第3話
僕は宝石箱を閉じてタカに向き直る。
「相変わらずだな!あいつも!」
「他人事みたいに言うよねえ。」
「他人事だしなあ!」
ハハハと快活に笑ったタカはじゃあなと逃げるようにご自慢の箒で去った。
残された僕らは。
「……昼食食べに行こっか?」
まあ、こんな日も悪くない…だろう?
「ひひょうふぉれふぉうふるんれふふぁ」
「行儀が悪いから飲み込んでから喋りなさい」
少しもごもごと口を動かしていたユーリは聞いてきた。
「そのドールの事です、エバーノさんが帰ってくるまでうちに置いておくんですか?」
面倒くさそうな表情を隠そうともしないユーリに苦笑いをすると、箱を指先でつつく。
「そうだね……いくらあいつが人格破綻してて友人もロクにいないピグマリオンコンプレックスだとしても一応僕の友人だから、まぁ少しの間だったらしょうがないかな」
「エバーノさんとはご友人なんですよね?」
そりゃあ自分が出かけるからと言って、何回も押し付けられちゃね。少しの愚痴ぐらい良いじゃないか。それにしても前見た物よりバージョンアップしてるのか、普通の人間を追い越すのもそんな遠い未来じゃなさそうだ。
「でもこんなに高性能だと人間の面子丸潰れだよね、なんせ簡単な事だったらこの子達が全部やってくれるんだから。」
深い意味は無かった、これが普及したら世の母親が大分楽になるだろうな的な。ふと顔を上げるとユーリが深刻そうな表情をしていた。
「どうかしたかい、顔色が悪いけど……」
「師匠は俺とそのドール、魔法の腕はどっちが上だと思います?」
ふむ、と顎に手を置き考えてみる。この二年間、僕がユーリに魔法の修行をつけていたのは紛れもない事実だ。しかしそれで実力の方はと言うと、何とも言えない微妙な所である。彼にはこういうスピリチュアル的な物よりもっとアクティブな事に才能があると思う。更に相手は名高い絡繰師が精魂込めて作った高性能ドール。それならどちらに軍配が上がるのは素人目でも明らかだろう。
「エバーノが作ったドールじゃないかな」
純粋に結論を述べただけなのに、ユーリは雷に打たれたようなショックを受けていた。
「そこは俺じゃないんですか!?」
「いやだってエバーノの魔法の腕は確かだし、そのエバーノの子供と言っても過言じゃないドールと比べればしょうがないよ……」
「俺だって魔法ぐらい使えますよ…」
確かにユーリは『使う』事は出来る。しかし『使いこなした上で応用に繋げる』事が出来るかと聞かれれば否である。この辺りが『魔法を使える人間』と『魔法使い』の明確な差である、例えばタカだって『箒を使って空を飛ぶ』事は出来る。だけどタカはそれ以上でもそれ以下でも無いから、あいつは『魔法使い』ではない。
「酷いです師匠…弟子よりドールを取るんですね……」
ユーリの物言いに少しムッとする、これじゃあ僕が非道な人間みたいじゃないか。まぁ長い年月生き過ぎて若干常識を捨てたから、そうなのかもしれないけど。この際だから言ってやろう、食後の緑茶をテーブルに置くと僕はユーリを指差して言い放つ。
「正直言い過ぎて何回言ったか覚えてないけど、君は魔法使い目指すよりもっと良い道があるんだよ!いいかい、魔法使いっていうのは普通の人間じゃ出来ない事を魔法でフォローして、自己の能力を磨くものだ。それなのに君は魔法のサポート無しで大体は出来ちゃうじゃないか!」
そう、僕のような魔法使いは大抵山中で野宿と言ったら、森の精霊に呼びかけて何処に水源があるのかを教えてもらったりとか火をおこすのを手伝ってもらったりするものだ。だけど自力で食料を取ってきたり地面の下を流れる水音を聞いて水脈を探し出し、挙げ句の果てには教えてもいない毒キノコの判別の仕方が出来るのは絶対に違う、むしろそれは魔法ではなくサバイバル術だ。
「でも俺から魔法取ったら料理しか残りませんよ……」
「もっと色々残るから安心すると良いよ。」
むしろそれがユーリの足枷にもなっているともいう。余程ショックだったのだろう、ユーリが突っ伏している辺りのテーブルクロスがじわじわと色を変えている。仕方ない、ここで弟子を導くのも師匠の仕事だ。あの不良娘に愛弟子を会わせるのは不安だがこれも彼のためだ。
「ユーリは一度魔法以外の事にも触れると良いよ。帰りにこの街にいる知り合いに会いに行こうか」
「ついに俺を捨てるんですか?」
「捨てないよ。なに、ちょっとした社会見学だと思えばいいさ。」