第二話「第一異世界人と遭遇」
道を歩いた。ひたすら歩いた。もう二時間は歩いただろう。いや、もしかしたら三十分ぐらいなのかもしれない。どれほど歩いたかは分からないが、とりあえず足が棒になるくらいには歩いている。
その間、いろいろなことを話した。できるだけ雰囲気を良くするように、話し手も聞き手もハイテンションを保ってきた。主に有稀がシズの話を聞いている。
話の一部によると、シズは獅子の姿が基本らしく、人間に近づけるほど疲れるらしい。なので今は人の姿にライオン特有の半月形の耳と、長さが一メートル無いくらいの、全体的に黄褐色、先端には房状に黒い体毛がホワリと生えている尻尾のみそのままにしている。触ったら気持ちが良さそうだ、と有稀は思ったりもするが言い出せてはいない。
「でね。狛犬がね、こう言ったのよ。『どら焼き持ってない?』って」
「そんな時までどら焼きなのかよ!どれだけ好きなんだ」
意外にもまだまだ会話は弾んでいるが、そろそろ限界だ。喉が乾いてきた。
「うんうん……なぁ、水が飲める場所って無いかな」
「見えてる景色はあんたと同じよ。水なんてなかったじゃない」
「だよなぁ……」
ついに弱音を吐く有稀。未だ周りは樹木のみ、動物には出会えていない。
しかし、それでもトボトボ歩いていると、変わった木の実が付いた小木を見つけた。形は丸くヤシの実のようで白い細毛が生えている。割ったら中に果汁が入っている系のものだろうか。
「やめとけば」
シズが忠告をする。だが有稀は衝動を抑えがたくなってきていた。大丈夫だよ。そう言って木の実を一つもぎ取る。
振ってみると、やはり中から液体が揺らぐ音がする。そうと分かると有稀の欲求はますます膨れ上がり、早く飲ませろと訴えかける。
そうしたいのは山々だ。だけど、どうしたら中身を取り出せるのだろうか。有稀が考えこむ。すると渋々と言った様子でシズが口を開いた。
「仕方ないわね。今回だけよ」
有稀から木の実を受け取ると指を光らせ、上から四分の一あたりを軽く一周なぞった。されば、殻は二つに割れ中身の透明な液体が甘い香りを漂わせた。
「すごい便利だな。動くツールナイフ」
「今回だけよ!あんたが喉乾いたって言うからやってあげたんだから、感謝してよね」
「うん、ありがと」
それじゃ早速。有稀が口をつけようとしたその時、手に持った木の実に何かがバスっと突き刺さった。驚き、木の実を落とす。唖然とする二人。
「びっくりしたぁ。何これ……弓矢?」
木の実には細く荒削りされた木の矢がブスリと貫通していた。もし自分に当たっていたらと血の気が引いていく有稀。矢が飛んできたということはそれを放った者がいるということである。犯人を探すために、二人が首を回そうとしたその時、
「危ない所でしたねぇ~」
自分から出てきた。南国の海を彷彿とさせる、艶のある髪が背中を擦る。年は十四、十五頃であろうと推測されるおっとりとした表情。幼さが残る顔立ちだが胸だけは顔よりも前へ前へと主張する。そんな女の子が悠々閑々たる態度で、今しがた放ったのであろう空いた弓を携えて、しかも撃たれそうになった相手の心配をしながらのご登場である。
流石にちょっぴりご立腹だ。
「大丈夫じゃないですよ! 木の実と俺との距離、十センチ!」
「でもですよ」
「木の実を狙ったのかは知らないですけど、少しでもズレてたらスッゲー痛かったですよ!」
「いやだって」
「それに今、喉も乾いているし疲れてるんですよ。これ以上歩いたら足が完全燃焼して棒から炭に変わるぐらいに」
「聞いて下さいってば!」
女の子は肩をプルプルと震わせる。怒り心頭に発する、といった状態だ。面食らった有稀は言葉をつまらせる。シズは端から会話に加わる気は無いらしく、置いてあった石の上に腰を下ろした。
「私は! あなたがその木の実の汁を飲まないように、弓の腕には覚えがあったので射ただけです! それなのにこんなに責められて……あなたの言いたいことも分かります。ですけど、怒鳴るのはやめてほしいです。慣れてないんです……」
尻すぼみになっていく女の子の声。強い意志が感じられる目をしているが、少し涙目で瞬きが多くなっている。
「え、っとあ、うんごめん、なさい? 急に大声出したりして。ちょっと苛立ってたから」
「分かって貰えればいいんです」
なんとか場が収まる。だが疑問は残る。
「でもどうして木の実の汁を飲んじゃダメなの?」
「ええ、その木は丈も低くて実を取るのは簡単なんですけど、中の甘い匂いの果汁を飲んでしまうと、錯乱してその場で暴れまわってしまうんです。そしてひとしきり暴れても症状は治らず、疲れてその場にへたり込んだところを小人たちに連れ去られてしまうと言われているんです」
「ホントかよ……ありがとうございました」
申し訳ないといった表情で頭を下げる。すでに女の子は気にしている様子はない。
「いえいえ。確かに一人でいるととても危険な代物なんですけど、薬だってありますし、お二人なら背負って運ぶことも出来ますから。でもこの森にお入りになる方々にとっては常識的なことなんですけどぉ……」
探るような、懐疑の視線を二人に向ける女の子。視線の意向を汲んで有稀は答える。
「僕達向こうの方にある洞窟から歩いて来たんですよ」
「洞窟……ですか? あの崖の穴なんてあったかしら……」
「はい、あったんです。この道を真っ直ぐ行った所に」
「そうなんですか。でもどうしてそのような場所に?」
「それはなんというか……気づいたらあの場所に的な、ね」
「ちょっと待ちなさい」
ここに来て始めてシズが行動を起こす。石からお尻を上げ、有稀の前へとやって来た。
「転移魔法で来たのよ。お師匠様に言われてね。修行のために」
そこで後ろを振り向く。異世界のこと言うんじゃないわよ、と、私に合わせなさい、という多分に含みを持った顔をしていた。体感で数時間前、神社でシズに言われたことを思い出し、小さく頷き返す。
「魔法の修行に来たのよ。だけどなぜかあんなところに飛ばされちゃってね」
「そうなんだよ。いやぁ実にまいったね」
鯛も驚くほどに鮮やかに真っ赤な大嘘で取り繕う。そこまで赤いと犬も食わないだろう。
そんな二人を余所に女の子には気になることがあるらしい。
「お師匠様ですか? 転移魔法が使えるのですか?」
「ええ、とても聡明なお方なんだけど、大酒家なのがたまに傷って感じなのよ。唯一直してほしいところかしらね」
「そうなのですか……転移魔法が使える方がいるなんて、王家のお抱えの魔法師の方々でも成功させる人はいないという話でしたのに……」
うーんと胸のしたで腕を組んで唸る。下から持ち上げられたそれは、まさにフリーフォールの如く見ている者の口を開いたまま固定する。有稀は動けず、シズは自分の胸板を気にしてなんかいないわよ、と軽く一撫でするだけにし、女の子の言葉に慌てて、自らの言に修正を入れる。
「それはね! お師匠様も言ってたわ。『これは転移魔法の模造品だ! いうなればパクリだ! 決して転移魔法なんかでは無いぞ、ガッハッハ!』ってね。だから違うのよ」
言葉の方向を無理矢理に曲げた。普通なら訝しく思うだろうが女の子は素直なのか、バカなのか。模造品なんですかぁ、それでもすごいですね、と関心した様に微笑んだ。
「そうなのよ。だけどね、お師匠様は目立つのが大の嫌いだから誰にも言っちゃ駄目よ」
「分かりました!」
首を傾けて微笑む。素直過ぎてこちらの罪悪感が大きくなってしまったわ、やれやれとシズは首を横に振る。
そこにやっとお胸ショックから立ち直った有稀が、人にあったらまず聞くべき質問を遅ればせながらする。
「それで、今更なんだけどお名前は?」
「あ、はい。ツイラ・ラメンコリーといいます」
「僕は安藤有稀。で、こっちはシズ……でいい?」
「ええ」
「という感じかな」
「よろしくお願いしますね」
自己紹介も終了した。
「喉乾いたなぁ」
でも問題は解決していなかった。
「それでしたら、私たちの村にお越し下さい。特に誇れるものもないエルフの村ですがお水くらいは用意出来ますよ」
「それはありがたいです……って! エルフ?」
「あ、気づきませんでしたか? まぁ女性のエルフですし。気づきませんよね」
そう言うとツイラは耳の上辺りの髪を掻き分けた。そこには小ぶりの丸っこいコブの様なものがついていた。有稀、それにシズまでもが物珍しそうにそれを凝視する。
「もしかして、エルフを見るのも初めて何ですか? エルフは、女性は私の様に角が、男性は長い耳があるんですよ」
絵としては何度も見ているが、どれも耳が長いものばかりだった。シズも人間の創作物を目撃する機会があったが同様だ。
「すげぇ。ベリーファンタジー!」
「うるさい!」
怒られる有稀。
ふぁんたじー? と首をかしげるツイラ。
「エルフを見たこと無いなんて、一体どこから来たんでしょうか?」
ツイラの言葉にドキリする。だが、同様を堪えて早く村へと誘導を促す。
「そうですね、では向かいましょうか!」
おー! 二人は調子を合わせて拳を突き上げる。
空元気を振り絞る二人と一人は、エルフの村へと足先を並べた。お互いの近況を偽りも織り交ぜながら情報交換した。途中でまだ二時間は掛かると言われ辟易もしたが倒れずに頑張った。
エルフの村はもうすぐである。