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僕らの箱庭

秘密の放課後

作者: 東亭和子

 美術教師になって早五年。

 上野慎二の祖父は絵を描くのがとても上手だった。

 祖母もそんな祖父に惚れたのだ、と今でものろける。

 だから慎二も自然と絵を描くようになった。

 教えてくれたのはもちろん祖父だ。

 柔らかく美しい祖父のタッチ。

 それを真似したくて絵を描いた。


 絵を描くことは人生の全てだと思えた。

 それくらい絵が好きなのだ。

 本当は教師ではなく、ただの絵描きになりたかった。

 でもそれでは生活できない。

 だから教師になった。

 そんな理由でやってる仕事だから結構いい加減だと思う。


 同僚の中井や西崎は真面目な教師で、この仕事が好きなのだと分かる。

 俺とは大違いだ。

 基本的に口下手な俺は生徒と何を話したらいいのか分からない。

 必要なことしか話さない俺は人気などない。

 それなにのどうしてこんな状況になっているのだろうか?と首をかしげた。

 目の前にはモデルにしてください、と押しかけて来た美術部の女子生徒、高橋りえが立ってるのだ。


「私、先生の絵が好きなんです。

 初めて個展で先生の絵を見たとき、動けなくなりました」

 そう言って笑う顔はとても幼く可愛らしい。

「…そうか」

 他に言葉が出なかった。

 他に何を言えと?

「私もあんな絵が描きたいと思って美術部に入ったのですが、才能がなくて…」

 高橋は眉を潜める。

 いつも真面目に部活に来てるのは知っていた。

 誰よりも絵に真剣な姿も見ていた。

「諦めるのか?」

 絵を描くことを諦めるのか?

 少し残念な気がした。


「…いいえ。私、絵が好きなんです。 

 だから下手でも書こうと思います」

 その答えに安堵する。

 何か好きなことがあるのはいいことだ。

「でも先生。私、先生のお手伝いもしたいのです」

 個展があるのでしょう?と高橋は言う。

 部活の監督の合間に絵を描いているのを知っているようだ。

 題材で悩んでいるのも知っているようだった。

 今回の個展では人物画を書くことになっている。

 個展先のオーナーのリクエストだ。

 いつもは風景画しか書かないから、たまには人物でも書いてみろ、と言われた。

 苦手なものだから上手く出来ずに悩んでいた。

 だから正直高橋の申し出はありがたかった。

「…いいのか?」

 俺の言葉に高橋は嬉しそうに笑って頷く。

 だが、こんなことはおおっぴらに出来ることではない。

 バレたら失職かな、と思ったが個展のためだと思うことにした。


 密かにモデルにしようと思っていた人物が自らやって来た事には驚いたが、これはいいチャンスだと思った。

 いつも真面目に絵を書く高橋。

 彼女が笑うと空気が柔らかくなる。

 その空間が温かな光に包まれる。

 それを書きたいと思った。

「覚悟しろよ?

 俺は作品のためには努力は惜しまない」

 きっといい作品が出来るだろう、と確信した。

 だって彼女が来てくれた。

 あの温かな光を傍で感じれるのだから。

 はい!と元気な声が聞こえた。


 さて、問題はどこで絵を描くかということだが。

 自宅に連れ込む訳には行くまい。

 だからと言ってここでは落ち着いて描けない。

 ああ、そうだ。

 祖父の家で描けばいい。

 きっとあそこでなら上手く出来る気がする。

「じゃあ、さっそく行くか」

 俺は立ち上がると高橋を見た。

 今すぐにでも絵を描きたい。

 描きたくて仕方なくなってしまっていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  いい作品ができそうです。 [一言]  モデルになる女性の心境はいかなるものなのでしょうか? 最初は純粋だった心が、モデルを描く道具になってしまいそうです。
2016/06/19 11:14 退会済み
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