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それなりの事情はあるしな

「そういう風に、チームがどんどん悪い方向へ向かっていくのって、いろはの本意なんですかね?」

 乾いた唇から出たのは、そんな言葉。

「さあね。私にそれを聞く? よっぽど、君の方がその答えを知ってると思うけど」

「……」

 その通りだ。

「逆に聞くが、君はいろはちゃんの本意だと思うかい?」

「思いません」

 考えるまでもない。すぐに回答は出てきた。

「それはどうして?」

「いろはは、ああしてグレても根っこの部分はなにも変わってません。変わったところがないとは言いませんけど、会えばいつも話してくれるし、さっきは忠告もしてくれました。たぶん、忠告してくれたのは、自分と関わることで俺が嫌な思いをすることを嫌ったからです。

そのいろはが、自分の身体で金を稼いだり、薬に手を出してるようなやつと自分から絡もうとするとは到底思えません。少なくとも、俺の知っている浅井いろはは、そういうやつです」

 言い切ると、黒鳥はいつものようにクスクスと笑う。

「それが勘違いである可能性はどのくらいかな?」

「……分かりません」

「駿平君。非情なことを言うようだけれど、君の持っている浅井いろはに対する人物像など所詮一部に過ぎないと思うよ? 君は根っこの部分では変わってないと言うけれど、本当にそうかな? また逆に聞くけれど、じゃあ君の言う『浅井いろは』とは、いくら父親の死という辛い出来事があったからとて、不良集団を作ろうなどと思う人間なのかな?」

「……」

 今回は、すぐに答えが出せなかった。

 黒鳥の問いは至極当然のものだ。人なんてどう変わるか、どう歪むか分かったものじゃない。いくら周りが信じていようとなにかの拍子にがらっと性格が変わってしまう人もいる。なのに、その変わったという事実を受け止めず、過去の出来事にすがって「あいつはこういうやつだった!」なんて言っても意味がない。

「ふむ。まあ、安心してくれ」

「……?」

「私は困ってる人間を助けるのが趣味なんでね。とりあえず、浅井いろはの身辺を洗ってみるよ。彼女がやりたくてチーム氷牙のリーダーをしているのかどうか、少し調べる。君は、姉上のことをしっかり考えていればいい」

 はっとする。

 失念していたわけではないけれど、今の駿平には他にも考えるべきことがあるのだ。いろはのことだけに構っているわけにはいかない。

 どう動くにしろ、いろはのことを少しでも多く知っておいた方が良い。それを黒鳥が買って出てくれるなら、ありがたい。

「黒鳥さん、いいんですか?」

「いいもなにも、私はそういう人間だからな。任せてくれて構わないよ……私にも、それなりの事情はあるしな」

 最後の方はよく聞き取れず、首を傾げるが、黒鳥は「なんでもない」と首を振る。

 不思議に思いつつも、じゃあ、と駿平は頭をさげる。

「いろはのこと、お願いします」

「うん、了解したよ」

 これだけ親しくなっているのに、黒鳥のことを呼び捨てで呼べないのはこういうことだ。姉みたいに感じているとか、個人的な感情は抜きにしてもお世話になりっぱなしなのだ。黒鳥自身は全く不快に感じていないようだからついお願いしてしまうが、今回の一件が済んだらちゃんと黒鳥にお礼を言った方が良いかもしれない。

「それじゃ、帰って良い?」

「あ、はい。引き止めてすみませんでした」

「いやいや、可愛い迷い猫ちゃんのお願いなら構わないよ。それじゃ、またそのうちに」

 凛とした後ろ姿を見せて颯爽と去っていく黒鳥。

 その姿は、同年代とは思えないほど、カッコよく見えた。


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