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たとえ記憶が消えたって  作者: 彩坂初雪
種を植える作業をしている人
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上草市

「駿平君、一つ質問させてもらっていいかな?」

「え? あ、はい。別に良いですけど?」

「君は、この上草市の福祉に関することでなにか意見はないか?」

 唐突すぎる質問だった。

 しかも、内容が小難しいものだ。

 福祉と言っても、高齢者の問題から障がい者の問題から児童に関する問題から、いろいろある。それを指定せずにただなにか意見がないかと聞かれても返答に困る。

「ええと、それはどういう?」

「別になんでも構わないぞ? ここは良いと思うとか、ここはダメだと思うとか、思ってることをなんでも話してくれ。駿平君の意見し易い分野で構わないぞ」

 もうこちらから言うことはないぞ、とルイは黙る。

 暫し、会話が停滞する。

 こちらがなにかを話さないと続かない雰囲気だ。

「俺の意見しやすい分野って、やっぱり高齢者とか、そっち系になっちゃいますけど」

 考えた末、ため息をつきつつ確認する。

 最近、特に黒花やルイに出会ってからため息をつくことがやたら多くなっている気がする。

「それで良い。……ああ、私の父が県議会議員をやっているから気を遣って褒めたりする必要は全くない。言いたいことがあるならなんでも言ってくれ」

 元からそんな気を遣うつもりはなかったけれど、ルイはわざわざ断ってくれた。

 ならば、率直な意見を言うべきだろう。

「俺は専門家でもなんでもないんで、一般的な視点からしかモノを言えませんけど、上草市の福祉に対する姿勢そのものには全力で賛成してます。現在、全国的に高齢者が入居する施設の数が足りないと言われてます。何百人単位で待たないと入れないような地域すらあるとも聞いてます。でも、上草市はそういうの、ないですよね。そこら中に老人ホームが建っていて、高齢者にとって過ごしやすい地域になってます」

「なるほどな。それは確かにそうだ。施設の数で言えば上草市に勝る地域はないだろうな」

 駿平は頷いて、「けど」と続ける。

「一方で、批判したいこともあります」

「それは?」

「住民の意識の低さですね」

「意識の低さ?」

「はい。会長が今日、俺といろはに声をかけてくれたのもその一つです。高齢者に対する理解がなさ過ぎるんですよ。施設で実際に働いている職員さんたちは違うと思いますけど、それ以外の人の意識が低すぎる。電車やバスで高齢者の人が入ってきても優先席を立たない人なんてそこら中にいます。スーパーでよく表示が見えなくて間違ってしまった高齢者をバカにするような目で見る人が大勢います。自転車のベルや救急車のサイレンのような、高い音が聞こえなくなっている高齢者を変な人のように扱っている人が沢山います。

 いくら施設が多くても、そういうところで皆が助け合っていけるような街づくりをしていかないと、本当に住みやすい地域とは言えないと俺は思ってます。たまに学校に社会福祉法人の方がきて講演を開いたりしてますけど、興味ない人は寝てますからね。もっと、いろんな分野、いろんな方面から働きかけるよう努力していかないとダメですよ」

 駿平がきっぱりと言い切ると、ルイはまたニヤリと笑う。

「まずはさすがと言っておこうか駿平君。そういう、意識的な問題というのは一番性質が悪い。しかも、それが大多数の意見なら尚更な。生徒会室でも言ったが、民主主義の日本の最も良くない点の一つだ」

 ルイは笑顔のまま、さらに言葉を紡ぐ。

「だけどな、君の意見はこうなっているからダメ、と言っているだけでどうしてそうなっているのかまで頭が回っていない。そこについて、私が補足しよう」

 頼んでもないのに、ルイはペラペラと喋る続ける。

 福祉関係に興味を持っていなければ、気付きさえしないようなことを。

「まず、その意識の低さには環境の問題があるな。駿平君はこの街が福祉に力を入れていて、それは素晴らしいことだと言ったが、私はこの程度で満足してはいけないと感じている」

「どういうことですか?」

「どうもこうも、バリアフリーを謳っている割にバリアがありすぎるだろう? 車道と歩道の間の段差、あれだってバリアなんだぞ? 車イスはほんの数センチ段差があるだけで一人では身動きできなくなることくらい知っているだろう? あれだって立派なバリアと言える。学校はどうだ? バリアフリー化を進めろと言われているからか、玄関にスロープがある学校はよく見かけるが、中はどうだ? 車イスで移動できる学校など全国的に見てどのくらいある? 高齢者の問題ではないにしろ、これだって問題の一つだろう。もっと言えば、公共交通機関のはずのバスだ」

「バス?」

「ああ。車イス用のシートがあるバスがあるが、全く意味がないものだと思わないか?」

 実際に車イスがバスに乗っているところを見たことはないが、意味がないとはどういうことか。

「さっきも言ったが、段差というのは車イスにとって最大の敵だ。まずもって、どうやってバスに乗れば良いんだ? 車イスの段差移動は資格を持っている専門家でもそう体験したことがない介護だぞ。周りの人がどうにかできるものじゃない。車イスが乗れるようにしてあるにも関わらず、誰も乗らないのはそのためだよ」

 最後に、電動車イスだと若干変わるがな、と付け足す。

 しかし、言われてみればその通りだ。

 学校にしてもバスにしても、バリアが多すぎる。突き詰めれば、予算の関係やら地域住民の理解やらいろいろなことが必要になってくるため、難しい問題ではあるのだろうが、考え方が酷すぎる。散々ニュースで高齢化しているという報道がされているのに現実はこれだ。

 本当に高齢者のことを考えるのであれば、国や企業がもっと動くべきだ。

「これが一つ目の理由だね。そもそも環境が高齢者や障がい者に優しくないんだ。そんな中で人間だけが優しくなれと言われてもなかなかできない。環境が変わっていけば、もっと考え方が変わるはずだよ」

 そう語った後、なにを思ったのか、ルイは駿平ではなく、黒花の方を向く。

「さて、ここからは私と駿平君、いろはさんの秘密会議だ。黒花は家に帰っててもらえるかな? 夕食までには帰ると伝えておいてくれ」

「……別にいいけど」

 つまらない会話だったのか、ぼぅっとしていた黒花は言われたまま、すたすたと家路に着く。結局、どうして駿平を探していたのかや、屋上から何も言わずにいなくなった理由を聞けなかった。

 そうして、黒花を見送った後、ルイは突如としてこう宣言した。




「ふむ。それでは、これから黒花攻略作戦の概要を説明する!」


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