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第一話「手探り」

 有稀は体を揺すられる感覚によって目を覚ました。隣には神使の獅子が呆れ顔で座っていた。

「やっと起きたのね。あの程度の衝撃でこれじゃあ、感心しないわよ」

 ここで状況を理解する。お尻から伝わる冷たいエネルギー。ゴツゴツザラザラとした石床の感触。薄暗い洞窟の中であろう場所で、女の子の周りだけがフワリとした光に照らされている。

「なんで君は光ってるの?」

「私が光ってるわけじゃないわ。自分の周りを照らしているだけ」

「……神通力?」

「そうよ」

 魔法とは何が違うんだ、と有稀は思った。

「神通力は信仰心の力よ。魔法のことはよく知らないわ」

 思ったことの解説が帰ってきた。顔に出ていただろうか。これは気をつけなきゃならないな。ミスターポーカーフェイスになろう。

「何くだらないこと考えてるのよ。このくらいの距離なら何を考えてるのかぐらい分かるのよ。神通力ならね」

 スマートフォンのCMみたいな話し方をされたので、つい顔がニヤけてしまう有稀。だがそんなことは直ぐにどうでもよくなった。いろいろな疑問が浮かんできたのだ。

「ねえ、ここってどこなの? ……ていうか、名前は?」

「光の中を通ってきたんだから異世界のはずよ。この場所が世界のどこかなんてことは聞かれても知らないわ。私だって初めて来たんだから。」

「そうかぁ、で名前は?」

「……名前なんて無いわ。人間ではないんだし。私を呼ぶ人なんて限られているもの。」

「そうなんだ。でもそれじゃ困るじゃん。何かないの?」

「そんなこと言われてもねぇ……」

 思案を始めてしまった獅子。今まで彼女のことを呼ぶのは、神様と狛犬、それに大稲荷様と神使の狐姉妹。後は龍神様位だった。狛犬や狐姉妹には「獅子姉」と呼ばれて慕われているが、神様連中には「神使の獅子」と言われるのみだった。

 ましてや人間に名前を呼ばれたことなど全くない、意外と孤独な獅子に決まった名前などある筈もなかった。

「そうね、あんたが決めていいわよ」

「えっいいの?」

 今度は有稀が黙ってしまった。ゲームをするときやSNSを始めるとき、決まって有稀は「YUKI」と打ち込むのだ。そんな有稀にセンスある名前なんぞ思いつくのだろうか。

 二十秒ほどウンウンと悩んでから口を開いた。

「そうだなぁ……シズ、とか?」

「何よそれ」

「ほらね、獅子だから『し』が二つで『しツー』的なね」

「…………まぁいいわ。私の呼び名はシズなのね、ふふっ」

 認めてもらえたことに安心して、胸を下ろす。シズも中々気に入ったようで、満更でもない声が漏れてしまっている。他人に何かを貰うことなんて何年ぶりだろうか。

 久しぶりのことに心を踊らせていると、ふとシズは有稀の名前を知らないことに今更ながら気がついた。

「あんたの名前は?」

「へっ?」

「あんたの名前を教えなさいって言ってるの」

「あぁ、有稀だよ。安藤ね」

 有稀ね……そうシズは確かめる様に呟いた。彼女の喜びが見て取れるその顔は、優しい光も相まって神秘的な魅力を発している。男ならば、だれでも顔を赤らめるだろう。

 対して有稀は名前ぐらいは神通力で分かっているものだ、と思っていたので答えるのにまごついてしまったようである。何か使えなかった理由はあるのか、シズに聞いた。

「神通力もね、疲れるのよ。それに万能そうにみえてそうでもないし。あまり他人に干渉することとかは無理なんだから」

 ということらしい。なので無駄に使いすぎるのは避けたいということなのだろう。

「有稀も起きたんだし、こんなところに長居は無用よ。早く出ましょ」

 そう立ち上がりながら言うと、ほんのりと明るい方向へと歩き出した。有稀も後についていく。

 コツコツと歩く音だけが洞窟内を支配する。シズの一歩後ろを追随する有稀は沈黙を嫌って、シズとの会話を試みた。

「なぁ、神社で光が現れた時にさ。神様って言ってたけど神様と話してたのか?」

「そうよ」

「やっぱりすごいな。本当に神様の使いなんだな。ならここからでも連絡取れたのか?」

「無理だったわ。もともとはあなたを送った後に私達も狛犬たちと異世界旅行をする予定だったんだけどね……あの子たち拗ねちゃうかしら」

「……ごめん。巻き込んじゃって」

 意図せず暗い雰囲気になってしまったと反省するシズ。別に責めるつもりは無いのだが、有稀は責任を感じてしまっている。

 気を止む必要は無いと有稀に言う。分かったと反応を返す。

 本当に承知したのかは分からないが、一応は大丈夫だろうとシズは自分を納得させる。

 一分ほど歩いて、突き当りを曲がると外が見えてきた。十メートル以下の木々が茂っており、ここが森林の中だったのだと分かる。洞窟を抜け、当たりを見回す。 まだ外は薄明るい。昼前、もしくはもっと早い時間帯らしい。

 出口から一本、生き物が通った形跡がある道ができている。誰かが使っいることが分かり二人は安堵する。

「とりあえず歩くしかなさそうね!」

「そうみたいだな。よし、行くか!」

 このまま気まずい空気が続くのはお互いによろしくないと、意識的に大きな声に変え声を弾ませる。不安を打ち払うために相手の顔が見える位置、横に並び歩き出した。

 進んだ先に何があるのか、予測することは出来ない。未だ有稀とシズには異世界に来た実感は無いが、後々その感覚は手にすることになる。

 この時洞窟の入り口に打たれてあった看板。エルフ語で「レプラコーンにご注意」という立て札には二人は気づかなかった。


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