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「もぅし」

作者: nob

ただの日常としてご覧ください。

「もぅし」

真夜中に起こされた俺は目だけを動かし、辺りを見渡す。しかし声の主は見当たらない。当たり前だ、一人暮らしなのだから。寝ぼけた頭できっと夢なのだ、と考えそっと目を閉じ、また眠りについた。


朝を迎えた俺は夜中の出来事を思い出していた。耳元で囁かれたかのような「もぅし」とゆう女の声。あれは本当に夢だったのだろうか。夢にしてははっきりし過ぎていた気がする。そんな事を考えながらインスタントのコーヒーを入れ、新聞を開いた。そこで俺はギョッとした。新聞の見出しにある『み』と言う文字に丸が付けられていたのだ。

「なんだこれ…」

思わず呟いてしまう。タイプ打ちされた文字に明らかに手書きであるらしい丸が不自然過ぎたのだ。悪戯なのだろうか、しかし、なんの為に…嫌がらせをされるような覚えはなかった。



「もぅし」

聞き覚えのある声で真夜中にまた起こされた。俺は昨夜と同じように目だけ動かし、辺りを見渡す。やっぱり誰もいない、しんと静まり返った自分の部屋があるだけだ。さすがに2日続けてというのはおかしい。俺は起き上がり、部屋の電気を付けてみた。しかし当たり前のように誰もいなかった。ふと、耳を澄ましてみた。もしかしたら他の部屋からの音漏れかもしれない、と思ったからだ。期待も虚しくなんの音もしなかった。腑に落ちないまま、また布団に潜り込んだ。今度は頭まで布団を被って眠りについた。


あまり気持ちのいい朝ではなかった。夜中の出来事が気になっていたのだ。夢だと思いたかったが、続けてでは夢だと思えなかった。眉間にシワを寄せながらコーヒーを入れ、新聞を開いて愕然とした。またあの丸が書き込まれていた。昨日と違うのは『み』では無く『ず』と言う文字に丸が書き込まれていた。

「み、ず…?」

2文字目になり、なんだか暗号のような気がした。



「もぅし」

さすがに3日目になり、腹が立った。真夜中に起こされ睡眠を邪魔されるのだ。すぐさま起き上がり、部屋の電気を付けた。

「いい加減にしてくれ」

他の部屋からの苦情を恐れながら、呟くように言い、じっと待ってみる。しかし、しんと静まり返った部屋から返事はない。俺は、はぁ、と溜息をつき布団に潜り込むしかなかった。


起きるとすぐに新聞を開いた。次はなんの文字かと気になっていたのだ。案の定、丸は書き込まれていた。今回は『を』だった。

「み、ず、を…水を?ミズヲ?」

まだ暗号を解くには3つ目では足りなかった。水を、なのだろうか、ミズヲという名前だろうか?しかしそれ以上は出てこなかった。



「もぅし」

またも真夜中に起こされた俺は「またか…」と目を開けることさえしなくなっていた。目を開け見渡したところで誰もいないと分かっていたのだ。そのまま俺は眠りについた。


朝を迎えた俺はコーヒーを入れるよりも先に新聞を開いた。丸の書き込まれた文字を探す。『く』

「み、ず、を、く…」

みずをく?を、ではなくお、なのだろうか?水置く、とか…

コーヒーを入れながら思案にふける。最近では起きてコーヒーを入れ、新聞を開くという日課が変わってしまった。新聞とコーヒーが逆になってしまったのだ。もう、何年も続けていたのに、こんなにもあっさりと変わってしまうものなのか、と笑ってしまった。



「もぅし」

5日目になると慣れたものだ。「あぁ、またか…」と気にもしなくなってしまった。慣れとは恐ろしいものだ。


ゆっくりと起き上がり新聞を開く。パラパラとめくり、丸を探す。最初の頃は開いてすぐの見出しにあったのだが、最近では間違い探しのように小さい文字に丸が書かれるようになっていた。見つけた時の達成感もあり、これが楽しみになっていた。そして小さい文字から見つけた。『だ』

「み、ず、を、く、だ…」

水を管?水奥だ?

なにかのメッセージなのだろうか?

いつものようにコーヒーを飲みながら考えることにした。



「もぅし」

6日目になり声のする時間が分かった。声がする時間は必ず新聞が配達された後なのだ。なぜなのかは分からないが、声を出さなければ丸が書けないのだろうか?そもそも声と丸は同じものなのだろうか。そんな事を考えている内にまた眠りについた。


いつものように新聞を開いた。しっかりと新聞を眺めながら丸を探す。日が経つに連れなかなかの難易度になってきた。それを楽しみながら見つける。『さ』ここまでくると、わかったような気がした。

「み、ず、を、く、だ、さ」

水を下さ、い、かな?

いや、もしかしたら違う意味なのかもしれない。ズズッと音を立ててコーヒーを飲む。もしも、水を下さい、だとする。声しか聞こえないものにどうやって水をやればいいんだ?考えはまとまらなかった。



「もぅし」

とうとう一週間経った。慣れてしまったので、声で起きないだろうと思ったが、やはり起きてしまった。しかしその後は何もないのでそのまま眠りについた。


「おはよう」

そう呟いてハッとした。俺は何に対して挨拶をしたのだろうか。この一週間で自分ではないものの気配を感じてしまっているのだ。なんだかばかばかしい気持ちになりながら習慣になってしまった丸を探す。予想通りというのか『い』に丸を見つけた。

「水を下さい、か…」

これで本当に終わりなのだろうか?と、不安になったが、本当に終わりらしい。いつもと違い『い』の他にも『。』にまで丸が書き込まれていた。

「終止符か」

それを見つけ、安心した反面寂しく感じてしまった。俺はどうかしてしまったらしい。あれだけ疎ましく思っていたはずなのに明日からこれがなくなってしまうのかと思うと寂しいのだ。



寝る前にコップにたっぷり水を入れテーブルの上に置いて、布団に潜り込んだ。寂しくなるのだから水をやらなければまた同じように来てくれるんじゃないか、とも考えたが、無視して祟られては困る、とも考えたのだ。渡し方はわからないが、声は耳元で聞こえるのだし、部屋にいるだろうと思い、テーブルに置いてみた。違っていたらまた別のやり方を考えなくてはいけなかった。だが、その日は真夜中に起こされる事はなかった。


起きてテーブルを見るとコップの中は空になっていた。周りを見渡しても濡れた様子はなく、こぼれた訳ではないとわかった。これで終わったんだ、と寂しく感じながら新聞を開く。一週間ほど前はコーヒーを入れてから新聞を開いていたのに、ふふっと笑う。しかし新聞を開いて驚いた。丸が書き込まれていたのだ。丸はそれまでと違い長い楕円形をしていた。


『ありがとう』

読んでいただきありがとうございます。


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