こういうことだ
「おーし。全員揃ってるか?」
と、教室のドアを勢いよく開けて、担任の伊林権蔵が入ってくる。
筋骨隆々。元気はつらつがモットーの体育会系の先生だ。
全員が着席していることを確認し、出席を取る。
他クラスまで声が聞こえているという大きな声で一人一人の名前を読み上げた。いつもと同じ朝の風景だった。
ところが、次の言葉は違っていた。
「今日は皆に嬉しいような悲しいようなお知らせがある!」
聞いた瞬間、ピンときた。
最後列の駿平は反射的に机に突っ伏す。
まさか、あるわけないだろうなとは思っていたが、こんな巡り合わせも人生には存在するのか。
「入ってきていいぞ!」
権蔵が言うと、ドアがガラっと開き、教室に入ってきたのは、
桜色の髪の毛が特徴的な真っ黒のワンピースを着た少女。
権蔵はその風貌に慣れていないのか、顔をしかめているが、担任としての勤めを果たそうとする。
「今日、このクラスに転入することになった奏黒花さんだ!」
壇上に上がった黒花を皆に紹介する。
クラス全員が突然のことにポカンとしているのが見なくても分かった。髪の毛がピンクとか、あまりにも滑稽すぎる。
「奏さん、自己紹介をお願いできるかな?」
「はい」
「……」
「……」
沈黙。
「ええと? 自己紹介をだな、して欲しいのだが?」
「分かりました」
「……」
「……」
駿平は心の中でその言い方じゃダメですよと権蔵に突っ込んでいた。
黒花に自己紹介をさせたいのなら、自己紹介をするべきだと黒花が判断できるような場を作るか(駿平が先に自己紹介をしたように)、イエス、ノーで返答できるものではなく、自己紹介をして下さいと強制するか、どちらかだ。
黒花はおそらく、転校ということを経験していないし、興味もなかったのだろう。自分がどういう立ち位置にいるのか分かってないはず。
そんなことを机に突っ伏したまま、一人で考えていると、
「あ、駿平だ」
黒花がとんでもないことをのたまった。
「やっほー」
あくまで無表情に、棒読みのままで、小さく手を振る黒花。
やめなさいと思ったが、もう遅い。
「お? なんだ、前島、お前の知り合いなのか?」
心底嬉しそうな声音で権蔵が言う。
問題児を自分以外の人間が面倒をみてくれるかもしれないと期待しているのだろう。
できればここでの知り合い宣言は回避したい。黒花に学校のことを教えるのはやぶさかではないが、駿平は既にクラス内で浮いている存在なのだ。黒花というおまけまでついたらどうなるか、考えたくもない。
「髪の毛がピンクなんていう不可思議な人間と知り合った覚えはありません」
駿平が顔を上げてきっぱり断言すると、
「そうなの?」
黒花に、逆に聞き返された。
相変わらず、訳の分からない問答を始める少女だ。
「ええ、そうですよ。勘違いだと思いますよ」
努めて明るく、はっきりと言う。
権蔵は腕を組んで黒花と駿平を交互に見る。
黒花は数秒黙って、
「じゃあ、あのグループな家? で会ったのは別に知り合ったっていうことにならないのね? 私はそれでも構わないけれど。でも、会ってはいるよね?」
今度はそうのたまった。
黒花の中では会うということと知り合うということがまるで違う意味を持っているらしい。非常に興味深い。
じゃなくて。
「おお! そうか。そういう繋がりか! 前島も人が悪い。そうならそうと最初から説明してくれればいいのになあ!」
そうなりますよね。
グループホームという駿平とは切っても切り離せない単語を出されては降参するしかない。グループホームという場で出会ったとなれば、勘違いの確率も数段落ちる。これ以上誤魔化すのは難しいだろう。
諦めてため息をついていると、権蔵が
「よし! それなら、奏さんの紹介は前島に任せよう!」
とか言い出した。
「……ええと? それはどんな理由で?」
「そりゃ決まっているだろう。奏さんはどうやら皆の前に出て緊張しているようだからな。知り合いというお前に説明を求めたわけだ!」
ただの職務放棄じゃないか、という言葉を駿平は必死に飲み込んだ。
権蔵だって担任になるにあたって、黒花の事情は聞いているだろうに。
「じゃあ、説明しますよ」
クラス中の注目を集めているので、無下に断ることもできない。
ガタっと席を立って、教壇へ。
近くまで行くと、黒花がポツリ。
「あ、スリーサイズは言わないでね」
爆死。
そりゃもう、見事に。
一応、声量には気をつけてくれたようだが、静まり返っている教室内ではよく響いた。
黒花の、透明感のある声が木霊する。
「落ち着いてくれ。クラスのみんな! 今、こいつが言ったことは――」
駿平が誤解を解こうとクラスメイトへ振り返ったところで、
「あと、家のこととかも、言わないでくれると嬉しい」
追い討ちがきました。
まあ、うん。アレだ。
黒花と一緒にいるということは、こういうことだ。




