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たとえ記憶が消えたって  作者: 彩坂初雪
種を植える作業をしている人
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幽霊様だ

 瞬間、

「痛だだだだだだだっ!?」

「逃げるよ! 逃げなきゃ! 逃げまする! 逃げよん! 逃げたもう!」

 ものすごい力でいろはが逆方向へと走り出した。

 それに引っ張られる形で駿平も一緒に走り出す。

 が、

「おおう! 着いて来てる!」

「憑いてきてる!?」

 字が違う。

 残念ながらその桜色の輝きを放つ変な生命体はちゃんと走っている。

 幽霊でもなんでもない。

「いろは、分かったからちょっと止まれ! あと、指がすごく痛い!」

 強引に足に力を入れてブレーキをかける。

「なんでなんでなんでなんでなんで! 逃げないと死んじゃうよ!」

 尚もいろはは女の子とは思えない力で引っ張ってきたが、なんとか耐える。

「安心しろ! 逃げなくても死にはしない!」

 冗談で幽霊と言ったのだが、ここまで取り乱すとは思わなかった。

 桜色が見えた時点で正体は分かっていた。



「なにしてんだよ、黒花……」



 呆れ顔で追いついてきた黒花に尋ねる。

「駿平がいたから」

 いつもの、無表情に棒読みでそう答える。

 いろはのように輝いているわけではないが、黒花の髪の毛も光に照らされて暗闇に映えていた。

「俺がいたらどこでも現れるのか?」

「あるいは」

 あるいはそうなんですか。

「えと、どういう状況?」

 まだ目に涙を溜めたまま、おそるおそるという感じでいろはが会話に参加してくる。

「驚けいろは。幽霊様だ」

 ビシっと指差す。

「ひゃう!」

 駿平の身体を盾にいろはは素早く身を隠す。

 この流れでまだ気付いていないのか。会話で気付け。

「んー、まあ、でも幽霊に見えなくもない、か?」

「皆に言われる」

「言われるなら直そうね。その髪の毛」

「やだ」

「さいですか」

 黒花の髪の毛は黒花だと思って見ないとぼんやりとした光を放っており、薄気味悪くもある。しかも、それが普段着なのか、日中と同じく真っ黒のワンピースに身を包んでいるため、身体が闇に溶け込んでいる。見えないわけではないのだが、ぱっと見だと首から下がない。

「俺がいるところに現れる云々は流すとして、どうしてマンホールから出てきた?」

「迷った」

「迷った?」

「うん」

「どうして?」

「道が分からなくなった」

「……」

 相変わらずの返答だ。普通に話していると先に進まない。

「そうじゃなくて、どこに行こうとしてたのか、とかそういうことを聞いてるんだけど」

「駿平のところ」

「俺のところ?」

「そう」

「マジですか」

 衝撃的な発言だった。

 黒花が浮世離れした人間なのは先刻承知していたが、まさかここまでとは。

 人探しでマンホールへ飛び込むというのはさすがに度を越えている。駿平が工事現場のお兄さんにでも見えているのだろうか。

「ええと、黒花って、転校してきた?」

 と、ようやく、ある程度事態が飲み込めたのか、いろはが顔を出す。

 まだ駿平の手を握ったままではあるが。

「……?」

 表情は動かなかったが、黒花は首を傾げてみせる。唯一といって良いほどの感情表現の方法だった。

 黒花からじっと見つめられ、自己紹介をするべきだと悟ったのだろう。いろはが空気を読んで名乗る。さすが、黒花とは大違いだ。

「ええと、上草一校一年一組の浅井いろはです。あなたが駿平の話してた奏黒花ちゃん?」

「ちゃんは不要」

「へ?」

「さんもダメだよ?」

 いつだったか、同じやり取りをしたなと駿平は思い出す。

「じゃあ、かな――」

「黒花」

「いきなり名前を呼び捨て?」

「そう」

 いろはは何回か目を閉じたり開いたりした後、

「さっきの駿平との会話と、今のことから推測するに、面白い系の子?」

 駿平にそう聞いてきた。

「話しただろ? お前は素敵な出会いだったと言ってたじゃないか」

 そういえばそうだったと複雑そうな表情をするいろは。

「そうね。でも、どちらかというと、面白いのは駿平」

 そして的外れな意見をありがとう黒花。

「黒花以上に面白い存在がこの世にいるなら是非とも合ってみたいよ」

「照れるわ」

「別に褒めてないんだが?」

「そうなの?」

「そうだよ」

 どうでもいい感じの会話はここまでにして。

 いくらなんでも人探しでマンホールに飛び込むバカはいないだろう。それがたとえ黒花であっても、だ。


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