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比重  作者: SO-AIR
5/7

この小説は「悲恋」です。ハッピーエンドをお望みの読者様は、お読みにならない事をお勧めいたします。

 十二月に入り、新しい仕事が始まった。

 以前やっていた事と同じように、庶務、雑務が中心で、そんなに難しい事は無かった。

 心療内科へ行くために早退する事も許されていた。

 ただ、時給は低かった。食べていくのがやっと、という水準だ。



 働き始めて数日経った十二月の初旬、男はやってきた。

 首には見慣れないブランド物のマフラーが巻かれていた。

「仕事が決まったのか、良かったじゃないか」

 男は春巻きを齧った。

「お前が作る春巻きは、絶対に中身が飛び出さないんだな」

 まるで誰かが作る春巻きと比べるように言うその言葉に、怪訝な表情を隠しきれなかった。

 男はそれに気づいたのか「うちの母親がヘタクソだったんだ」と言った。

 安心させようとしているのか、何かを隠しているのか、分からなかった。

「クリスマスぐらい一緒にいれたらいいなぁ」

 シャワーを浴びた後にまたビールを呑みながら、そう言った。この癖はいつからついたのだろうか。付き合い始めてからずっと、お酒はセックスの後だったのに。

 部屋の中は凍えるような寒さなのに、男はセックスで汗をかいた。

 終わってからシャワーを再度浴びて出てきた。その頃にはエアコンで部屋は温まっていたが、それまではスカイがフクロウの様に丸まって暖をとっていた。

 翌日男は「クリスマスに来れるようにする」と言って部屋を出た。

 すぐに鞄の外ポケットから携帯電話を取り出し、何か操作をしていた。

 私は部屋に戻り、カレンダーにピンクの丸を付けた。

 次に男が来るのは多分――二月だ。



 一週間後、勿論男は来なかった。

 シチューは鍋にたっぷり作ってあったので、数日はシチューの日が続き、数日空いて、また土曜の夜にシチューだ。

 隣の部屋から複数の男女の笑い声がする。耳障りな、甲高い声。

 スカイはその度に身体をびくつかせていた。

 音を遮るためにテレビをつける。バラエティはうるさくて好きではない。

 おのずと、ニュース番組を選局し、リモコンをちゃぶ台に置いた。

 缶ビールを開ける。

 見知った顔が、テレビ画面の半分を覆った。

 ハローワークで話しかけてきた、あの男性だ。右目の下にほくろがあるから間違いない。

「自家用車で51歳男性ガス自殺」

 写真の下にはそう字幕が出ている。

 あの人、自殺したのか――。

 仕事、見つからなかったんだろうか。家族を持つという事は、非常に重い事だと思った。

 すぐにテレビを消した。

 途端に隣の部屋からの騒音が気になる。

 そうか、今日はクリスマスイブか。勿論男は来ない。


 身寄りのない私は、年末年始もこの家で一人、静かに過ごした。

 隣の部屋の若者は実家にでも帰ってるのだろう、物音一つしない。

 テレビを見ていてもくだらない特番ばかりで、見る気が起きない。

 結局、インターネットでニュースを見たり、料理のレシピを調べたり、男の事を考えたりして正月を過ごした。

 男は今、誰と、どこで、どんな風に正月を過ごしているんだろうか。

 思考は悪い方へ悪い方へと傾いていく。

 全ては病気のせいにする。


 仕事がある事だけが救いだ。

 仕事中、やはり男の事を考えてしまうが、睡眠がとれている分、居眠りする事は無くなった。

 幸か不幸か、それ程忙しい会社ではないので、ぼーっとしていても誰にも咎められない。

 一月の殆どの夕飯を、シチューで済ませた。時々ルーと肉を変えて、ビーフシチューにしたりした。

 それでも男は来なかった。

 急ぎ足で一月が過ぎ去って行った。


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