顔を出してみよう
後日、康弘に聞いたところ、瀬名が記念日のことを覚えていないのにどうしてあんな行動に及んだのか説明がついた。
認知症になったからといっても全てを忘れるわけではない。昔のことや、普段から行っていた習慣などは案外覚えているのだそうだ。要は、記念日だということを忘れていても、毎年行っていたミニパーティーは覚えていたのではないか、ということ。五月九日にケーキを買って家へ帰る習慣があった瀬名は、それを思い出してグループホームを脱走したと考えられるそうだ。
ちなみに、五月十日からは家へ帰りたいという欲求が嘘のように消え去り、穏やかに過ごしているらしい。どうも、五月九日に家へ帰れるのか、という不安が瀬名の中に生まれ、それが職員さんへの不満として表に出ていたようだ。
「黒鳥さん、起きてて大丈夫なんですか?」
「ふむ。良くはないかな。じっとしてろと言われた気はする」
瀬名を見つけることができたのは、黒鳥の力があったからだ。
直接見つけたのは駿平と康弘とはいえ、山の方に行ったのではないかと気付いたのはいろはなのだ。黒鳥が捨て身でいろはを守っていなかったら、もっと事態は混迷していただろう。
「気はするって、そんな適当なことでいいんですか?」
「なら、私にじっとしていろと言うつもりか?」
「……」
じっとしていろと言ったところでじっとしている人でないのは重々承知している。
現在、黒鳥が搬送された上草中央病院にいろはと共にお見舞いに来ていた。予感はあったのだが、黒鳥の部屋に入った時には呆れ果てた。部屋の真ん中で『全裸で』なんだかよく分からないポーズを決めていたのだ。
「しかし、いろは、こっちに非はないんだからなにも蹴り飛ばさなくても……」
「うん、それはその……ごめん」
黒鳥のその姿を見るなり、いろはは駿平を部屋の外へ蹴り飛ばしたのだ。それはもう見事に駿平の腹部へヒットして、暫く立ち上がれなかった。
この辺りは、やはり昔とは違う。不良時代の名残がある。
「それはさて置き」
「あんたが元凶の話だよ。さて置くな」
「どうでもいいじゃないか」
腹に穴が空いても黒鳥は黒鳥だった。
こういうふざけたところはまるで変わっていない。
「いろはちゃん」
「はい?」
駿平を完全に無視して黒鳥はいろはに話しかける。
まさか自分に話が振られると思ってなかったらしいいろはは戸惑う。
「いろはちゃんには、礼を言っておかないとな」
なんのことだかよく分からないらしい。眉を寄せている。
駿平も、黒鳥がいろはに礼を言う必要のあることなど、思いつかない。
「夕菜のこと、知ってて見逃してくれていたんだろう? ありがとう」
駿平はそれを聞いてもなんだか理解できず、首を傾げるが、いろはは違った。
「いえいえ。最終的に黒鳥さんに助けられてるんですから、おあいこです。お礼なんていいですよ」
「そう言ってもらえるとありがたいな」
二人して穏やかに笑い合う。
「……」
駿平だけ、すっかり取り残されたていた。
「ああ、君には話してなかったか」
「え? 知らせてないんですか?」
そんな駿平を見て、黒鳥はしれっと言う。逆に、いろはは驚きの声をあげた。
「話す必要はなかったからな。いろはちゃん、説明任せた」
「ええ!?」
さらに驚きつつも、いろははちゃんと説明してくれた。
そして、説明を聞くと、黒鳥が自分で説明したがらない理由もなんとなく理解できた。
夕菜というのは、チーム氷牙にいた黒鳥の親友らしい。最初期からのメンバーで、いろはともかなり仲が良かったとか。いつも、黒鳥がどうしていろはの居場所を特定できるのか気になっていたが、その夕菜さんに聞いていたらしい。また、先日の脱走事件の際に内部の状況をしっかり把握していたのは夕菜さんにカメラを持たせていたからだとか。
いろはは、それを知りつつも黙認していた。チームの内情を外へ漏らすことをしていたのだ。裏切り者扱いされてもおかしくはない。でも、いろはは、黒鳥が最初に駿平を連れてチーム氷牙に訪れた際、夕菜さんに黒鳥との関係を聞いた。詳しいことはいろはも知らないらしいが、夕菜さんと黒鳥の間にはグレようがなにをしようが絶対に切れない深い繋がりがあるのだとか。
いろはは自分と駿平の間柄に重ね合わせて、夕菜さんの行動を知りながらも隠していた。
「なるほど。そういや、いつも俺が会いに行った時、いろはは驚いてなかったもんな。嫌な顔は結構された覚えはあるけど」
「そうだね。駿平が来ることは夕菜に聞いてたから、来てもまたかってくらいにしか思ってなかったよ。門前払いになったこともあったみたいだけど」
その一部は黒鳥に問題があったからなのだが、今は流しておこう。
つまり、黒鳥は駿平のためだけに動いていたわけではなかったのだ。ずっと駿平が不良グループに行くことを心配してくれていただけかと思っていたが、黒鳥には黒鳥なりの事情があった。
でも、そんなことで黒鳥に対する信頼は揺るがない。黒鳥は、半分駿平を騙していたことになると説明を嫌ったのかもしれないが、それがなんだというのか。友達のために動いてなにが悪い。当たり前のことだろう。
「あれ? そうなると、黒鳥さんのパソコンに映っていたカメラ映像は?」
ふと、疑問に思う。
チーム氷牙の動きをなんらかの方法で盗撮しているのかと勘違いしていたが、真相は違った。そうなると、パソコンに映っていたあの映像はなんなのだろうか。
「ん? ああ、あれは家の中の映像だよ。私は母方の方に似ていてね。知る機会はなかったと思うが、母親は映像機器をいじるのが趣味なんだ。それが私にも伝染して、自作でカメラを作っているんだ。で、家の中で試し撮りしていると。そういうわけだ」
なるほど。そういうわけか。
カメラを自作するなどなかなかできることではない。すごいなと感心していると、黒鳥が「そういえば」と切り出す。
「私を刺した子はどうなった?」
「あ、えっと、あの後警察に連れて行かれたみたいです。あたしたちが病院で警察の人たちにしっかり話しましたし、黒鳥さんの親御さんも放置じゃ納得できないでしょうから」
いろはの即答に、黒鳥は少し顔を曇らせて「悪いことをしたかな」と言う。
いろはや夕菜さんたちを無事に済ませるための策だったとはいえ気が咎めるのだろう。たとえ不良グループでも、警察に連行されなければならない人間など一部でしかなかったはずだ。
が、それに対していろはは「いえいえ」と首を振った。
「あの子は、警察に捕まる理由はかなりありましたから、今更ですよ。そもそも、普通にナイフを持ってる時点でどうかしてますって」
「そうなのか?」
「はい。万引きの常習犯でしたし、何回も傷害事件を起こしてます。チーム氷牙にいるうちはあたしができるだけ止めていたんですけど、やっぱり今更です。むしろ、傷害どころか殺人未遂なんですから、捕まって当然です。刺せと言われたからって、本当に刺す人間なんて世の中にそういません」
いっそすっきりしたように、いろは笑った。
まあ、そう言われてしまうと確かにと思う。このまま放置しておくより、はっきりとした罪状を突きつけて捕まってもらっていた方が安全な気もする。
黒鳥も、いろはの話を聞いて安心したようだった。
「さて、駿平君は、もう家に帰るんだろう?」
唐突に、黒鳥が話題を転換。
家へ、というのは病院からという意味ではなく、大浦家から前島家へという意味だろう。
「そうなりますね。だいたいのことは教わりましたから、たぶん、一人でも大丈夫です」
そうでなくても、今回の件では大浦家の方々に大変な迷惑をかけてしまったのだ。さすがにこれ以上、図々しく家に居座るつもりはない。
「今度はあたしもちゃんとサポートするからね」
「あれ? いいのか?」
「黒鳥さんばっかりにいいカッコさせられないから。暇見つけて泊まりに行くかも」
それはやめて欲しい。
幼馴染とはいえ、中学生になってお泊まり会とか、違う方向で期待してしまう。
「ほう。それは楽しそうだな。その時は是非私も――」
「あんたは来るな!」
黒鳥だけは家に入れてはいけない。
がっくり落ち込んでいるが、自業自得だ。普段の行いが悪い。
「あんたはってことは、あたしは良いんだ?」
「よくねえよ……。揚げ足取らないでくれ」
この二人、案外意気がピッタリ合うんじゃないだろうか。
「ま、そのうち、髪の毛がピンク色の不思議ちゃん系の女の子が現れて、駿平君のお嫁さんになるだろうから、そうなったらお祝いに行かせてもらおうよ。それまでは家で大人しくしてるさ」
「なんですかその奇妙奇天烈なお嫁さんは……。あと、そうでなくても大人しくしててください。特に、今はお腹に穴が空いてるんですから」
「え? 穴自体はそれなりに塞がってるよ? 見る?」
と、黒鳥は病院で貸し出されている服を堂々と脱ぎ始める。
「もう突っ込む気も失せてきましたが、脱がない――」
「駿平! あっち向いてて!」
「ぐふぉ!」
だから、いろはさんや。
言ってることは正しいのだろうけれども、そうやって人を蹴り飛ばすのはどうかと思うぞ。これから、直してくれることを期待する。
それから、パンツを手渡されたこともあるので、もういい加減黒鳥が服を脱いだくらいじゃなにも感じなくなっているのですが。
「ま、とにかく、これにて一件落着かな」
「黒鳥さん! まず服を着てください!」
「ですね」
「駿平はこっち見ないの!」
脇でぎゃーぎゃー言ってるいろはを置いて、黒鳥と二人で笑い合う。
脱走した瀬名は無事、発見できた。
瀬名の家へ帰りたいという衝動の原因も分かった。
いろはも何事もなく帰ってきた。
俊也と康弘は互いに申し訳ないと謝りつつも普通通りの生活に戻った。
黒鳥と駿平も、なんとか今まで通りの日常に帰れそうだ。
これから、瀬名はまだまだいろいろはことを忘れていくと思うけれど、決してそれだけじゃない。瀬名の中には覚えていることも、できることも、やりたいことも、まだまだ沢山残っているのだ。
それをサポートしていくのは、自分たちの役目。
明日にでも、グループホームに顔を出してみよう……。
END.
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。福祉に関する小説を10~20代向けに書きたいなと思って書き始めたのがこの作品……いえ、正確には前作です。公開するかはまだ未定ですが、この作品に続く後編的な物語も既に完結しております。もし、この物語の続きを読んでみたいという方がいらっしゃいましたら、コメントの方、よろしくお願いします。ただ、上記の通り、書いた順番が逆のため、ところどころ設定が違っていますし、前編で説明したことをまた一から確認するような形になるかと思います。完成度も前編に比べて低いと思いますし、登場人物もかなり変化します。主人公である駿平、そしていろはと瀬名は登場するものの、黒鳥さんを含む、他のキャラはほとんど登場しません(代わりにメインで新キャラが二人登場しますが)。それでもいいから読んでみたい、駿平といろはがこの後どうなるのか知りたいという方がいらっしゃれば、コメントの方、よろしくお願いします。この後に二つ目の物語として掲載したいと思います。
もちろん、普通の感想、評価も受け付けております。ここはこうしたら良いのではないか?等のコメントもお待ちしております。
では、繰り返しになりますが、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。もしかしたらまだこの後も続くかもしれませんので、興味がある方はこの作品をお気に入り登録しておいていただけると嬉しいです(笑)




