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歌舞伎者

 人々がかっとなりやすい夏祭りのような熱さは、今はばらばらだが、夏は本当に沢山の人が来て、善継の化け物屋敷も有名になった。



 そっちのほうは、他の団員に任せても大丈夫になったので、善継は呪いの目の見せ物に回ってる、というわけだ。


 だからこそ、黒兵衛がこちらへ向いてきたのか、判る。きっと善継か春に、用事があるのだろう。


 紅葉した葉がはらりはらりと落ちる様は、もう居所を変えろと急かしている合図のようで、善継は少し寂しかった。

 紅葉の季節は浅草を賑やかにしたが、賑やかにしたのは種類の違う人間であった。こうして客層も変わっていき、変わらないのが善継と黒兵衛と春だけ。



 光景も、芸をする人が変わっていき、同じ芸なのにする人が違うこともあるし、芸そのものがないこともある。秋の侘びしさである。

 紅葉が足下にあって、それを踏みにじる。時折、誰かが掃除をするが、今日はまだ掃除されず、枯葉が辺りに散らばっている。


 死ぬときみたいだ、枯葉は。踏みにじられ、汚くなって死ぬ。野垂れ死ぬ人のようだ。それでも樹に繋がれているうちは、まだ綺麗だから、ある意味で客寄せになる。



 黒兵衛は、変わるのだろうか、もしも次にまた出会ったときは。どうして黒兵衛は他の人間みたいに善継を恐れないのだろう。そもそも、善継と春は何故、知り合いだったのだろう。


 あれやこれや、益体もないことを考えていると、さらに近づいてきた黒兵衛が、不意に善継の頭を、わしゃわしゃと撫でた。


 結うのが面倒だからと、自分の手で散切りに切ってる髪の毛を、犬でも撫でるように撫で回す。さすがに善継は、むっとした。





「善継。賭けは負けだと、あの女に言っといてくれ」


 表情は何処か、きりりとして、声はどこか飲んだくれの、やさぐれた声で告げるから、何かの賭け事に本当に負けてるのだと、すぐ判る。


 しかも、丁半などの賭博ではなく、具体的な賭けをしたのだと、善継は悟った。

 何故、悟ったのかは判らない、賭けの面白さ、醍醐味を知らない善継には、判らない。ただ、黒兵衛の瞳を見たら、どんな人間でも「何があったの」と聞きたくなる、と善継は感じた。


 黒兵衛は見せ物小屋を改めて見るように、視線を上から善継へ下ろした。見学しようとしかけて、やめたようだ。


 黒兵衛の気持ちなど、知りやしない。善継は顔を上げて、何か文句を言おうとしたら、父性を感じさせる顔に善継は負けた。

 親の居らぬ善継に、父性や母性は卑怯だ。



「賭け? また賭博ですか。やれ、あなた様は、いつになったら、そんな物を止めることができるんですか」


 善継にしては珍しく、笑顔を作って話し掛ける。

 だが、黒兵衛は、どことなく、これから消える灯火の暖かみを心に込めているような双眸だった。


 善継は、初めて見る黒兵衛の眼差しに、様々な思いが怒濤のように広がった。

 何だか、父親という存在を思い出しそうになる目だ、と善継は感じ、少し人生を振り返った。



 今までは、過去など、どうでも良かった。今が在れば、それが生きる術となっていた。

 明日か今日の、いつ死ぬかも判らない、蚤よりも矮小な命だと、善継は過小評価していた。

 初めて、人間として過去を思い出そうとしている気がした。

 なのに、話の内容は賭け事だから、やっぱり黒兵衛は碌でもない。

 碌でもない部分が、完璧な人間ではないと、何故か安心してしまう。善継以上に駄目人間がいるんだと思うし、そんな見下してる善継と波長を合わせて、同じ目線に立とうとしてくれる大人。


 父親みたいだけど、父親だとは思えないくらいの子供みたいな好奇心が、ちらりと垣間見える。

 幾つ年を取っても子供みたいな人なんだろうなと、善継は痛感した。

 黒兵衛を見ていると、最近の善継は、様々な発想が浮き上がってくる。



「まぁ、かなりやばい賭けだったけど、負けてもすっきりできる賭けだから、いいんだ」


 何か急いた様子で、会話はそれきりで、黒兵衛は人混みに紛れていった。寅の方角に向かっていった。

 黒兵衛は見せ物小屋から、丑の水芸の方角に歩く。



 すっきりしたと告げた黒兵衛のように、さっぱりとした水が魅せられている。遠くへ行こうとしている。

 夕陽に当たる水がとても爽やかで、橙を絞ったかのような水になっている。猿は日が暮れるにつれてきぃきぃと騒ぎ怯えるように、猿回しの傍にべったりと。


 小豆芸は何故か失敗をちょっと繰り返している。

 新人なのかもしれない。よく見れば、人は移り変わり、町人でも見覚えのない人が小豆芸をしている。


 最初は一人で歩いているように見えて、次に三人、似た格好が現れ、三人で歩いてるように見える。

 人の目というのは不思議なもので、遠くに人が去っていくと、それが増えて見えるように錯覚を覚えてしまうものだ、たとえ身なりが違っていても。


 ついには、複数で歩いてるように見えて、じっくり目を凝らさないと、誰が黒兵衛だか判らない。

 賑やかな楽器の音に、客寄せの声。ここはお祭り。いつまでも終わらない他の居住区と比べて、不思議な異世界のような宴の町。


 夏だけじゃ熱気は終わらんよ。地味にお祭り、派手にお祭り。


 歌舞くのを止めるのなら、あんたは江戸ッ子じゃねぇ。ただの化石だ。石ころだ。感動しない心だというのなら、江戸から綺麗さっぱり、おさらばしなさい。



 ココは風物詩や、祭りや、人情を楽しむ都。感動しないなら、どっかの田舎で畑を耕すほうが幸せでしょう。


 どの季節でも、せいぜい、持ち技を磨きましょ、一緒に見物に行きましょう。

 それから、あらよっと魅せて、現れて、かっこつけてやるのさ。よっ、歌舞伎者!


 ――見せ物小屋や、個人の芸だけだけど。浅草はいつだって、お祭り拍子。喧騒、手拍子、歓声、どれもが合わさって五月蠅いのが、江戸だ。



 不思議なのは水芸や小豆芸、猿回しなど、芸を全て長時間ずっと見ているかのように、どこでも黒兵衛がいる錯覚がした。

 水の前で騒ぐ黒兵衛、猿回しに馬鹿にされる黒兵衛、皆で「さて、さて、さてさてさてさて」と、大はしゃぎする黒兵衛。何もかもが「祭りの終焉」を告げている。



 遠いから錯覚かもしれないが、何処か穏和な黒兵衛だったので、穏和になることもあるんだな、と善継は目を見張った。



 浅草の、丑の方向、子の方向、寅の方向。中央に見せ物小屋と考えて、位置はその辺り。その辺りに賑やかな終焉がいつ終わるか告げずに待っている。夕闇と共に、終わりの警鐘を待っている。



 ふと空は闇の宵が濃くなっていた。あれほど鮮やかだった水芸が闇色に染まっている。

 終わらせなければならない時間だと悟ったのか、水芸は店じまい。


 猿回しの方角では「楽しかったわね」と町娘たちが帰ろうとしている。飛脚や辻駕籠が走ったり。




 増え始めたと思った人混みは泡沫の夢のように消え、見せ物小屋も店じまい。



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