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第4話

いさ。」


〈4〉

市場から少し外れた道なりを歩いて数分ほど、僕らは古びた一軒家に辿り着いた。その屋根は苔がむし、窓も掃除してないせいかくぐもり、かすかに見える内カーテンも黒カビで腐り落ちそうに見える。この景観でも他と違和感を感じないのはちょうどスラム寄りに建てられているからだろう。街中で安全な地帯で一番安い物件と言える。

「師匠、なんですか、ここ……」

隣にいるユーリは苦笑いだ。僕は口元を押さえ、笑いながら、

「モンスターハウスではないよ。ここは……君にとって有意義な発見を促すだろうね」

そう言って僕は朽ちているんじゃないかと思うような扉をノックする。

…………。

「…………師匠、留守なんじゃないですか?」

「いや、気配は感じるんだけどね」

僕はもう一度ドアを叩く。先ほどよりも強く。

「ぁあ……ん?」

すると、ゆるりと扉が開き、そして中からのっそりと女性が出てきた。

手入れをしてないのだろう無造作に伸びた赤髪、クタクタになって着崩されたシャツ、そして顔を思わず顰めてしまうくらい臭う酒気。ここの住人だと充分に証明できる彼女の身なり……ああ、酔いどれレティシアだ。

「ああ、シエルさんか。どうしたんだ? ……そいつは、隠し子かなんかかい?」

寝ぼけ眼の彼女が喉をカラカラと鳴らせながら問うてきた。

「なっ、違います! 僕は師匠の弟子、ユーリです!」

「元気なガキじゃねーか……いや、アタシと二、三しか変わんないか」

「師匠、こちらの方は?」

二ヶ月ぶりに彼女の姿を見て、変わらないな、と感慨に耽った。

「彼女はレティシア。十九歳のちょっと背伸びしたい女の子さ。小さい頃はお嬢様って感じだったのに、いつしかこんな……ヨヨヨ」

僕は目元を裾で覆ってみせる。

「ぁあ? 職が職だけに自然とこうなんだよ。強かって褒めて欲しいくらいだね」

「? 何の職種を……?」

ユーリの疑問に僕は顔を上げる。

「ああ、彼女はね、傭兵だよ」

「傭兵……」

ユーリは頭をガシガシと掻く彼女を見つめている。

「冒険者ギルドに登録している、魔物討伐から盗賊団の粛清、戦争までいわゆる荒事を生業とした者達のことさ。彼女はその中でも名を挙げているほうさ」

中年オヤジを真似たような風貌をしているが、戦場に出ればハルバートを片手に駆ける戦乙女……乙女?だ。

「シエル、あまり褒めないでくれ。私なんかお前やエバーノに比べればまだまだだ」

「いやいや、比べる対象が違うだろう?」

「それで、今日は何しに来たんだ?」

僕はユーリの肩を掴む。

「この子に、君の武勇伝を聞かせて欲しいんだ」




その後、僕らはレティシアの家を経ち、帰路についた。陽は沈み始め、教会の鐘が少し遠くから響く。もうそろそろ家だ。

「今日は色々なものを知ることができました」

ユーリが嬉しそうに語りかけてくる。

「それは良かった。僕も喜んでもらえて嬉しいよ」

先を歩いていたユーリが立ち止まり、振り返る。

「師匠……俺、考えてみたんです。俺にはなぜかわからないけど、自然を読み取るチカラがある。それはレティシアさんのハルバートみたいなものだ。……でも違う」

ユーリが僕を見据える。戸惑い、不安、そういったものが垣間見える、震えた眼だ。しかし、その瞳には、熱意があった。

…………聞いてみたい。

僕はユーリのこれから出す考えを聞いてみたい、そう渇望のごとく思った。

「師匠は魔法を魔力で世界に語りかける技だと言った。そして僕のこのチカラはそうではなくてもっと自己を世界に投影するような、重ねるような……そういうものだ」

だから、と彼は呟く。

「だから僕はこのチカラを活用して全てを理解し、それらを使いこなす。師匠が世界に干渉するチカラを魔法と呼ぶなら、僕はこの自己と世界を重ねるチカラを氣功法と呼びます」

僕は、指先が震えるのを感じた。関節が揺れる錯覚、冷汗が心地良い。

この少年は……。

「僕は、このチカラでいつか師匠を超えてみせる」

不安と迷いの中で輝く絶対に見失なうまいとする決意の双眸。

僕の全身を雷か駆け抜けた。熱いものが芯から込み上げてくる。風を感じる肌がひどく鋭敏だ。こんな感覚は随分と遠く久しい。

…………ああ、それが君の答えなら、

「僕はこの高みから待ち続けよう。這い上がってくると良い。いつでも迎え討とうじゃないか」

その日が来るのが楽しみだ。

「ただ、困った時はいつでも頼ってね。僕は君の師匠なんだから」

僕はそう笑いかける。

真剣な眼差しを送ってきたユーリは拍子抜けた顔をした。ああ、面白い。

「さ、今日はシチューにしようか。昨日狩った鹿肉が降る前にね」

と、その時だった。

疾風が真横を駆け抜けた。……否、僕が風を反射的に避けた。

「ユーリ! 家まで走れ!」

僕は手に持っていたエバーノのカラクリを地面に置きながら叫ぶ。

ユーリはまだ奇襲に対応出来るほどの実力がない。

「し、ししょぉ……」

僕は警戒しながらユーリの方を向く。

「!」

ユーリが腰に差していたナイフを持ってこちらへ構えていた。しかしユーリの表情は困惑そのものだった。

「…………催眠魔法か!」

僕は索敵魔法を周囲に巡らす。…………いた!

僕は仕込みナイフを胸ポケットから取り出し、十字の方向へ投げる。

そいつは真上へと飛び上がった。

「あのシルエット!」

僕はその存在を認識すると、魔力を上げる。が、突如鼻を刺す臭気に襲われた。身体が気だるくなり、体内の魔力が分散していく。

「なん、だ……っく、まさか、エバーノの……」

僕はエバーノのカラクリへ視線を下げる。案の定、魔力を分散させる臭気が吹き出ていた。

「僕も、衰えたかな……?」

なんて独りごちてみたが、それに返す者がいた。

「そうだな、お前の時代は終わりだな」

背後からの聞き覚えある声。

「やっぱり君か……タカ」

首だけを回して見た。そこにいる彼はいつもの飄々とした箒に夢見る少年ではなく、不敵に笑う、渇望者の姿だった。

「どうして、こんな?」

「どうして? ……分からないっスか? 目障りなんすよ。ずっと前から、そのチカラが」

彼はひどく濁った眼で僕を見つめる。

「タカさん! どうして!?」

ユーリも驚いて叫んだ。

「ユーリィ、お前にはわかるっしょ? この目の上のたんこぶがいかに邪魔か。こいつのせいで魔法史が二百年は止まったと言って良い。それに飽き足らず、魔法分野に関する権力は多くこいつがかっさらっていった。エバーノさんが嘆いていたっす。こいつのせいでいつも俺が日陰者だって」

「そんな……」

「エバーノが……はは、僕は親友の気持ちにすら気付かないなんて」

「そうっス。だから死ぬっス」

そう言ってタカは手を振り上げた。

「うあ……タカさん、止めて」

ユーリがナイフをかざして僕の方へ走り出す。

「もう無理っスよ。その呪術は発動したが最後、目的を達成するまで止まらない! さぁシエルのカス野郎をぶっ殺すっス!」

僕はユーリの攻撃を避けた。しかしなおも迫ってくる。……厄介だ。

普段の僕ならすぐに解除できる。だが、これはユーリの身体が呪術に強く反応するようになっている。

「解除しようとしたって無駄っスよ。この二年、あんたを確実に殺るために朝運ぶ食材から何にまで、少しずつバレないように細工した! さらにエバーノさん特製魔法分散粒子でアンタも思うように魔法が使えない! なけなしの体術で足掻いてみるんだなぁ!」

そう言ってタカは哄笑しながら魔法を放ってくる。

「タカさん考え直すんだ! タカさん!」

「もう賽は投げられた! さぁ師匠さん、愛する弟子を殺めますかぁ!?」

「くっ」

僕はユーリを受け流しながら歯噛みした。ユーリの呪いは時間を掛ければ解除できる。そしてタカだが……。僕はエバーノのカラクリを見た。だんだん粒子が弱まってきている。燃料切れが近いということだ。粒子切れと同時に攻勢に出る。それが正攻法だ。

「ちっ、ちょこまかと! これならどうっスか!?」

タカは炎の矢を、ユーリ目掛けて放ってきた。

「!?」

ユーリにこれを避ける術はない。なにせ僕目掛けてナイフを振り回しているのだ。仕方ない。僕は覚悟を決めた。

僕はユーリと炎矢の間に割って入った。

「ガフッ……ゆーり」

僕はユーリを見下ろす。

「あ、ああ……し、しょぉ……」

ユーリは絶望に直面したような顔をしている。はは、そんなんじゃあ氣功法とやらは紡げないよ。

「大丈夫かい……」

「い、師匠……そんな、ナイフが……」

ユーリのナイフ、それは見事に僕の胸元を刺していた。滑らかに肋骨を通り抜けたらしい。心臓がやられていると予想できる。

ユーリのナイフを握る手がだんだんと脱力していく。どうやら呪いは解けたようだ。

…………背中も熱いな。覚悟はしていたが、これでは……。

「師匠、僕、ごめんなさい、僕……」

震えるユーリの肩。僕は涙で顔をぐしゃぐしゃにしたユーリの頭を撫でる。

「落ち着きなさい。これで呪いは解かれた。今日は、色々なことがあったね。疲れただろう? 休むと、良い……」

いまだ魔力が分散しているが、ユーリを眠らせるくらい、どうってことはない。

ユーリはそのまま崩れ落ちた。それを支えるだけの力が僕にはもう、なかった。

「次に目を覚まして僕がいなくても、レティシアを頼ると良い。彼女ならチカラになってくれる。……僕はどうやら一生君に負けることはないようだね」

僕はそう微笑むと、頭上に位置するタカへと向き直った。

「ハ! これは致命傷っスね! これであんたも終わりっス!」

…………。

僕は浮遊魔法でタカの元へと浮いた。

「終わる……。そうだね、でもそれは僕だけじゃない」

僕は体内の魔力機構を全開にした。

瞬間、空気が変わる。

僕自身の魔力が一帯を染め上げる。

タカもその異変に気付いたらしい。

「バカな! 魔力は無いに等しいんだぞ!」

「需要と供給の問題さ。僕という魔力の供給に分散粒子という需要が追いつかないのさ」

「そんなバカなことがあるかぁ! これはエバーノさんが作り上げたものだぞ!」

僕は首を傾げる。

「わからないのかい? 大魔法使いって言ったら、魔力が多いと思うだろう?」

「それにしたって異常だって言ってんだよ! おかしすぎるぜ!」

「…………三歳で上級魔法を使い、十五歳で既存の魔法をマスターした。アカデミーで以降六十年魔法研究に携わり、その過程で不老長寿の法も体得した。戦争では最終破壊兵器なんて呼ばれたこともあったっけ。結局無限円環の法は編み出せじまいだったけど、その代わり君らからしておおよそ無尽蔵に感じる魔力を手に入れた」

ゆえの大魔法使いシエルだ。

「ごふぁ……時間も残り少ないか」

僕は口元の血を袖で拭いながら宙をゆっくりとだが確実に、歩くようにタカへと近づく。タカは箒で後ずさった。

「エバーノも大したものだね。これだけの魔力をこんなにも早く分散させている」

突如、視界に亀裂が走る。……眼が砕けてきたか。魔力機構はダムの壁のようなものだ。全て壊せば一気に水が溢れるように魔力も全て漏れ出る。そして魔力が枯渇すれば、その生物は死ぬ。魔力機構は魔力が人体へ影響を及ぼさないよう調整する役割もある。それがなくなればやはり今の僕みたいに全身が痛みと傷を訴える。

「タカ、大魔法使いシエルの最後にして最高の一撃だ。痛みも感じる暇がないだろうよ」

僕は右腕へ全魔力を注ぐ。右腕にひび割れが走り、砕け散ろうとしている。だがそれも魔力で抑える。全くもって魔力は便利だ。そして毒にも薬にもなる。

「う、ぁあああ! 寄るなぁ! こ、こんなはずじゃあ……」

タカは恐れおののいたのか、次々と攻撃系の魔法を放っていく。僕はそれを左手をかざすことで防ぐ。僕の全身に帯びた魔力が全ての障害を殺すのだ。

「ひ、ひぃいいぃいぃいい。や、やめ……」

タカは慌てて防御魔法陣を展開する。

薄い膜だ。全くもって意味がない。

この右腕に集った魔力、今にも暴れそうな、しかししっかりと整えられた魔力。これに貫けないものなどありはしない。実に簡潔だが僕が編み出した中で一番攻撃能力が高い魔法。

僕は貫手の形をとった。右腕を帯びる魔力の光が増す。今にも解放してくれと叫ぶようなこのチカラ。

光を超え最速、剣をして鋭敏、全魔法を抑えて最強、その魔法の名は、

「神撃」

音もない、ただそういう事象が起きていたと世界すら錯覚するような一瞬の光芒。

タカの存在は跡形もなく無くなっていた。全てが何事も無かったかのように静寂だけで覆われていた。

砕け散って無くなった右腕のあった場所を見つめる。

「ユーリだったらこの魔法をあるいは……なんてね、とおっと」

足が砕けた。ちょっと空中なのにコケそうになった。

「僕もこれでお終いか……。長い、人生だった」

崩壊していく自身の身体を見つめて感慨に耽る。ずいぶんと色々な事をして、遠い所まで来てしまった。なのに、やり残した事がいくつも思いつく。

「人の倍以上生きたというのに、随分と傲慢だなぁ、僕は」

眼下のユーリを見下ろす。スヤスヤと寝息を立てているようだ。

「もうちょっと君の成長を見たかったんだけどね。……いや、本当に傲慢だな」

もう、下半身がない。砂となり、風に舞っていった。もうじき、僕自身跡形もなく消える。

すると、どうしようもなく叫びたい気分になった。涙がとっくに出ないからだろう。でも、それは僕の性分に合わないな。

浮遊する力もなくなり、僕は地へと落ちていった。

落ちながら、いつも見慣れた景色を俯瞰する。共に落ちゆく夕陽が眩しい。ああ、ヴィルジール、最高だ。この世界は最高だ。

…………そういやユーリに盆栽の事を頼んでおくべきだったな。いや、勝手にやってくれるか。でもくれぐれも捨てないで欲しいものだが。

ああ、くそ、まだまだ生きたかったな。ユーリの見せてくれた新たな可能性、その先を……。でも、まぁ良いか、僕が彼の道を繋いだ。僕は神じゃない。人としてならそれで、満足じゃあないか……。ああ、満足だ。ありがとう、ヴィルジールあ

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