浅井いろは
◆
浅井いろははとあるスーパーにいた。
本来、真っ黒のはずの髪の毛を金色に染め、耳にピアスまでしている。服装はどこで見つけてきたのか、それとも自分で書いたのか、背中に『夜露死苦』と書かれた長ランを身に付けている。かつての幼馴染の顔はそこにない。
「どこをどう間違えたらあんな風に歪むかね?」
「しょうがないっちゃしょうがないですよ」
お菓子売り場でなにかをカゴに放り込んでいるいろはを見つめる。
「ま、今回はいろはちゃん一人だ。私が出て行く必要はないだろう。一応、買い物客に紛れて様子は見ているが、二人で話すといいさ」
黒鳥はそれだけ言い残すとどこかへ行ってしまう。
いろはとは、できるだけ二人で話したい。そう思っている駿平の心を見透かしたような対応だった。『頼れるお姉ちゃん』はここでも発揮された。
黒鳥に感謝しつつ、駿平はいろはに近付く。
「……っ」
と、あと数メートルというところでいろははこちらに気付いた。
同時に、その場から離れようとする。
「待てって」
小走りで追いかけ、腕を掴む。
「……」
あからさまに、嫌そうな顔をされた。
「……ん?」
どう声をかけるべきか迷って、ふと視線を落とすと、いろはの持っている買い物かごが目に映る。
「お前さー、やめろとは言わないけどこれはどうなん? 相変わらずにも程があるだろ」
「……うっせえよ」
買い物かごの中は食玩で埋まっていた。
昔から、いろははアニメやら漫画の類が大好きでスーパーに来る度に親御さんにねだっていた。買い物かごが一杯になるほど買おうとしているのはさすがに初めて見るが。
「これだけ大量に買うお金はどっから出てくるわけ?」
不思議に思って訊くと、
「……持って帰る」
万引きかよ!
「冗談だよ。いちいち驚くなようぜえ」
「……」
今度は、違う意味で相変わらずだと思う。
グレようが不良になろうがいろははいろはだ。いろはの傍若無人っぷりは昔から変わっていない。面白そうなことがあるとすぐに飛びつき、本気か冗談か分からないことを言って人を振り回す。
ベランダから突き落とされたあの時のままだ。
「お金云々はさておき、チーム氷牙だっけ? 上手くいってるの?」
「お前に教えるようなことじゃない」
「そう言わずにさ」
「てか、いい加減絡んでくるのやめろよ。迷惑なんだけど」
「迷惑とか言いつつ、いつも会えば話はしてくれるよね」
「うっぜ」
露骨に舌打ちをされた。
「黒鳥つったっけ?」
「ん? ああ、あの人がどうかした?」
案内をしてもらってるし、他のメンバーがいる時には立ち会ってもらってるから、いろはも彼女のことは知っている。
「あそこで下着姿になってポーズ決めてるのはいいのか?」
「はあ!?」
びっくりしていろはが指差した方向を見ると、
「……あ、連れて行かれた」
店員さんと思しき人に連れて行かれていた。
黒鳥のことだし、大丈夫だろう。たぶん。
「で? 今日はなんの用だ?」
「ん? いや、別に。様子見に来ただけだよ?」
「……」
いろはは盛大にため息をついた。
「駿平、お前、やめた方がいいぞ?」
「なにを?」
「あたしが起こして、あたしが作ったグループつっても、中にはとんでもねえ悪もいるんだよ。それこそ万引きなんて何度もやって、警察にも目をつけられてるようなやつがさ。こうしてあたしと関わってるといつか、絶対痛い目みるぜ?」
「そうは言っても、こっちとしても事情があるからね」
「事情?」
「姉ちゃんがいろはのこと心配してるから。たまには様子見て報告したいんだよ」
ニヤっと笑ってみせると、いろははさっきよりもさらに大きなため息をつく。
「忠告はしたからな? もう知らねえぞ?」
それだけ言い残して、すたすたと歩いていく。
ミドルショートの金髪が左右に揺れていた。