと燃えている作品は、長く見せる予定であったのに。

 何より町民だけでなく、もっとお偉い人が化け物屋敷を見てから善継についてどうするか、出世するチャンスでもあった、旅団にとっても。


「善継っ」


 春が心配している。見せ物仲間で、自らを妖怪と名乗り、妖怪らしく振る舞う女であった。

 春は善継にとっては、何よりも大事な存在で、春が火事に巻き込まれてないことは有難い。ほっとそこだけは安堵した。

 だが、春のほうが、善継をより心配してるような素振りである。



「大丈夫かい? 燃えちまったねぇ。何もかも、燃えちまってるねぇ」

「何もかも……はは、本当に」



 何もかも燃えたように思えた。大事な物というのは、こんなにも一瞬で散ってしまうものなのだろうか。

 どれだけ大事にしても、無くなるときは一気に無くなるものだ、人も物も、とふと悟った。

 紅い炎に照らされて、善継は立ち上がる力が、どうしても出ない。そこで、春に起きるのを手伝って貰った。



「女の手も借りないと立てないくらいの衝撃だったのかい? 化け物屋敷がなくなることが」

「あれは、俺の大事な大事な……作品だったんですよ」



 夢に破れた男の声をしていた。


 何もかも夢に攫われた何もかも失った男の顔をしていた。酒の渋みを与えればきっと近い表情ができるかもしれない。辛いだけの酒を飲んだような表情だった。



 どこか茫然と夢を失ったのに、夢を見てるようなぼんやりとりた声であった。


 舞台役者の話であったのに。なんという無惨な結果だろう。善継が肩を落としていると、春が、ばしんと背中を叩いた。

 善継はけほ、と咽せてから春を見た。春は強気に出る。



「何を言ってるんだい、もっと大事なもんがあるだろう? あんたの人生、全部が化け物屋敷かい?」

「――それでもおかしくないくらい、化け物屋敷が好きです」



 善継は未だに茫然としていて、現には返ってきていない。

 春は善継の返答に呆れかえって、眼を半目にして睨み付けた。それから、座長――虎吉に話し掛けに行って、何かしら話している。

 放心してる善継に話し掛けてくる小屋仲間は少ない。皆が眼を恐れている。春のように、気さくに話し掛けてくる者はいない。

 そんな状況が今は有難い。今ここで話し掛けられても、間の抜けた言葉を返すか、八つ当たりするかの、どちらかだ。


 火事が他の場所へ燃え上がらないために、火消しが化け物屋敷を潰している。



 (やめろ、よせ、それは、かつて魂であった!)



 叫びたいのに、叫べぬ衝動は何処へやりきればいい?

 叫びたい、こんなにも潰すなと叫びたいのに、潰さないと他の建物に火が移るからと、無惨にも、どすどすと潰されていく。

 涙がこぼれかけたが、ぐっとこらえた。


 泣くものか。決して。もっともっと凄いものを作ってやる、と善継は潰される化け物屋敷を諦める。



 善継は諦めるしかなかった。いつだって、人には諦めた道しか残されぬのだ。

 だが同時に諦めは、希望を見つけるチャンスであり、善継がそのことに気づくのはいつのことだろうか。



化け物屋敷なのに、タイトルを化け物小屋と間違えていることに気付いたのが今だという。

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