待ってください
凛とした声音で言い放たれた言葉は駿平の脳を一回素通りした。
闇に溶け込む黒髪を揺らしてルイは心底楽しそうに語る。
「まず、黒花を攻略するに当たって大切なことを――」
「ちょっと待った!」
一周回ってやっと言葉を飲み込んだ駿平が反応する。
「なんですか、そのギャルゲーみたいな名前は。黒花を恋に落とすとでも言うんですか?」
「ほう? 駿平君はギャルゲーをやるのか。エロゲーは?」
「やりませんよ! 変な方向に反応しないで下さい!」
「じゃあ、黒花を恋に落とすという方か? なるほど、駿平君は黒花のことが好きだと」
「違います!」
「女の子をそこまで完全に拒絶するとか、最低だな、駿平君」
どんどん話がわき道にそれていく。
「作戦名とか、駿平が誰を好きとか、そういうのどうでもいいんで、話を進めてください」
そのタイミングで、イライラした様子のいろはが割って入る。
一瞬、良い突っ込みだと思ったが、
「ほう。いろはさんは駿平君が誰を好きなのか全く興味がないのか?」
「……」
何故黙る。
「さて、駿平君のせいで話が脱線したな」
「あんたのせいだっ!」
「細かいな。だったら駿平君が名前を決めろ」
「それは、作戦内容を聞いてからじゃないと――て、あ……」
「だろう? 話を脱線させたのは駿平君だ」
間違ったことは言ってなかったはずなのに、言い負かされた。
ルイはニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。
無性に悔しかった。
「ふむ。仕切り直そうとしよう」
わざとらしく咳払いをして、ルイが続ける。
「さっきの続きだが、駿平君が言った意識の低さというやつにはもう一つ理由がある」
「環境の他に、ということですか?」
「そうだ」
ルイのせいで若干ストレスが溜まったが、雰囲気が変わっている。
駿平も真面目に受け答えることにする。
「といっても、別に小難しい話じゃない。要は、理解不足だ」
「理解不足?」
「そうだ。今日、駿平君たちをからかっていた男子生徒たちも、調べたとは口にしていたが、認知症の高齢者に直接会ったことはないはずだろう?」
それはそうだ。
あそこまで毛嫌いしている人間が自ら会いに行くはずがない。
「他の人間にしてもそう。たとえ知識として病気や高齢者の身体について知っていても、接したことのあるなしは非常に大きい。知識すらないという人だって中にはいるだろうしな」
「ええと? つまり、その知識や経験のあるなしで意識の高い低いが決まるってことですか?」
「うむ。ちょっとは頭が回るようで安心したぞ。駿平君」
いちいちカチンとくるような物言いをしないで欲しいのですが。
「知識があれば、もしくは直接会ったことがあれば、高齢者とはどういう人を指す言葉なのか、そしてどんな苦労をしているのかを理解することができる。そうなれば、私たちのように、とまではいかなくてもそれなりに意識するだろう」
ルイは得意げに話す。
駿平がなんとなく考えていたことを、深く、それがどんな理由からきていることなのかしっかりと説明してみせた。感服とまではいかないが、素直にすごいなと思った。
けれど、今の言葉に反応した者が一人。
「会長、待ってください」
「なんだ?」
金髪を躍らせてルイに詰め寄る。
挑戦的な態度だ。
「会長は『私たちのように』、と言いましたけれど、あたしは認めません。駿平は会長の言葉に流されているようですが、ついさっき、生徒会室であなたは自分と他者と差別するようなことを口にしました。理論的なことなら誰だって勉強すれば言葉にできますが、ああいった普段からの心がけが重要になる部分は誤魔化せません。このまま、なあなあで手を貸したり貸してもらったりしたくはないです。そもそも、あたしたちは会長がなにを目的としているのか、はっきり説明してもらってないですよ」
今更だ、と駿平は心の中で思ったが、いろはの言うことも否定できない。
ルイが福祉に関することを真剣に考えていることはもう十分過ぎるほど理解できた。生徒会室でルイは駿平たちをいじめから守りたいとも言っていた。このまま手を貸してもらっても悪くはないだろう。
だが、いろははそれを許さない。
注意深く街を観察したり、制度や法律について調べなければ分からないとはいえ、今ルイが喋ったことはちょっと考えれば駿平にだって思いつきそうなものだ。その考察するということができるようでできないの だが、それはそれだ。
いろははそういった理論的なことではなく、人としての在り方について聞いている。駿平たちのように認知症を持つ人や高齢者と幾度も関わったことがあるなら、そもそもルイのような尊大な口調でなど話さない。いろはが指摘した生徒会室での言葉も出てこないだろう。
その辺りをきっちり線引きしておきたいといういろはの気持ちも、当然のものだ。
ところが、ルイは強い視線を送るいろはを正面から見つめた後、
「あー、そのことか。どっちかに聞かれるとは思っていたが、やはりな」
気の抜けたような声でそう返してきた。




