胡桃の笑い声
「どうです、あれが俺の好いた女ですよ。随分と変わり者でしょう」
善継の声は溌剌としていて、自慢げだった。黒兵衛は何とも言えぬ。
「変わり者どころか、お前……ついてねぇなぁ」
ようやく出た返事は、善継を笑わせたがどうにも、黒兵衛は善継を不憫に思った。
何せ、あの性悪の死に神が想い人だなんて、哀れにも程がある。
今すぐにでも止めておけ、と忠告してやりたい気もする。だが、人の恋路を邪魔する奴は何とやら、とも言う。
設計図が完璧にできるまで、と取りあえず設置される方針になった、昔の趣向の化け物屋敷。
あまり費用も掛からない上に、絡繰はちょっとしかないので、撤去しやすい。
なんてことはない、ただ人形師が途中まで作った絡繰り人形の解剖図を置いて、人形に触れれば、クルミが擦れ合って、からからと人形の笑い声のように揺れる仕組みだ。
その人形がただ、十体ある。流石に十体もの仕掛けが一斉に発動すれば、面白おっかない気がして、どうにも総毛立つ。これが善継の初物らしくて、未だに後生大事に取ってあったから、難を逃れて見せ物になった。
その人形の設置を手伝いながら、黒兵衛は異様な空気に興味津々であった。
仮小屋となり、天幕から、板でできた脆い小屋に変わった。元から脆い小屋にしたほうが片付けやすい。順繰りで撤収するときは、かなり楽だ。丈夫な板ではあるが、見かけは脆く、小屋の作り方も粗末なものだった。
それでも、昼間でも暗闇を感じられるのは絶対である。青い垂れ幕が掛かってるのが余計に夜空を思い出せて、何処か気分は浮かれてるとは違うが、明るかった。
ちなみに、春はいない。今はもう見せ物になりに戻ってる、浅草へ。
ここは浅草より少しばかり離れたところだ。人通りが少なく、「いかにも」な場所であった。
人通りの多い浅草の見せ物小屋とは違って、人はいない。故に建設しやすかった。
善継は試しに、黒兵衛を化け物屋敷へと案内することにしたのだった。
「まずは、語りから始めましょう。語りを聞いてから入るのです。厠へは行きましたか? 中で漏らさないでくださいね」
「そこまで怖かぁねぇだろ?」
「ええ、何せ、俺が十のときに思いついた物ですから」
にこりと微笑まれても、善継が微笑むと胡散臭く感じるのは何故だろうか。それでもって、その瞳が、真剣みを帯びると妖しく見えるのは、何故だろう。
今のうちにでも、「用を足しておけばよかったかも」と、黒兵衛は後悔しかけた。
「人形には魂がありません。そうやって罵倒しながらも延々と家業のため、作り続ける人形師がおりました」
人形師は、いつも人形にぼそぼそと小声で語りかけては「テメェなんざ、死体だ」と言い続けておったそうな。
人形には魂が宿ると信じ込んでる同業者たちが、そんな呪いみたいなことは止めろと言っても、人形師は止めなかった。
(お前らなんて、所詮は木の塊さ。木偶だ、木偶)
そんなことを言った次の日から、不思議と誰も訪れなくなった。不思議に思っていると、人形たちがふと怖くなった。
怖くなった人形師は、町を徘徊するが、誰にも会えない。町を歩けば、見慣れた道が小難しい道になっていて、人形師は焦り出した。
人形師は怖くなってふと、家に戻り、人形たちに問いかける。
(なぁ、人形は魂が宿っているんだろ? なら、話してみろよ、今すぐ)
されど、人形たちは当然ながら、何も言わず。男は、最初の三日は人形に話し掛けることで、事なきを得た。
だが、一ヶ月が経つと、あまりの出来事に狂い、死んでしまった。
人形師の孤独死が判ったのは、絡繰り人形が笑った頃。人形師の願いにより、声を与えたいと願って人形を作り直し、腹を掻っ捌いた頃。
善継が神妙に語った頃に、善継の青い瞳が度胸試しでもするような色の眼に変わった。
「その人形師の部屋、見たくないですか? ああ、怖いなら、お止めなさい」
む、とした黒兵衛は、中へ入る。善継も後に続いた。
中へ入れば、人形が。先ほどまでただの木偶だったものが、不意に何か狂わされそうに思える「人形」という魂に思えて、黒兵衛は魂消たように言葉を失っていた。
人形に触れると、先ほど設置したのは善継だというのに、クルミの数多くの笑い声にびくりと反応して、びくびくと怯えている。
ところどころ薄く陽の光が差してるのもまた、狂気じみた日常を表すのに、ぴったりであった。
現世のようでいて、非日常的な空間。何とも不思議な気持ちだ。
なんにせよ、先ほどの話が効いてる。何とも怖くも楽しい化け物屋敷を作ったものだ、昔は。
善継の才能に、黒兵衛は称賛する以外なかった。ぞっとする。だけども、その冷や汗加減が気持ちいい屋敷に、黒兵衛はいたく感激した。
「すげぇ、すげぇよ、おめぇ! ひえー、さっきとはまた違う世界だ」
「ええ、昔の稚拙な仕組みですが、この稚拙さが受けたようです。稚拙だからって馬鹿にする者もいましたが、稚拙だからこそ良いと仰ってくれる方もいましたよ」
善継の表情は、小屋の暗闇でよくは判らぬが、悪い気はしてないようであった。
寧ろ素直に感想を告げる黒兵衛の反応を待ってる。
「だけど、惜しいな」
黒兵衛は虫を間違えて食べてしまったような顔をした。
何が惜しいのか解らない善継はオウム返しに問いかけた。
「惜しい? 何が、です?」
「この小屋、次のが決まったらお終いなんだろ? 惜しいな」
黒兵衛の感想こそ稚拙であったが、やはり稚拙だからこそ良かったようだ。
善継は、水滴が葉から弾んだような溌剌とした声で、黒兵衛に約束してくれた。
「次の作品ができたら見せますから。ご安心を。昔の稚拙さだけで満足されては困ります。向上心がなくなってしまうじゃないですか、それを狙ってるんですか? 嫌な人」
善継はげたげたと笑い、黒兵衛は次の小屋がどんなものか想像してみる。
想像するのはとても楽しい。
だが、とうてい予想もつけぬ、それこそが天才肌の創作物。
この章はこれでお終いです。




