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真相は

 二人してため息をつきつつ、車を発進させる。

 山の麓へ到着後、康弘の車を一旦降りる。

「はい、これ」

「ありがとうございます」

 康弘が持ってきていたらしい懐中電灯を点けて、山道を登っていく。

 左右ともに樹齢何年になるかも分からない立派な木々が生い茂っている。風が吹く度にざわざわと揺れて、不気味な雰囲気がある。夏休みにでも友達と来たら、良い肝試し会場になりそうだった。

「足元、気をつけてね」

「はい」

 午後から動きっぱなしだったこともあり、少し足がふらふらする。

 人を探しにきておいて自分たちが遭難したら元も子もない。懐中電灯の明かりを頼りに、一歩一歩、慎重に登っていく。

「ん? あれは……休憩所かな?」

「みたいですね」

 懐中電灯を少し先に向けてみると、屋根みたいなものが見えた。

「あそこまで行ったら引き返そう」

「分かりました」

 夜の山道はなにがあるか分からない。

 なんの装備もせずに登っていくのは自殺行為だ。

「でも、今更ですけど、姉ちゃんはどうして家に帰りたがったんでしょうか?」

「どうだろうね……。そういうことは、ご家族の方がよく分かると思うよ。私たちグループホームの職員はこうなんじゃないか、って予測することしかできないからね」

 これだけ探し回らせているのだ。

 大した理由もなく、なんとなく家に帰りたかった、などと言われたら怒らないでいられる自信はない。

「ただ、聞いても分からないと思うよ」

「はい?」

「今回の瀬名さんの行動は、認知症の方によく見られる徘徊の一つだろうけれど、徘徊は本人がどうして動きたくなったのか分からなくなることが多いんだ」

「分からなくなる?」

「そう。ほら、認知症の方って行為そのものを忘れてしまうだろう? それと同じで、立ち上がってどこかへ行こうとしたのは確かなのに、自分がどうして立ち上がったのか分からなくなってしまうんだよ」

 ということは、瀬名に聞いても理由など分からないじゃないか。

 いや、待て。それだと少しおかしい。

「じゃあ、どうして歩き続けるんですか? 自分が立ち上がった意味が分からなくなるなら、普通、そこに座り込みますよ?」

「うん、それは認知症をよく知らない人から突っ込まれる代表的な質問なんだけど。ええとね、認知症の方は記憶がなくなっても気持ちは残るんだ」

「気持ちは残る……? よく分からないんですけど」

「難しい話じゃないよ。駿平君は、すごく美味しいご飯を食べた時、美味しいと感じるだろう?」

「それは、はい」

「じゃあ、その美味しいという気持ちとなにを食べたかという記憶は同じものかな?」

 そう説明されると、なるほどと思う。

 記憶と気持ちは繋がりがあるものだ。なにか嬉しいことがあればなんで嬉しかったのかを覚えるし、辛いことがあればどうして辛いのかを記憶する。けれど、その気持ちと記憶は同じではないのだ。

「つまり、どうして立ち上がったのはかは分からなくなっても、こうしたい、ああしたいという気持ちだけは残るんだよ。それが、じっとしていられないことに繋がって、徘徊が起こる。だから、瀬名さんの場合もきっと一緒だよ。家に帰りたいという気持ちが残っていても、どうしてという部分が抜け落ちてしまっている可能性が高い。もっと悪くするとその『家へ』という部分すら忘れてしまって、単純にじっとしていられないからということもある」

「ということは、姉ちゃんが見つかっても、真相は分からずじまいということがあると?」

「そうなるね」

 それでは、見つかった後、手が打てない。真相が分からない以上、また同じようなことが起きるかもしれないのだ。

 もちろん、グループホームの職員さんたちがきっちり鍵が閉まったのかを確認してくれれば脱走そのものは防げるだろう。でも、瀬名の衝動は収まらない。

「えっと、確かもうすぐのはずなんだが……」

 と、もう一度、休憩所を確認するために康弘が懐中電灯を向ける。



「ん?」



 同時に、康弘が「おや?」という声を出す。

 どうしたのかと駿平も顔を向けるが、暗くてよく見えない。

「どうかしましたか?」

「いや、人影のようなものが見えた気がしたんだけど……」

「え?」

 びっくりして、駿平も持っていた懐中電灯をそちらの方へ向ける。

 二本の光が休憩所へと伸びる。

 休憩所には、ただ屋根とイスがあるだけだ。そのイスの辺りを中心的に照らすと――

「あれは……あ、駿平君!」

 駿平は駆け出していた。

 足場がどうとか、そんなことは頭から吹き飛んでいた。



 誰か、いるのだ。



 暗くて輪郭しか分からない。それでも、誰かがいることは間違いない。

 こんな時間に、こんな場所にいる人間などそうはいない。もし考えられるとすれば、天体観測が趣味の人か、隠れていちゃいちゃしているカップルか、そのくらいだろう。

 だが、あいにく、望遠鏡らしきものは見えないし、人影は一つだけだ。どちらでもない。

「駿平君! 危ないよ!」

 後ろから康弘の声が届くが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

 坂道を走る。

 途中で、もう一度休憩所に光を向けると、輪郭がよりはっきりする。身長からして、男性のものとは思えなかった。身体の線が細い。

「姉ちゃん!」

 休憩所に駆け込むと、ようやくその人物が誰なのかはっきりする。



 捜し求めていた、前島瀬名その人だった。


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