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第5話


目が覚めた時、真っ暗闇だった。全身が濡れていることで、雨が降っているのだと気付いた。寒い、早く帰らなきゃ……。

「あ、そうだ師匠……」

……あれ?

「し、しょう?」

その瞬間、俺の脳内で眠る前の出来事がフラッシュバックした。

「ぁ……ぁああああぁぁぁあああ!」

師匠が死んだ。俺のナイフで胸を貫かれて。俺に呪いが纏わり付いたから。タカさんが俺たちを襲撃してきたから。

「……俺は、なんてことを」

俺は吐き気に襲われた。息が苦しくなる。えずいてしまった。……いや、このままいっそ、死んでしまおうか。

俺は地面に仰向けになった。雨が全身を撃つ。

俺が、無力どころか、邪魔までして、挙句師匠を刺した。

「くそっ」

俺は右手をかざす。なにが大魔導士になるだ。こんな……。

そう思った時、右手がキラリと輝いた。…………青い石。師匠に貰ったブレスレットだ。初めてこの石を見た時、なぜか心惹かれた。

「……師匠」

俺は目を瞑り、そしてそのまま意識を手放した。



朝、俺は再び目を覚まし、水すら飲まずに町の方へ向かった。

街中、俺が足を進めるのはスラム街に近いぼろ家、そう、レティシアさんの家だ。

俺は戸を叩く。

「あーい、……ん? ユーリか。ぁあ? どうしたんだその格好」

昨日みたいにボサボサの髪とヨレヨレのシャツのままレティシアさんは出てきた。そして俺のこのずぶ濡れた格好に若干の驚きを見せている。

だが、そんなことはどうでもいい。俺は意を決して告げた。

「レティシアさん、俺を……弟子にしてくれ」



息は殺すものではない。自然と同化させるのだ。草木が蒸散するように息を吐く。誰が道の小石に目を向けようか、俺は今、この森の自然と極限まで同化している。

近い……。目を向けずとも気配で分かる。数日前、街で覚えたあの気配だ。

俺は素早く、しかし怪しまれないように動いた。

敵は今、世界に名を馳せる魔導絡繰技師エバーノ・フルトベングラーを木の上から睨み据えている。

この一年、師匠が倒されてから一年、俺はレティシアに師事し、厳しい修行を積んだ。潜在的にあった暗殺能力の研磨、並程度しかなかった魔力の強化、純粋筋力の上昇、近接戦闘下でのあらゆる敵との戦闘技術、数えたらキリがない。何度も壁にぶち当たったが、挫折だけは微塵も感じなかった。全ては眼下の奴を倒すため。俺は左手のブレスレットを右手で押さえる。

それから俺は右手を掲げ、指を鳴らした。さぁ、始めよう。



現在、教会の長椅子に腰掛けている少女レティシア・ゲルトラウデ・ヴァイスゲルバー。赤髪の少女がそう呼ばれたのは十歳の時までだ。元々貴族令嬢だった彼女は十歳のとき、盗賊にヴァイスゲルバー一家を襲われた。親、長男を含めた男衆は皆殺され、雇いメイドの幾人は騒ぎの合間に逃げ出し、残りのメイド達は自身を助けるため、犠牲となった。

そして暖炉の裏に篭っていた彼女を拾ったのがシエルとエバーノである。

貴重な石を探していたのだったか、その途中で野盗に荒らされたであろうヴァイスゲルバー邸を探ってみたらしい。

それからは二人に助けられながら、やがて強くなることを求めて傭兵稼業に身を落とした。

「ユーリ……」

一年前に出会い、師の死を糧に強くなることを選んだ少年の名を呟く。雨上がりの朝、憎しみの篭った眼で師事を請うた彼を育てたが、これで本当に良かったのだろうかと、この一年ずっと考えていた。

レティシアにとってエバーノも命の恩人であり、親とも呼べる存在だ。その彼が親友を間接的に殺めたことに初めは驚いた。そして全てが終わってしまったその時から、己には何ができるか分からなかった。

だが、目の前で祭壇へ向かって祈りを捧げる少女、ユリアーナを見ると、自分が迷うわけにはいかないと言い聞かせる。

ユリアーナ、彼女はエバーノの一人娘だ。三つ編みにされた滑らかな金髪、海のごとく澄んだ碧眼を貼り付けた顔は瑞々しく、神々しささえ携えている。自分とは二つしか歳が違わず、隣街に住んでいる彼女をレティシアは妹のように思っている。

彼女もシエルを慕っていた。だがそれ以上に父親を愛している。一番辛いのは彼女であろう。父が討たれるかもしれない。そして不運なことに、彼女はユーリに対して不和どころか、ある種の男女間における好意すら抱いている。

レティシアもなるべく二人が巡り合わないようにと配慮していたつもりだった。しかし、運命は二人を繋いでしまった。

眼を閉じて祈りを捧げる彼女は一体何を思っているのだろう。レティシアは気になったが、野暮だと思い、聞く勇気がなかった。

「レティシアさん……」

彼女が組んだ指を解き、伏せ目がちに話を切り出す。

「お、おう……」

「悲しいですね。誰か一人が堪えればこんな事にならなかったのに……」

「…………」

「私は父を愛してます。シエルさんも慕っています。レティシアさんも姉のようだと感じています。そして、ユーリさんも、好きです。…………私には、誰かを選ぶことは出来ません」

「それは……」

レティシアには語りかける言葉が見つからなかった。

「だから、そんな私だから、我慢できます。許すこともできます」

「お前は……」

ユリアーナは振り向き、レティシアへ微笑みかける。

「憎む以上に、好きだから。これでこの憎悪が終わるなら、私は何もしません」

その儚げな笑みに、レティシアは哀しい眼をたたえた。だが、目尻を拭うと、

「どちらが倒れても、骨を拾って、墓を建てよう。私たちに出来るのは、それだけだ」



指鳴りと同時に仕掛けた罠が作動する。木に括りつけていた矢が、槍が風切音を巻き起こしながらエバーノのほうへ飛ぶ。

「!? くっ」

エバーノはすぐさま気付くと、難なく避けていく。俺もこんなちゃちな仕掛けで屠れるとは思ってなかった。俺はエバーノの動きを眼で追う。さぁ逃げろ。ただでさえ木々で狭い地形だ。三日かけて配置した罠があんたを追い込む。

俺はナイフを構える。昨日研いだばかりの鋭利な一噛みだ。おまけに毒も塗ってある。

俺は枝を蹴り、エバーノ目掛けて飛び降りた。

「ぁああぁぁあああああ!」

しかし、

「術式、霧散陣!」

エバーノが紙札のようなものを懐から出し、術式を起動させた。瞬間、辺りに濃い霧が拡がる。

「くっ、ぉおおおお!」

俺は迷わずナイフを振り下ろした。しかし、手ごたえが無い。虚しく宙を切っただけだ。

そして着地に失敗してしまった。

「うぐっ」

左足を挫いたようだ。ズキズキと痛む左足を後ろにし、周囲を見渡す。

そして突如、霧が吹き飛ぶように視界がクリアになった。俺の目の前には刃を備え付けられた木偶人形。エバーノの絡繰か!

俺はその木偶人形の刃をナイフで受け流す。交錯した時、火花が散った。

「火よ、膨れろ! そして燃やせ!」

その散った火花が俺の魔力で膨れた。そして対象とした木偶人形へ蛇のように伸びる。

しかし、その炎は木偶人形に纏わりついたがすぐに燃え尽きた。防火加工がされてる……。

俺は右脚で器用に後ろへ距離を取った。

こんな場所でも防火加工が施されてるということは、恐らく防水、耐衝撃加工も加えられているだろう。

「ああ、君はもしかしてシエルの弟子とかいう少年か?」

無精髭を生やしたその壮年の男は問いかける。

「だったら、なんだ!」

俺はエバーノ目掛けてナイフを投げた。

エバーノは納得顏で笑むと、風の魔法を起こした。弾き返すつもりだろう。だが、無駄だ。

俺の投げたナイフはエバーノの風を切り分け、エバーノ目掛けて突き進む。エバーノも驚いた顔をした。

「なぜだ、って顔だな。そりゃそうさ、今、この自然は俺の味方だ」

魔力を帯びたものは、俺に直接ダメージを与えるものでなければ一切効果が無い。

「第二ラウンドだ」

俺は腰から二本目のナイフを取り出し、構える。

「奇襲が失敗した君に勝ち目はないさ」

エバーノも絡繰に魔力を注ぎ、自身も剣を抜いた。


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