そうでもない
「あの二人が絡んできた」
いつものことながら単純明快な解答をありがとう。
しかし、相変わらずそこで言葉を止めないで欲しい。
「ええと、いつ?」
「駿平たちとあの人たちが喧嘩した後」
「喧嘩した後? んじゃ、どこで?」
「外」
「外……いやいや、ちょっと待てよ? その前に、黒花はどうして屋上からいなくなってたんだ?」
「転校の手続きのことで先生に呼ばれていたのを思い出した」
「ほうほう。なるほどな。ということは、その用件を済ませて、帰ろうとしたところであの二人と出くわしたと?」
「そうね」
「じゃあ、どうして俺を探していたんだ?」
「あの二人に高齢者とか、認知症の人のことをその時ほんの少しだけ聞いたから」
「あー……なるほど」
散らばっていた点がようやく繋がった。
まず、黒花は一旦駿平に着いて屋上へ向かったものの、先生に呼び出されていたことを思い出して退散。その後、一人で帰ろうとするも、途中であの男子生徒二名と遭遇した。追い返された直後で気が立っていたあの二人は、転校生なのに妙に駿平たちの近くにいる黒花を見つけて嫌がらせをしてやろうと思ったのだろう。あることないことを黒花に吹き込み、黒花の考えを不安定にさせたのだ。
もともと素直に人の言葉を信じる黒花だ。グループホームの屋上で駿平に言われたことと食い違いがあって、どうすれば良いのか分からなかったのだろう。そこで、駿平を探す旅に出た。
ところが、やっとの思いで見つけたもののルイも合流して、まるで除け者のように扱われてしまった。黒花は違うと言うかもしれないけれど、おそらく、『せっかく探したのに』と思い、少なからず腹が立ったはずだ。
そして次の日から駿平やいろはに対する態度がおかしくなり、最後には男子二名の方へと傾きかけていた、というところだろう。
「会長から、今回の件については聞いてる?」
「聞いた」
「黒花を仲間外れにしようとか思ったわけじゃないのは分かってるよね?」
「分かってる」
深々とため息をつく。
なんというか、見事なほどのすれ違い方だった。
駿平たちは黒花に理解してもらおうと動いていた。黒花は惑わしてくる男子たちの意見をどう判断して良いか分からず駿平たちに助けを求めていた。
全て、タイミングの悪さが招いた結果だ。
もしも、どこかでなにかがズレていたら、ここまで手間のかかることではなかったのだ。
「駿平」
しみじみと、黒花が呟く。
「どうした?」
「いろはの胸は大きい」
「このタイミングで言うことじゃない!」
全力の突っ込みだった。
シリアスな空気が台無しだ。
「否定はしないのね」
「しないよ! あの大きさは高校生にしてはおかしいから!」
半分、自棄になって言うと、妙な答えが返ってくる。
「申し訳ないけれど、私の胸はそれほど大きくない」
「……別に申し訳ならなくて良いんだが?」
「そうでもない」
おや、と思う。
「ん? どして?」
「男性とは女性の胸を揉みたくて仕方がないものだとルイに聞いた」
「会長の言うことを鵜呑みにするな! マンホールの時もそうだけど、黒花は時々素直すぎる!」
「そうでもない」
「自覚なしか!」
気付く。
いつもの、冗談混じりの会話であるのに、黒花がずっと俯いている。
「では、男性とはなに?」
「なにと聞かれてもな……」
「女性の胸に興味はないの?」
「いや、そりゃ大半の男は興味があるものだとは思うが、しかしだな。それだけだと思われるのは心外というかなんというか……」
「駿平は、いろはとルイと私なら、誰の胸を揉みたい?」
「どういう質問だよ! 答えたくありません!」
「駿平が答えてくれないと、うっかり鎖で縛って廃ビルに監禁するかもしれない衝動にかられているよ?」
そして、その耳がほんのり赤くなっている。
疲れた表情なら見たことがあるが、黒花の表情がしっかり動いたのは見たことがない。
「物騒なことを言わないでくれ」
「これぞヤンデレ」
「そうですね!」
たぶん、今、黒花の表情は、動いている。
純粋に興味があったし、見てみたいとも思う。
だけど、そんなことより、
「いいから答えて」
「いや、んなこと言われても……」
会話の、意図していることの方が気になる。
押し殺したような声で、黒花は「答えて」と言う。
「……」
「……」
沈黙。
本当は、駿平は理解していた。
黒花がどうしていきなりこんなことを言い出したのか。いや、もしかしたらいきなり、ではないかもしれないということも、理解している。
黒花は、グループホームの出会いの後、学校で、他の誰でもない駿平に頼ってきた。それから、さっきの話を聞く限り、判断に迷った時、駿平を探していたらしい。その後、一旦は離れたけれど、今では和解している。どころか、ガードの堅い女子なら拒否しそうな男子と二人きりになるというこの状況にもあっさりオーケーしてくれている。さらに、先ほどのヤンデレ発言。あれは、冗談なのだろうか。
なによりも、
「……ッ」
ちらりと黒花の方へ視線を滑らせると、ほんのりどころか耳まで真っ赤になっているのが分かる。
これは、つまり――
「黒花」
「なに?」
「まあ、その、なんだ」
「……?」
「言いたいことがあるなら、ちゃんと言ってくれないと、分からんぞ」
「……」
いじわるのつもりはない。
駿平に女子をいじめて悦ぶ趣味などない。
それでも、こういうことは、口にして欲しかった。
こんな、なんとなく相手に伝わるだろうみたいな形で気持ちのやり取りをしたくない。
「駿平がいじめる」
「いや、うん、否定はできないけど、なんというかだな」
いつだったかに、いろはが言ったのと同じ台詞を黒花が口にする。
あの時と同じく、女の子らしいか細い声で言われたものだから、うっかり了解してしまいそうになる。
「俺だけの話でなくて、そういうことは、きっと言葉に出さないとダメだと思うぞ」
けれど、駿平は退かない。
駿平の答えも、出ているからこそ、退かない。
いろはに、黒花個人のことを意識しているのでは? と問われた時に、答えは出ている。
自分の気持ちくらい、自覚していた。
「……」
それから、十分ほど黒花は黙り込み、いきなり
「駿平!」
今まで聞いたこともないような大声で顔を上げた。
「おおう! びっくりさせるな……て、もっとびっくりすることが目の前にある!」
予想はしていたが、黒花の顔は本当にリンゴみたいになっている。
しかも、よっぽど緊張しているのか、息が荒い。
いつも、無表情を貫き通しているとは思えない姿がそこにはあった。
「……」
「……」
かくいう駿平も、さっきから心臓が口から飛び出るのではないかと心配になるほどドクンドクンと脈打っている。緊張しているという点では、二人とも良い勝負だ。
「駿平」
「なんだ?」
ひいきするわけではなく、素直に可愛いと思った。
真っ黒のワンピースに身を包み、桜色の髪の毛をしている珍妙不可思議な少女。いつも無表情の棒読みで、その割に素直で人の言うことを鵜呑みにする奇妙な少女。でも、自我がないわけではなく、嫌だと思ったことにはちゃんと反発するし、頑固な一面もあるちょっとわがままな少女。
その彼女が、顔を朱色に染めて、精一杯『なにか』を伝えようと頑張っているのだ。
こんな姿を見せられて、心が動かない男がいるわけがない。
「駿平」
もう一度、名前を呼んでから、震える唇からその言葉を口にする。
「――――――――」
この言葉は、誰にも聞かせたくない。
自分と、彼女だけのモノだ。
「――――――――」
駿平も、同じ言葉を返す。
彼女は、一瞬、驚いた顔をしてから、にこりと微笑んだ。
END.
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
これで「たとえ記憶が消えたって」は完結となります。この後は書いてませんし、書く予定もありません。
前編と比べてどうだったでしょうか。黒鳥さんという穴を黒花とルイが上手く埋められていたでしょうか?個人的に、後編を掲載するに当たって、思ったのは「ルイを黒鳥さんに変えれば良いんじゃないか?」ということでした。二人とも同じような性格をしていますし、変態行為も高校生になって落ち着いたということにすればいけた気がします。……と言っても、後編の方を先に書いたので、どちらかというと、ルイが黒鳥さんに似てる、ではなく、黒鳥さんの方がルイに似てるとなるんですが。
そんな話はさて置き、認知症を取り入れて初めて書いた作品なので、正直、上手く書けた自信はありません。お気に入り登録を何件もされて、すごくびっくりしたくらいです。本当にありがとうございます。もしよろしければ、良かった点、悪かった点を書いていっていただけると、次作に繋がると思います(実は次作も一応書き終わっているのですが……。次作は特別養護老人ホームが舞台となったものになってます。あ、載せるかは未定です)。
では、長くなりましたが、これで「たとえ記憶が消えたって」は完結ということにしたいと思います。繰り返しになりますが、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。感想評価、お待ちしております。




