君の姉上のことだが
「ところで、昨日の今日でどうしてまた私を呼んだんだね? 愛しき迷い猫ちゃん」
翌日の放課後、駿平は玄関で黒鳥を待ち伏せした。
駿平たちが通う上草中学校は部活動に入らなくても良いため、放課後は各々自由行動になる。もちろん部活動に入っている人間は部活動に向かうが、そうでない人間は早々に帰宅する。
黒鳥も駿平も、後者の人間だ。
「昨日はあんたのせいで失敗したようなものだったんで。もう一回付き合ってもらいますよ」
「要は腹いせか?」
「似たようなものです」
クスクスと笑って黒鳥は先に歩き出す。
「どこにいるのか分かるんですか?」
「うむ。今日は彼女、単独行動をしているようでな。おそらくすぐに会えるぞ」
本当に、どうやってそういう情報を集めているのだろうか。
不良集団のリーダーともなればそれなりの知名度はあるのかもしれないけれど、だからといって位置を特定するのは困難なはずだ。発信機かなにかを付けているのなら別だが、いくらなんでもそれはないだろう。
「それから、これ」
「なんだ?」
黒鳥に紙袋を渡す。
「ああ、昨日のパンツウゥゥゥゥーーーー! か……」
「なんでパンツの部分だけ強調するんですかね! 思いっきり注目集めてますけど!」
「そんなことは決まっているだろう?」
自慢げに、黒鳥は宣言する。
「この世にパンツ以上に愛すべきものはないからだっ!」
意味が分かりません。
「ああ、それから、昨日のメール、どうして返信がなかったのだ?」
首を傾げて尋ねてくる黒鳥に、即答する。
「メールが来た瞬間に嫌な予感がしたので削除しただけですが?」
黒鳥は電信柱に手を付き、ズーンとうな垂れる。
「あれ、添付ファイルついてましたよね? なんだったんです?」
「私のヌード」
削除で正解だった。
「ふむ、それはともかく」
と、黒鳥がいきなり立ち直る。
「君の姉上のことだが」
時が一瞬止まった。
頭の中でガンガンと警鐘が鳴り響く。
「私の個人的な意見だから聞き流してもらっても良いのだけどな」
突如として真剣な表情になった黒鳥に戸惑いつつ「なんですか?」と答える。
ごくりと、唾を飲み込む。
「医者、行った方が良いかもしれんぞ」
その言葉を聞いても、対して驚きを感じなかったのは駿平自身、身構えていたからだろう。黒鳥が駿平の携帯に細工をしてくれたおかげで(せいで?)前島家の会話は筒抜け状態になっているのだ。昨日の今日で瀬名の話題となれば、こういった提案がくることは予想できた。
ここ、上草市は数年前から福祉に力を入れている地域として全国的に有名になっている。つまり、知りたくなくても、いろいろな情報が住民の耳に届くのだ。小学、中学、高校生の間ではそんなこと意識されていないが、あいにくと駿平の母親は介護職員だった。母親自身はもういないが、家にその関連の本が山のようにある。一度読んでみたことがあるのだが、小難しい内容で、半分以上理解できなかった。
でも、たった一つ、駿平の頭に残っているものがある。
認知症。
物忘れが酷くなるということくらいしか覚えていないけれど、そういう病気があるのだと知った時、子供ながら衝撃を受けた。