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第四話「有稀と魔法と神通力と」

 有稀は勉強ができた。中学校までの内容で分からないことはほとんどなかったし、高校に入ってからも決して高くはないが、中間くらいの順位をキープしていた。

 それに有稀は運動もできた。大会で優勝とまではいかなくても、部活内ではトップだったり、いくら苦手な競技でもまるで歯が立たないということはなかった。

 しかしこの世界では違ったようだ。

「……」

「わぁ、火がでた!できたよ!」

「わたしも出来た!」

「……」

「ぼくなんか水も出せるよ!」

「意外と簡単だね!」

「……」

「みんな出来てますね……えーと有稀さん大丈夫?」

「うわーー!」

 有稀は両手を上げて、叫びながらツイラに飛びつき、そして魔法での反撃を受けてずぶ濡れになった。


 体が湿ってしまった有稀は広場の長椅子に座っていた。大きな喪失感を抱え、無心で空を見上げている。明らかに心はここにはないだろう。

 有稀が異世界に来てしたかった、というか憧れていたことの一番は魔法であったのだ。いざ、魔法を教えてくれるとなって上手く使えないとなると、その気持ちの下りようは半端なものではないだろう。しかも、できないのは自分ばかりで周りのエルフの子供たちは難なく使いこなすことができるのだ。

 今まで大勢の人ができて、自分だけができないなんてことがあっただろうか。有稀の自尊心はパラパラと崩れ始める。昨日の今日で故郷のことを懐かしく思っていた。心は先に帰郷したようだった。

 そんな有稀のもとに村長とツイラが歩いてきた。ツイラの脇には男物の服が挟まっている。

「あのこれ、さっきはすいませんでした!」とツイラが言った。

「いやいや、さっきのは俺が悪かったよ、ごめん」

 服を受け取りとりあえず横に置いておく。苦し紛れにいきなり突っ込んでいったのは有稀の方なので謝り返す。

「魔法が上手く使えんらしいのう、有稀よ。どれ、少し手の平を前につき出してみてはくれんか」

 村長がそういうので有稀は気だるそうに、だが失礼にならない程度に姿勢を正して手の平を村長へと向けた。

 昨夜ツイラから聞いた話なのだが、村長は前任者が急に亡くなってしまったので、まだエルフとしては若いがこの村の村長を務めているそうだ。あの似合わない喋り方は少しでも泊が付けばとの思いからであった。そういう事情があるので、有稀は村長のことを生意気かもしれないが、とても微笑ましく見ていた。

「そのままさっき村の衆に習ったとおりにもういっぺん、やってみてくれ」

「りょーかいです……」と有稀は言った。「はぁ」

 どうせ無理なのだろうなと思いながらも、わずかな期待を胸に、教えられたことを思い出す。

 体の中心よりすこし上、胸のほんのり下の辺りに意識を向ける。そこには魔槽(まそう)というものがあるそうだ。そこから魔法の発動点までの魔力の流れをイメージし、詠唱をする。

「我は火のことわりを解する。魔力形質転換(マジックシフト)『灯火』」


 何も起こらない。


 有稀は分かっていたが思わず顔をしかめてしまう。魔力の流れなんてイメージ出来ていないし、だいたい魔力ってなんだよ!

「むむ、ダメか。分からん。すまんのう」

「いえいえ、ダメでもともとでしたから」

有稀はそう言ったが、やはり堪えた。村長も顎に手を当てて難しい顔をしていた。

「……魔力の流れを掴むことだぞ」と村長が言った。「それ以外、今はわしに言えることは無いんだ。すまない」

 有稀は驚いて顔を上げた。急に見た目相応の口調が聞こえた気がしたのだ。村長がとても真面目に困った顔をしている。申し訳なさそうだった。

「……よし! それじゃあ、ちょっくら着替えてきますね!」

 有稀は気を使って明るく声色を変えた。着替えを抱え、村の隅の方へと軽快に歩いていく。

 結局、魔法は使えなかった。




 夜になり、夕御飯をツイラの家で食べた有稀は一人、村の外柵に腰を下ろして、森の方を見ていた。ふにゃあ、と間の抜けた溜め息をつき昼間のことを思い出す。

「なんで使えないんだろうな……」

 有稀はポツリといった。

 異世界に来て、まだ二日だが色々なものを見てきた。どれもこれも有稀にとっては新鮮でとても面白いものだった。

 だけど魔法は使えない。有稀とっては大きなことであった。いや、突然であったが異世界に来れて魔法を見れた。こんな幸運はないだろうと感じてはいたが、それでも、目の前まできていた『憧れ』を掴み損ねたという事実は変わらず有稀に重くのしかかる。

 もう一度、有稀は溜め息をついた。

「なにはぁはぁ言ってるのよ。発情期?」

「うひゃあっ!」

 いきなり背中から声をかけられ、思わずからだがつんのめり、地面に手と膝をつく。有稀はお化けの類があまり得意ではない。

「まあ考えてることぐらい分かるんだけどね。神通力を使わなくても。魔法が使えなかったことがそんなに悔しかったわけね」

「……まぁそんなとこだよ」

「しょうがない人ね」とシズは言った。

 口調は軽いが実はシズは心配している。この世界に連れてくる時も少し強引だったかな、と。

「いつまでも這いつくばってないでちょっと来なさい」

「いや半分シズのせいだけどね」

「なによ」

「いや何も」

 軽口を叩いて、有稀は土を払いシズのもとへと近寄る。

二人の距離が一メートルまで来たかというところ。シズは唐突に有稀の頭をがっちり掴み、唇を重ねた。

 パッと周りの雰囲気が変わったように有稀は錯覚した。

 有稀が大きく目を開く。対照的にシズは目をふわりと閉じており、妙に艶かしい。

 何がなんだか分からないが、シズとの顔の距離が近い。とりあえず離れなければと思い体を動かそうとする。だがなぜか体が動かない。それによく考えて見れば離れたくもないな。

 秒数なんて分からない。有稀が流れに身を任せる気でいると、シズから何かが体の中に流れてくるのを感じた。唾液などではない。強いていうのなら適度に温められたゼリーのようなものが喉の通るのに近い感覚だった。

 ゴクリと有稀の喉が鳴る。そしてシズは唇を離した。互いに一歩、距離をとる。

「ん」

「や、んじゃなくて!……何なの?」

「神通力を使えるようにしたのよ」

「いやそうじゃなくて! なんでキス!?」

「わかってるわよ。人にはキスは特別な意味があることは。神通力を渡すために必要だったの。私もファーストキス? なのよ。これでいいでしょ」

 たいして慌てる様子もなくシズは言う。

 有稀は自分だけが取り乱している現状が恥ずかしくなった。なんか童貞くさいな、と。

「釈然とはしないけど……で神通力がどうしたって?」

「有稀も神通力が使えるようになったわ」

「へ? ホントに?」

「ホントよ」

 有稀は自分の手を開閉して見つめる。未だ半信半疑だった。

「ただし、今のままじゃ使えないわね。有稀、私を信じてないでしょ?」

「え、そんなことないよ」

「嘘よ、足りないわ」

 シズがまた有稀に近づく。有稀の足元の砂利が音を立てる。

「私をもっと信じなさい」とシズは顔を近づけて言った。

 

 それからシズは神通力には六神通という種類があり、発動方法は魔法に似ていると言った。

「最初はイメージしやすいように、口に出したり心の中で唱えたりしたほうがいいかもね」

「わかったよ」

 有稀は目を閉じて思い浮かべる。自分がとても高くジャンプしている。三メートルはありそうな樹木のてっぺんをひとっ飛びで飛び越える。

「『神境通・跳躍』」

 身体の中に力を感じる。足が急に軽くなった気がする。

 有稀は驚き顔でシズの方に視線を送る。

「出来るみたいね」

「みたい!」

 有稀は思いっきり踏み込み、飛んだ。地面に足跡がつく。体は一直線に木の先っぽへと向かっていった。有稀はテレビでみたオリンピックの外国人選手のようだなと感じた。

 思い浮かべていたより一メートルは大きく飛べた。夜の風は冷たく、風を切る身体が心地よい。有稀は跳躍のてっぺんで明るい月が二つ昇っているのを見つけた。大きさも同じで仲良しに見えた。

 そして地面に向かって落下し、着地する。体の下から上にかけて衝撃がはしる。着地の反動だけではない。ざわざわと鳥肌が立っていく。たまらず夢中でシズのもとへと駆け出した。

「すごいな!俺にも出来るみたい!」

「上出来ね!」

 有稀がシズの手を取った。喜びのあまりそれ以上の声は出ないが、ブンブンと腕を上下に振り回す。シズも有稀が元気になって、ちゃんと神通力を使えてほっとしている。

「慣れも必要だろうけど今日はこれくらいにしておきましょう。そろそろ肌寒いわ」

 シズがにっこり笑って言った。シズの茶髪が月の光に照らされて、美しくきらめいた。

「そうだね!ありがとう、シズ」

「どういたしましてよ」

 二人は横に並んで、ツイラの家へと歩き出す。

「すごいなぁ。神通力ってもっと色々修行しないといけないものだと思ってたよ」

「というか普通の人間は使えないわよ。神様が力を与えない限りね」

「シズは神様じゃないのに出来るんだね」

「私ももう神使としては古株だしね。千年越えたら神様見習いみたいなものよ。私は面倒くさくて神修行なんてやってないだけ」

「そうかぁ」

 半分神様だと言われても有稀は上手く想像できないので、なんとなく相槌を返す。

「そういえば昼間は何をしてたんだ? 姿がみえなかったけど」

「うーんとね。内緒よ!」

 シズは声を弾ませた。


 家について二人を探していたツイラが、まだ上機嫌だった有稀やシズを見つけて「何かあったんですか~」と聞くが、「こっちの話~」と有稀に受け流され、シズのほうを見たが、ただ微笑を返されるばかりだった。

 その晩、ツイラの怒りのふえぇの声が村中にひびいた。


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