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たとえ記憶が消えたって  作者: 彩坂初雪
種を植える作業をしている人
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幽霊か?

「それで、結局なんだったの?」

 午後七時過ぎ。

 夕食を食べ終わった辺りで駿平たちはいつもグループホームから家へと帰る。認知症の方々は夕方以降になると気持ちが揺れやすい。この時間以降は、職員に任せようと二人で決めていた。

 というより、自分たちも学校の勉強をしなくてはならないのだ。これ以上遅くなると課題をする時間がなくなる。

「そんなに気になるか?」

 半歩前にいる金色の尻尾を見て聞き返す。

「そりゃね。瀬名さん、いつも落ち着いてるし、そもそも徘徊もあまりないじゃん。脱走なんて似合わないよ」

 いつも思うが、いろはの髪の毛はこの時間になるとすごく綺麗だ。月明かりに照らされてきらきらと眩い光を放っている。好奇心旺盛ないろはよろしく、自己主張が強い。

「まあな。姉ちゃんはそんなに認知症が進んでるわけじゃないし」

「でしょ? だから、尚更気になるんだよ」

「……」

 別に隠すことでもない。悪い思い出ではないのだ。

 ゆっくり息を吸い込んで、話し始める。

「あの五月九日って日は――」



 ガゴンッ!



「――ん?」

 その矢先、前方でなにやら妙な音が響いた。

 なにかとても重たいモノが動いたような、そんな音だった。

「なんだ? 今の音」

「さあ?」



 ガリガリガリ



「んん?」

 今度は、金属がアスファルトと擦れあう音。

「行ってみるか?」

「え……や、やめた方が……?」

「どした?」

 いろはの声が若干、震えているように聞こえた。

「……ああ、そういや、お前って好奇心旺盛な割りにお化けとかそういう類の嫌いだったっけ?」

「え、えっと……そんなこと、ないんじゃないかなー?」

 完全に棒読みなんですが。

「じゃあ行くか」

「待って!」

 軽く流して歩き出そうとすると、幼馴染の駿平でも聞いたことがないくらいの大声で待ったがかかる。

「こ、こういうのは……慎重に行動した方が、いいんじゃない、かな?」

「そうだな。じゃあ行くか」

「駿平!」

 ちょっと面白くなってきた。

「こういうのは、危険かもしれないから、あまり近付かない方が――」

「じゃあ、お前はここにいろ」

 言うと、

「う~~~~~」

 涙目で唸る。これはものすごいレア映像だ。中学時代、悪ガキをまとめていたリーダーとは思えない。

「……まあいいや。恐いならここにいていいから。ちょっと行ってくるわ」

 このままいろはをからかっているのも面白いが、未だ鳴り響いているガリガリという音も気になる。

 駿平が歩きだすと、

「……」

 ガシっと手を掴まれた。

「いろは?」

 顔だけ向ける。

「駿平がいじめる……」

「……」

 上目遣いでそれは反則だ。

 こういう時、残される方が余計恐いというが、本当にそうなのだろう。冗談を言ってる余裕もないのか、力一杯手を握ってくる。

「分かった。一緒に行くぞ」

「……」

 無言でこくりと頷く。

 そのまま言ったら間違いなく怒られるだろうが、小動物みたいですごく可愛い。普段からこうなら良いのに。

「……」

「……」

 少ない街灯と月明かりを頼りにゆっくりと歩を進める。

 いろはではないが、本当にマズイものだったら洒落にならない。慎重に行くにことしたことはない。



 ガリガリガリガリ……



「……止まったか?」

 音の発信源まであと少しというところで、ガリガリという音が止まる。

 不思議に思い、目を凝らすと、音の正体がおぼろげながら見えた。

「……マンホール?」

「みたいだね」

 手をぎゅっと握り締めたまま、いろはが同意してくる。

 マンホールの蓋が、どういうわけか開いていた。おそらく、ガゴンという最初の音は蓋を開けた音で、ガリガリという音はマンホールから出るためにずらしていた音だろう。

 ただ、人影がない。

「……」

「……」

 息を殺して変化がないか様子を窺う。

 マンホールの蓋が勝手に浮き上がって開いたとなれば本当に心霊現象だ。

「夏にはまだ早いけどな」

「恐いこと言わないで」

 しかし、現実的に考えて、心霊現象以外になにがあるというのか。

 時刻は午後七時を過ぎている。七月、八月ならまだしもまだ五月だ。七時ともなればもう真っ暗で、なにか作業をするには危険すぎる。いや、マンホールの中なら昼も夜も関係ないかもしれないが、それにしたって時間が遅すぎる。人がマンホールに落ちて救出作業をしているとかでない限り、こんな時間までやらないだろう。

「ん?」

「……」

 開いたマンホールの穴を注視しているとなにかが出てきた。

 それは淡い桜色の光を放ち、まさしく――



「あー……幽霊、か?」


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