と、まあ、そんなわけだが
それはさて置き。
「それでどうしてマンホールに飛び込むことになったんだ?」
「駿平がいるかと思って」
「マンホールに入ったことは人生において一度もありません!」
「でも、お姉さんに、マンホールの中とか? って聞いたらそうかもって言ってた」
きっと、会長も冗談だと思ったんだろうな。これで結果的に会えているからすごいが。
「……ん?」
ふと思う。いろいろ考える前に、大切なことを忘れていた。屋上からどうして姿を消したのか、それからどうして駿平を探していたのかを聞くべきだった。なにかしらの事情がありそうなものだ。
「駿平に私からも質問」
が、それを聞く前に黒花の方から質問がきた。
「なんだ?」
「こんな時間まで、どこに行ってたの?」
こんな時間までマンホールの中をさまよっていた人間の言うセリフではないと思う。
「グループホームだよ。帰りはいつもこの時間になる」
「ああ、グループな家ね。楽しいの?」
「楽しいとかそういう問題じゃないよ。けど、いろんな人の話とか聞けるし楽しくないわけではないかな?」
「そう」
あの出会った日以来黒花とは学校以外では会っていない。
認知症を持つ人を「変な人」と言った黒花はあの後、どんなことを考えたのだろうか。
「と、まあ、そんなわけだが」
「うおっ!」
「ッ!?」
「……」
不意打ちだった。
突然、背後から低くてよく通る声が聞こえた。
いろはは比喩ではなく、十センチくらい飛び上がっていた。
「なにをそんなに驚いている?」
「いきなり背後から声をかけられたら驚きますよ!」
「そんなことはないだろう。黒花を見習え。あの落ち着きっぷりは大したものだぞ」
黒花と一緒にしないで欲しい。
そもそも、黒花からは見えていただろう。
「なにしてんですか、会長」
黒髪ロングでカッコよい感じの女性が立っていた。
言わずもがな。黒花をマンホールへと導いた張本人、華渓院ルイだ。
「ふむ。黒花が駿平君を探していると聞いてたきつけてみたが、予想通り、面白い感じに話がまとまりそうだな」
ルイはまだ制服姿だ。
蛍光灯の光に緑色のバッジが反射している。
「どういうことですか? だいたい、会長と組むのはお断りしたはずですけど」
少しキツめにいろはが問いかける。
「まあ、そう言うな。別に良いだろう?」
「良くないですよ」
「そうでもないだろう?」
「いいえ、そうです」
金髪ツインテールと黒髪ロングという対照的な髪の毛をした二人が睨みあう。
身長と纏っている空気ではルイが一歩リード。胸の大きさと眼光ではいろはが一歩リードというところか。
「……」
脇できょとんとしている黒花は、存在感で十歩リード。
と、駿平はどうでもいいことを考えてから割って入る。
「いろはも会長も、一旦落ち着いてください」
「落ち着いてるが?」
「落ち着いてるよ?」
「落ち着いてるわ?」
約一名、さりげなく会話に参加している人間がいるが、無視。
「そんな嘘はどうでもいいんで、まず、一つ質問です」
嘘じゃないよとこれまた三人揃って答えたが、それも無視。
「会長、いろはのことはさん付けなのに黒花のこと呼び捨てにしてますよね? どこかで知り合ってましたか?」
ルイに質問すると、驚くことに違う方向から回答が来た。
「私はこの人の家に住んでる」
「ほうほう。黒花は会長の家に……て、ええ!?」
「ま、そういうことだ」
落ち着き払ってルイが簡潔にまとめる。
「黒花のご両親と私の親が知り合っていてな。それで急遽こっちに引っ越してくることになった奏一家を一時的に私の家に迎え入れてるんだ」
驚き半分、納得する面もある。
さっき、黒花はルイのことをお姉さんと言った。あれはそのままの意味だったのだろう。一緒の家に住んでいて、学年も上となればお姉さんに違いない。それに、いくら非常識な黒花でも、知らない人に言われてマンホールに飛び込んだりはしないだろう。相手がルイだったからこそ信じたのだ。
「つまり、黒花が実行に移す可能性があることを知っていながら会長はマンホールの中に俺がいると伝えたんですか?」
「え? 違ったのか?」
本当に驚いてるような顔で言わないで下さい。
「それはもうこの際置いておきましょう。話が先に進まないので。……もう一つの質問です。さっきいろはも言いましたけど、会長とは組まないときっぱりお断りしたつもりでしたが、その辺りはどうなっているんですか?」
「ふむ。それについては説明しておこう」
生徒会室で見た、不敵な笑顔。
なにか企んでいることは明白だった。
「私の父親が県議会議員をしているのは知っているな?」
「それは、知ってますけど」
「それが関係してるんだ」
「どういうことですか?」
ルイはそこで笑みを消す。
長い髪の毛をかき上げて、駿平へ逆に問い返す。




