可能性
「前島家の前には少なくとも一人は配置させてもらいます。よろしいですか?」
「ああ、構いませんよ」
この時間になって家に戻ってくるというのもどうかと思うが、その可能性もないわけじゃない。入れ違いになったら困る。
「それはうちのグループでどうにかします」
「そうか。じゃあ、それはいろはさんに任せよう」
康弘は唇を舐める。
「ここからが問題なんだが、これまででもう瀬名さんが行きそうなところへほぼ全て回っている。それぞれで目撃情報が確認されているが、運悪く見つけることができていない。なにか、良い案がある人はいますか?」
「ええと、目撃情報があるなら、変に探し回るよりそこに誰かを待たせた方が良いんじゃないですか?」
康弘の言葉に、いろはが真っ先に提案した。
しかし、それは駿平が否定する。
「いや、六時過ぎから目撃情報が途絶えているって聞いてます。もし、もっと遠いどこかへ行っているなら、そうしても無意味じゃないかな?」
「遠いどこか?」
「市内って言っても、大分範囲は大きいだろ? 探してないところはまだあるんだからそこに行った可能性もあると思うけど」
そうかな、といろはは難しい顔をする。
「なら、まだ探していない地域に捜索範囲を広げてみますか?」
俊也が駿平の意見を受けて意見を出すが、
「そうは言っても、範囲が広すぎます。そちらへ行ったかもしれませんが、この人数では効率が悪すぎますよ」
康弘が否定する。
「効率の問題ではないでしょう?」
「それはそうですが……」
どこか、俊也は苛立った様子で言う。
駿平だって気持ちは同じだった。皆の頑張りを否定するわけではないが、これだけ探して見つからないなんて、おかしいと思う。最初に感じた焦りよりも、見つからない苛立ちの方が大きくなっている。
「では、まだ探していない地域を捜索してみますか?」
けれど、俊也も駿平も、効率が悪いことくらい分かっている。ここで「はい」と簡単には頷けなかった。もっと確かな方法があるのなら、そちらに従って行動したい。
「……」
「……」
「……」
「……」
全員が沈黙し、会話が停滞する。
地図と睨めっこしていても良いことなどないのは分かっているが、動きようがないのだ。
瀬名がいなくなってから既に五時間以上が経過している。もしも、まだ探していない方向へどんどん歩いていったとすると、一気に範囲が広くなる。
「あのさ、山に行っちゃった可能性はないの?」
そこへ、いろはがぼそりと言った。
「ん? なんだって?」
「だから、山の方へ行っちゃったってことはないのかなって」
「山?」
「うん。ほら、グループホームとか駿平たちの家って、ちょうど、市内の端の方にあるでしょ? だから、逆方向に進んだとするとすごく探す範囲が広くなる」
その通りだ。
この施設や前島家は市内の端に位置しているため、瀬名が市の中心地へ向かって行ったとなると探す範囲がとても広くなる。だからこそ動けないでいるのだ。
「でも、山の方に行ったとすると、山道なんてそんなに数多くないし、皆で探せば意外とすぐに見つかるんじゃない?」
山で囲まれている上草市は外への便が非常に悪い。高速道路があるわけでも、新幹線が通っているわけでもない。車で移動するしかないのだ。そのため、細かい道はそれなりにあるが、大きい道は数えるほどしかない。普段、住民が外へ行くのに使用する道路など片手で数えられる程度だ。
だが、ちょっと待て。
「家を探しに行くのに山へ行くか?」
「それを言われると痛いんだけど……」
施設や前島家の位置が上草市の端の端と言っても、それは住宅地の話だ。山との間には田んぼが広がっており、見れば家はそっちにないと分かる。
瀬名が家を目指しているというのなら、それは考えられないことだろう。
俊也も、それはないだろうという顔で黙り込んでおり、いろはは小さくなる。
他の方法はないものか、再び地図に目を落とすと――
「いや、その案はいただけるかもしれない」
なんですと。
「康弘さん?」
康弘が真剣な顔で呟いた。
「ほら、ここを見てください」
康弘が指差したのは、小学校。
「ここは確か、瀬名さんが勤めていた学校ですよね?」
「はい」
俊也が即座に頷く。
「そして、ここが前島家」
つつ、と指が動き、前島家に移動する。
「あっ!」
「そうか……」
「なるほど!」
三人が同時に声をあげた。
「ええ、瀬名さんが勤めていた学校は、少し田んぼの方へ食い込んでいるんですよ。瀬名さんがどのように家へ帰っていたのかは分かりませんが、田んぼを迂回して家へ帰っていたとすると――」
「山へ行っているということも有り得ますね」
康弘の言葉を駿平は引き継ぐ。
瀬名が勤めていた小学校は、住宅地から少し外れた、周囲を田んぼで囲まれた位置に建っている。そこから前島家へ戻ってくるとなると、街の方へ引き返す形になる。
つまり、
「認知症をお持ちの方は見当識障害が見られます。分かりやすく言うと、自分のいる場所や時間がよく分からなくなるということですね。ですので、もし、瀬名さんが田んぼを見つけた際に、『ここを通って家へ帰っていた』と感じたのなら、反対方向だろうとなんだろうと田んぼを突き進んでいった可能性があるということです」
そうなる。
そして、もしも山へと行ってしまったのなら、目撃情報が途絶えた理由にも説明がつく。
「住宅地から山道へ入ってしまうまでの距離はおよそ二十キロあります。瀬名さんが住宅地で歩き回っていた時間を考慮すると、おそらくまだ山の中へは入っていません」
「この時間に山道は危険すぎる。街灯なんてほとんどないぞ」
「なら、早く探しに行こう。瀬名さんがどの道を通ってるのかは分からないけど、市街地をあてもなく探し回るのよりはずっと効率的だよ」
「だな。行きましょう!」
駿平の言葉を受けて、四人とも動き出す。
「瀬名さんをよく知っておられるご家族の二人には分かれてもらった方が良いでしょう。駿平君は私の車で行きましょう」
「了解しました」
「俺は悪ガキどもを何人か連れて行く。運転しながらじゃ見落としもあるだろうし」
「じゃあ、大人しそうな子を何人か俊也さんに同行させます。あたしたちは徒歩で車が通れない細い道を調べていきますね」
康弘と駿平の二人が真っ先に施設を飛び出す。
その後、いろが選出したチーム氷牙数名と俊也が、最後にいろはたち徒歩組みが出発する。
「駿平君」
「はい」
「早く、見つけよう」
「はい」
月明かりと、少ない街灯を頼りに駿平たちは田んぼ道へ入っていく。




