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たとえ記憶が消えたって  作者: 彩坂初雪
プロローグ
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プロローグ

 幼馴染がグレた。

 この間、なんとかして会おうとしたら彼女のグループのメンバーだという女子たちに「ここはお子様が来ていい場所じゃねえんだよ!」と追い返された。

 ほんの三ヶ月ほど前のことだ。

 幼馴染である浅井(あさい)いろはの父親が急死したのは。

 いろはといろはの親父さん、浅井智次(ともつぐ)の仲が良いことは近所中に知れ渡っていた。中学生にもなってよくもまあと思うほどべったりな親子だった。食事をするのも風呂に入るのも全て父親と一緒。休日になれば二人でデートだと出かけに行くこともしょっちゅうあった。以前、ファザコンだと思われるからやめろと言ったのだけど「ファザコンだから別にいいけど?」と真顔で返答がきたほどだ。

 ところが、数ヶ月前、智次が急に悪い病気にかかって亡くなった。

 当初、いろはは単純に落ち込んでいただけだった。お見舞いに行ってもなにも言葉を喋らず、食事もろくにとっていなかったらしい。もちろん学校にも顔を出さず、一人でどんよりとしていた。普段、「元気だけが取り得だからね」と笑顔しか見せないはずの幼馴染のそんな姿は新鮮である以上に心配と不安を感じさせた。

 そして、一ヵ月後、その不安は的中する。いろはは自らがリーダーとなり、上草(かみくさ)市にたむろしていた不良をまとめて『チーム氷牙(ひょうが)』を結成。

 それを聞いた時には耳を疑った。

黒鳥(くろとり)さん、本当にこっちで合ってるんですか?」

「信じる信じないは君の勝手さ。迷い猫君」

「……」

 駿平(しゅんぺい)は本日何度目になるか分からないため息を吐く。

 隣を歩いているのは、可愛いというより美人という言葉が似合う女性だ。

 クスクスと笑う口は横に広く、眼つきも鋭く切れ長だ。艶のある黒髪を腰まで伸ばしており、独特の雰囲気を放っている。近くにいるだけで心が凍えてしまいそうな、そんな不気味さがある。普通に歩いているだけなのに、背中に漆黒の翼が生えているように見えて仕方ない。

「しかし、この間も会いに行ったばかりなのだろう?」

「これでも幼馴染なんで。間違ったことしてるの見たら注意したいと思いますよ」

「それはそれは。素晴らしき友情だねえ?」

「……」

 そこを否定する気はないが、友情だけで動いているわけではない。

 駿平の家、前島(まえじま)家と浅井家は昔から家族ぐるみの付き合いがあった。駿平の姉である瀬名(せな)ともいろはは仲良くしていたのだ。瀬名はもうすぐ三十歳。駿平といろはとは十五以上歳が離れているが、そんなことは関係なく、よく三人で街に出かけたりしたものだ。

 その仲の良さも、町内に広まっていた。

 瀬名といろはのタッグはまさに過ぎ去ることのない台風のようで、付き合わされる駿平は大変な思いをしていた。


 例えば、二人が真剣に人間は空を飛べないか、という話をしていた時。ベランダから突き落とされた。骨を折ったのは言うまでもない。


 例えば、人間は五分間息を止めることができるのかという話になった時。鼻と口と耳をガムテープで塞がれ、じっくり観察された。あの時は、死ぬかと思った。


 例えば、公共風呂で男性が女子更衣室に入れるのは何歳までか検証しようという話になった時。毎年のように女子更衣室に連行された。恥ずかしくて死にそうだった。


 ……怒りが湧いてきたが、とにかくそのくらい瀬名といろはは名コンビだったのだ。

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