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第三話「異世界の日常」

「もうすぐですよぉ」

 ツイラが元気づけるように言った。ここはエルフの集落の近くである。住処の近くということで、木の実などが実った木が多くある。有稀の腹の虫が鳴いている。

「ねえツイラ、これって食べていい?」

「いいですよ」

 一同は立ち止まった。有稀が指差したのは赤くて艶のある拳大の木の実だ。その中の一つをもぎ取ると、汚れ等を気にする様子もなく齧り付いた。シャリっと気持ちの良い音が響き、有稀の唇を果汁で濡らした。

「あまぁい! 美味しいね、なにこれ?」

「リーンの実ですよ。私も大好物です」

 ツイラが微笑みながら返事をした。そして木から二つの実を取って、一つをシズに渡し、シズはお礼を言って受け取った。

 有稀は一度食べるのを止め、「シズって食べるの?」と尋ねた。傍から見れば、いったい何を言ってるんだ、や、お前は食いしん坊かと突っ込まれるかもしれないが、もっともな疑問だろう。神使に食事はいるのだろうか。シズが小声で答えた。

「普段だったらいらないけど今は欲しいわ。社から離れると疲れるのよね。こっちにいる間はあなたと同じように食事するつもりよ」

「そうなのか」

 ふんふんと納得する有稀。ツイラが「何の話ですか~」と探りを入れてくるが「こっちの話~」と軽い雰囲気で受け流す。ショックを受けたように、ふえぇと後ずさるが気にしないでおこう。

 シズはほっとけないようで「また今度ね」とフォローをいれていた。

 もうすぐ集落なのか、さらに木の実のなる木が増えてきていた。

「ツイラ、これは食べれる?」

「ん、あはい。ミーカの実は皮を剥いて食べてください」

「甘酸っぱくておいしいね! じゃあこれは?」

「食べれますよ。グレプーの実はジュースにすると美味しいんです」

「う~。このままだとちょっと酸っぱいかな。じゃあこの葉っぱ!」

「それは……シーソーの葉ですね。美味しくないです」

「ブハァ! もうちょっと早く言ってよ!」

「なんで葉っぱがそのまま食べれると思ったのよ」

 やれやれとシズが呆れていた。

 そうこうしているうちに、村の入口が見えてくる。




 エルフの集落は世界各地に数多く点在している。その装いは様々だが森の中にあるのがもっとも一般的である。ツイラの住んでいる村もこの分類だ。

 見た目ではこの村にしっかりとした外壁というものはなく、腰までの高さの柵が念のために立てられているだけだ。いや、森の中にある大きくもない村に立派な外壁がある、というのもおかしな話だが。

 木の柵が途切れている、多分入口であろう場所から中へと入る。村の外からも見えていたが家は高床式の木の家がほとんどであり、中心の広場を囲むように建てられていた。三人は広場からのびる道を通り、村の中央へと歩いていく。


 広場へ着いた。だが三人は首をかしげた。村だというのに誰ひとりとして出会わなかったからだ。

「誰もいないよ」と有稀は言った。

「おかしいですね……ちょっと家を見てきますね」

 ツイラは道すがら捕まえてきた鳥などを置いて、村の中でも他の家より倍はあるだろう大きさの家屋へと走って言った。少々気が動転しているようで、聞き取れはしないが早口で何かを言っている。


 村までくる途中の森の中、ツイラが話をしている最中、急に「しっ」と指を唇に当てて静かにするように有稀とシズを促した。なんだなんだと気になった有稀の押さえ気味声を無視して、ツイラが弓を構えた。

 次の瞬間、三十メートルは先の木から鳥の肉体がポロっと、吸い寄せられたかのように地面に転がった。有稀はあんぐりと口を開ける。

「今晩のおかずです。あの鳥は美味しいんですよ」

 何事もなかったかのようにツイラは言う。そこで有稀は感じ取る。

 これが普通なんだ、と。何もおかしいことは無いんだ、と。

「どうかしました?」

「ん、あぁいやなんでもないよ。すごいなぁ」と有稀はツイラの弓の腕前を褒めた。

「これぐらい普通ですよ!」

 得意げになった彼女はそのあとも次々とウサギなどを仕留めていった。

 シズは終始落ち着いていた。


 家の中からツイラが焦って帰ってくる。誰もいなかったようだ。

「大変です! 誰もいませんどうしましょう。いつもは必ず誰かいるはずなのに何でですなんでなんです!?」

「ちょっと一回落ち着いてって! まず深呼吸して、フーハーって」

「フーハーフー、ってそれどころじゃないんですって! 誰もいないなんておかしいですよ。こんな静かな村なんて見たことありません!」

「わかったから落ち着いて、な? 一回整理しとこ」

「どうしてでしょう、どうして誰もいないんでしょう。まさかレプラコーンに連れて!?」

「落ち着きなさい」とシズがピシャリと言った。

 シズは人のいないはずの周囲を気にするように見回した。家の角や木の陰に殺気をぶつけるかのように強い視線を向ける。

「誰かいるわ。それに大勢よ。来るわ……一人」

 そう警告を発すると、さっきツイラが調べてきた大きな家をじっと睨む。何がなんだか分からず、残りの二人はてんやわんやでシズの後ろに集まった。

「見破られておるのかのう」と誰かが言った。

 シズが睨んでいる方向、声が飛んできた方向に突然おじさんが現れた。耳が長い。エルフのようだ。見た目の割にジジくさい喋り方をする人だ。

 三人がその人の姿を認めると、ツイラが目を大きく開いた。

「おじいちゃん!」

「おおツイラや心配させてすまなかったな。そういうわけだから獣人の娘よ。警戒は解いてはくれまいか?」

 ツイラはシズの後ろから飛び出して、テッテと男性のエルフ、おじいちゃんの方へと走っていく。シズもそれを見て、警戒心を引っ込めた。

「なんで誰もいなの?ビックリしてるのよ」

「すまなんだのうツイラ。それにの、この村だっていつも賑やかなわけではないぞ。村が賑やかなのはお前がいたからじゃ。皆の衆、もう出てきてもよいぞ!」

 見た目と口調がミスマッチな男性エルフが手で二回、パンパン、と乾いた音を響かせた。

 するとさっきまでただの風景だった場所に、マジックのようにたくさんの人が姿を現した。急にテレビに人が映ったら異世界人はこんな気持ちになるのだろうか、と有稀はなんとなしに思う。

 様々な表情をしているがニヤニヤとしている人が多かったのが特徴的だ。

 みんなが出てきたところでツイラの肩から手を離した。ちぐはぐなエルフは辺りを見渡し、調子を合わせるように「せーの!」と皆を指揮し、それに合わせて周りのエルフたちは息を吸い込み、

「ツイラぁ! 誕生日おめでとう!!」

 そう口々に叫ぶのだった。




「一時はどうなることかと思ったわい」と村長が言った。

 村長とはツイラのおじいちゃんのことであり、つまりは、ちぐはぐエルフのおじさんのことである。

 エルフというのは寿命がとても長い。人間の五倍から十倍は生きるのだ。そして青年期も長く、見た目が若々しい時期が続くのである。

 どこから運んできたのか、みんなの目の前には様々な果物や肉が並んでおり、さっきまでの静けさが嘘のように吹き飛んで、楽しそうに飲み食いしている。有稀とシズも、ツイラの友達ということで急遽参加させてもらっている。

 先ほど、突然ツイラの誕生日会が広場にて開かれ始めた。と言ってもツイラにとって突然だっただけで、村人の人々は前々から準備していたのだが。ツイラは自分の誕生日を忘れていたらしく、大層驚いていた。

 おっちょこちょいに思うかも知れないが、誕生日を忘れている人はこの世界には多い。暦というものはあるが、暦表を気にしている人なんて街の方でも全体の三割ほど。多くて四割程度である。ましてや基本的生活を森の中で行うエルフたちには日付の感覚などすぐに消え去ってしまうのである。

 ついでにツイラは今年で三十歳だ。これには有稀とシズが驚いていた。ぱっと見、人と変わらない女性のエルフを見て、自分と大差ないだろうと考えていたのにほぼ倍の年齢だったのだ。同級生が「俺今三十歳」なんて言って来ても信じないのと同じだろう。

 ついでのついでだが、シズ自体、千三百歳を超えている。それでも驚いたのはやはり見た目とのギャップのせいであろう。お前が言うなと言いたい。

 なので急に年齢を暴露されても、見た目の印象から敬語を使うことに抵抗を覚えた有稀だが、それでも礼儀として口調を変えたがツイラに「今更ですよ」と笑われたので、今まで通りにしている。

「まさか急にお客人を連れてくるなんてのう。しかしシズさんは我の魔法がよく見破れましたなぁ。お得意で?」

 村長は若干前のめりになり、シズの上で舐めるように視線を転がす。この年端もいかない娘が一般的に魔法が得意とされるエルフの隠密系魔法を見破ったのだ。

 しかも獣人だときている。身体能力は高い、しかし一方では魔力に乏しいと聞く獣人であるのにも関わらずの行いである。村長は何かあると当たりをつけていた。

「魔法ではないわ。ただの獣人の勘よ、野生の勘」

「ほほう勘ですか」

 シズは半分嘘をついていた。勘は勘であるが野生ではない。神使的勘であった。村の中央まで歩いたあと、違和感を覚えたので神通力を使ってみた。案の定、たくさんの気配を察知することができたのだ。獣人というものはよく分からないが、村長がシズのことを「獣人の娘」と言ったことから、それで通せば面倒なことにはならないで済むと踏んだようだった。

 二人が微妙な心理戦を行っている横で、有稀は子供やお姉さん方と談笑している。ツイラは村人の主に男衆に囲まれていた。

「お兄ちゃん変な服着てるねー」

「見たことないよねー」

「こらこら失礼でしょう。それにあなたたち、村から出たことないでしょうが…………でも確かに変わってらっしゃるわね」

「これは俺の……自分の故郷の衣服なんですよ」

「まぁ! 民族衣装ですの?」

「いやそういうわけじゃないんですけど……」

 こういう場合、「俺」という一人称を使うのはなんか変な感じがしたので、「自分」という一人称に置き換えた有稀。細かいところを気にするタイプのようである。

 シズとの約束もあり、つっこまれると痛いところなので有稀は早々に話題を変えることにした。

「それよりさっきの、あの急に見えるようになったやつ! 驚きましたよ。魔法ですか?」

「ええ、そうですわよ。村長さんはまだ若いのにとても強い魔道士なのですよ」

「へえ、おいくつなんですか?」

「わたしのお年ですか? ナンパですの?」

「ちょ、違いますよ!」

「あらあら」とエルフのご婦人は笑って言った。「村長さんは五百をいかないくらいですよ」

「五百ですか?」

 有稀はツイラの見た目から村長の年齢を推測していた。まあ二、三百ぐらいだろうな、と。答えは予想を大きく超えていた。その年齢であの見た目ということはエルフの中でもかなり「若く」見えるのだろう。

 同様に目の前のお姉さんの年齢も推測していた有稀だが、七十いや、へたをしたら百を越えるのか、と年齢とはなんだろうと今一度考えさせられているのだった。


 そこへ、ツイラと話をしていた中の一人の男性が有稀のもとへやって来て言った。

「有稀だっけか? 魔法の修行の旅に出てるんだってな。ツイラから聞いたぞ」

「え、あはい、まあ」

 そういえばそんなことをシズが言っていた気がしたなと思い出した。

「そうかい。それで今どんな魔法が使えるんだい?」

「今ですか? 今は何も……」

「使えないのかい。 そうか……なんなら俺が明日、稽古つけてやろうか?」

「本当ですか!? 俺も魔法が使えるんですか!」

「まぁやって見なきゃ分からないけどな」

「やった!」

 有稀は小躍りをして、石に躓いた。

 周りの人たちはとても暖かい目で有稀を見ていた。ツイラにいい友達が出来てよかったと思っているのだ。

 その後、子供たちが「僕も私も!」と手を上げて主張し、明日、みんなで魔法の特訓を行うことが決定した。

 今夜、有稀とシズはツイラの家、つまりこの村で一際大きい村長の家に泊まらせてもらうことになった。この夜、一同はてんやわんやすることになるのだが、それはまた別の話である。


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