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たとえ記憶が消えたって  作者: 彩坂初雪
悪いことは重なるものだ
30/84

電話

      ◆



 黒鳥のサポートである程度、元気を取り戻したものの、駿平はもう一度グループホームへ行く勇気が湧かなかった。ゴールデンウィーク五日目、康弘に「もう一度行ってみるかい?」と誘われたが、遠慮させてもらった。

「あと一時間か……」

「そうだな。だるいわ~」

 そして、ゴールデンウィーク明けの五月九日、月曜日。

 今日は瀬名と二人でお祝いをするはずの日だが、今年はやめた。駿平の心の整理がまだできていないことと、瀬名自身がそれを忘れているからだ。

「あ、前島、ごめん。課題終わってないとこあった。見せてくれね?」

「別にいいけど」

 課題なら、ゴールデンウィーク初日に全て片付いている。

 そこら中で同じような事態が起こっているようで、今日は朝からちゃんと課題をやっている組とそうでない組に分かれていた。

「でも、前島、元気になったみたいで良かったよ」

 唐突に、せっせと課題を写している友達が言った。

「ああ、うん、ちょっとは落ち着いたから」

「そっか。それは良かったな」

 詳しい事情は知らないはずだ。

 担任の先生も「家庭の事情」としかクラスの皆には説明していなかった。それでも、こうして気遣ってもらえるのは嬉しかった。クラスの皆には一時期迷惑をかけてしまったから、余計、心に染みる。

「そういや――」



「おい! 前島! 前島はいるか!」



「――ん?」

 友人がさらになにかを言おうとした矢先、教室のドアがけたたましく開き、担任が大慌てて入ってくる。

 何事かとクラス中が注目する。

「前島! 大変なことになった! 職員室に来なさい!」

 担任はズンズンと大またで駿平に近付くと、強引に手を引っ張って教室から連れ出した。

 最近、あまり精神状態がよろしくないことを知っているクラスの皆は心配そうな表情で見送ってくれた。

「あの、先生、どういうことですか?」

「今、電話が繋がっている。その方に詳しいことを聞け!」

「電話? ええと、誰からですか?」

 なにがなんだか分からないが、この先生の慌てようから、駿平にとってよくないことが起こっているのは間違いないと思った。

 それでも、



「グループホームの管理人さんからだ!」



 そんな答えが返ってくるとは、思ってなかった。

「先に行きます!」

 ドクンと心臓が跳ねた。

 鍛えられた悪い予感が一瞬でつま先から脳までを満たしたのだ。

「おい!」

 担任の声を無視して全速力で教務室へと向かう。

「前島です!」

 教務室の扉を無造作に開く。

 事情を知っているらしい先生方は教務室へ入室する際のマナーはどうとか、そんなことは言わなかった。ただ、「はい」と受話器を渡してくれた。その、同情しているような態度が駿平の焦りを加速させる。

「もしもし、康弘さんですか?」

《駿平君か?》

「はい」

 電話の向こうで、大騒ぎになっているらしいことが分かった。

 おそらく、事務室かどこかかけているのだろう。後ろから大声を張り上げている人の声が聞こえる。

「どうしたんですか?」

 駿平が質問すると、康弘は「本当に申し訳ない」と先に謝ってきた。

 そこで、もう嫌な『予感』ではなく、なにか、最悪の事態が起こっていることを悟る。

「前置きはいいです! 姉ちゃんのことでしょう? なにかあったんですか? 怪我でもしたんですか?」

 駿平がまくし立てるように聞くと、康弘は言った。

 一字一句はっきりと、これは事実なんだと、言い聞かせるように、言った。


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