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二人目の姉

「黒鳥さん」

「なんだ?」

「どうして、そんなことが言えるんですか?」

「どうしてと言われても困るが……。君と姉上の会話から想像しただけだ。私の家、正確に言うと父親だが、父親がそういう関連の仕事をしていてな。何度か老人が集まるような施設に行ったことがあるんだよ。

 私とて専門家ではないから、断定はできん。だが、医者に行くことをお勧めする。医者に行ってなにもなければそれで安心できるだろうし、なにかあったら適切な処置をしてもらえば良いだけだ」

「そりゃそうなんですけどね……」

「なにか不満でも?」

 不満は、ない。黒鳥の言うことはもっともだ。

 でも、家族として、正直受け入れがたいところがあるのだ。

「誰だって、物忘れなんてするでしょう? それに、もしも、認知症だってことになったらどうなるんです?」

「む。いや、だから流してくれても構わないと言ったのだがな。ただ、そうだな……。認知症というのは、モノを忘れてしまうだけじゃなくて、モノを覚えることが困難になる。悪化すると、つい数十秒前のことでも忘れてしまうことがあるそうだ」

「数十秒前?」

 それはもう、物忘れが酷いとか、そういうレベルの話じゃない。

 黒鳥はうむ、と頷いて続ける。

「もしも、姉上が認知症と診断されてしまったら、仕事を続けるのは難しいだろうな。特に、君の姉上の職業は小学校教諭だろう? 命を預かるというわけではないが、それに近い職業だ。なにかミスをしてしまい、子供に大怪我をさせた、などといったら大事だ。どっちにしろ学校側から首を切られる可能性は高い」

「それは……」

 あくまで淡々という黒鳥に、駿平は反論できない。

 認知症についての知識も、経験もなにもない駿平は黙って聞くしかない。

 中学生には、重すぎる話だ。

「しかし、そう落ち込むな。可能性の話だよ」

 ふうと息を吐いて黒鳥は笑う。

「どういうことですか?」

「父から以前聞いたのだが、認知症というのは数が増えてきているとはいえ、若いうちからなるようなものではないらしい。君の姉上はまだ二十九歳だろう? 普通に考えればあり得ないことだ。私もいくつかの施設に行ったが、一番若くても六十歳くらいだ。そんな年齢の人は誰もいなかったよ」

 黒鳥の弁に、少しだけ心が軽くなった。

 確かに、その通りだ。認知症というモノが若い人の間に広まっていないのはそもそも関わる機会がないからだ。瀬名にそれっぽい症状が出ているというだけで、実際は全く関係ないということもある。

「なんにしろ、一度病院に行ってみると良いと思うぞ。なにもなければそれで良しだ。心配ではあるんだろう?」

「それは、はい」

「姉上だってきっと自分の変化に気付いてるはずだ。病院に行くことを拒みはしないだろう。一緒に行ってみると良いよ」

 黒鳥は駿平の頭の上に手を置き、にこりと笑う。

 その手の感触が妙に気持ちよくて、振り払おうと思えない。

「どうした?」

「え?」

「いや、てっきり子供扱いするなと拒絶されるかと思ったのだが」

「……」

 黒鳥は、駿平にとって二人目の姉みたいなものだ。

 いつも訳の分からないことを言ってばかりだけど、ここぞという時にはしっかり守ってくれる。皆は黒鳥の雰囲気に圧されて気持ち悪がったり、近付こうとしないけど、駿平は違う。駿平は、自ら接触しようとしている。頼りになる姉を慕うように、事あるごとに関わりを持っている。

「と、とにかく、いろはのとこに早く行きましょう!」

「ううん? いきなりどうした?」

「いいですから!」

 考えたら、恥ずかしくなってきた。

 早足で黒鳥を追い越して歩を進める。

「了解したが、逆方向に進んでるぞ?」

「ええ!?」

「いろはちゃんのところに行くならこっちだ」

 黒鳥にクスクスと笑われながらも、従うしかない。



 ま、なんだかんだで、黒鳥は優しいのだ。


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