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比重  作者: SO-AIR
2/7

この小説は「悲恋」です。ハッピーエンドをお望みの読者様は、お読みにならない事をお勧めいたします。

 一週間後、男は現れなかった。

 携帯電話の番号は知っていたが、掛けなかった。メールも送らなかった。

 重い女だと思われたくなかったから。

 日頃から極力、電話は掛けないようにしている。

 二人分作ったオムライスの一つにラップを掛け、一人で片方を食べた。もう一つは明日食べよう。

 スカイが鳥籠の中で頻りに頭を上下に動かしている。あれは何なのだろう。



 その一週間後、男はやってきた。

「仕事が忙しくてさ。一週間ずれちゃったよ、すまない」

 先週と同じ、オムライスをちゃぶ台に載せた。

「うまそうだなあ」

 そう言って男はオムライスを抱え込むようにして食べた。

「あと一年、待ち遠しいな」

 そう言うと私を強く抱きしめ、セックスをした。



 一週間後、男は現れなかった。

 きっとまた仕事なのだろうと、気に留めなかった。

 しかし、その一週間後も来ない。連絡も無かった。

 その度に作った二人分の鯖の味噌煮を、二日掛けて一人で平らげた。


 ゴールデンウィークが明けた頃、男はここに来た。

「年度頭は忙しいんだよ。今日はサバ味噌かぁ」

 そんなに仕事が忙しいのかと訊くと、腹を立てたように声を荒らげる。

「忙しいんだよ。何だ、他に理由でもあると思ってんのか?」

 重い女だと思われないために、それ以上追求しなかった。

「スカイに餌やっていいか?」と言うので、餌が入った缶を渡した。

「また一週間後に来るからな」

 スカイに向かってそう言ったのを聞き、私は安心した。

 そして男に、身を委ね、夜が更けた。



 一週間後、また男は現れなかった。

 仕事が忙しいと言っているのだし、それ以外に理由がない。

 毎週土曜が来る毎に、二人分の食事を作った。

 それを一人で、二日に分けて食べる事が三回続き、結局男が現れたのは、しとしとと雨が降り続く六月。前回から一ヶ月が経過していた。

 なるべく恨み言は言わないようにしているが、つい口に出てしまう。

「何だよ、忙しくても来てやってんだよ」

 そう強気な態度で返されると、ぐうの音も出ない。

 カレーライスをちゃぶ台へ運ぶと、子供の様な笑顔になって口へとカレーを掻き込む。

 雨が続くと空気が淀むので、掃き出し窓を開ける。外気が流入し、スカイがピチピチと反応する。

 外が、恋しいのか。

 シャワーを済ませ、すぐにエアコンをつけると、掃き出し窓を閉めた。

 湿気の抜けた部屋で、男に抱かれた。

 一週間後に来るからなと言って、翌朝男は去って行った。



 務めている事務用品販売会社で、書類の校正や経理、物品補充まで幅広く仕事をしている。

 何かの仕事を終える毎に、自分の印鑑を押す。

 最近は男の事が頭を占め、仕事に身が入らない。

 こうして紅色の印鑑を押す数も減っているような気がする。要は、仕事をこなす数が減っているという事だ。

 こんな小さな会社でも、自分を正社員として雇ってくれている事に感謝せねばと思い、少し気持ちを引き締める。


 結局男が来たのは、七月の半ばだった。

 気が早い蝉が鳴き始めている。そんなに急いても、一週間後には、死ぬのに。

「向こうじゃ大きい七夕祭りをやってたよ」

 男は無邪気にそう言い、韓国風冷麺をすすった。一ヶ月と少し、私は土曜になるとこの冷麺を食べ続けた訳だ。

 その事を少し口に出すと、またドヤされた。

「新幹線代だって掛かるんだからな。少しは考えて物を言えよ」

 私は黙って冷麺をすすった。毎週食べていた、冷麺。でもこの男と食べると、何でも美味しいと言う事は、口には出さないが本心だ。

「お前と見たかったな。大きな七夕の飾りがあってさ」

 遠い目をしながら男は私に話して聞かせた。セックスを終え、梅酒をロックで飲んでいる時だった。

 男は私の身体に腕を回し、髪を撫でた。

 この男が居ない世界など考えられない。肩に回る手の温もりを覚えた。



 仕事をしていても、男の事が気になって上の空になる。確実に、こなす仕事量は減っている。

 パソコンの画面を見ても、そこに映らないはずの男の顔が見える。

 一週間後、やはり男は来なかった。

 蝉たちは、夜になっても鳴き止まず、抑えきれない繁殖衝動に駆られているにしても、耳について腹立たしい。


 日中は仕事に身が入らず、夜はなかなか寝付けない。

 やっと眠りに落ちたと思ったらすぐに朝が来る。辛い。

 眠気を背負ったままで仕事をするので、集中も出来ず、ミスを連発した。

 上司に「これじゃバイトの山田さんの方が正社員向きだ」と指摘された。

 上司に何と言われようと、連日の睡眠不足は否応なしに身体を不調へと向かわせ、パソコンの前で居眠りをしてしまったり、立ちくらみで暫く倉庫内に座っていたりした。


 一週間後、やはり男は来なかった。

 土曜日は毎回汗をかきながら、から揚げを揚げ、冷奴とサラダ、味噌汁を作り、二日に分けて食べた。

 家にいても、テレビを見るでもなくぼーっとしていて、何も手につかない。

 たまりにたまった洗濯物を干しても、途中で休憩をはさまないといけない位、怠い。


 次の土曜日もまた、男は来なかった。

 会社の事務所内では、私が奇行に走っているだの、鬱病だのという噂が流れているのを、知っていた。

 実際そうなのかもしれない。鬱病かも知れない。男の事しか考えられない。

 今何をしているのか。誰と一緒にいるのか。今週は来るのか。

「目に見えて君の決済印が減ってるんだよ、分かってるか?」

 上司に苦言を呈されても、反論できる材料が皆無だ。

「あと三週間待ってやる。それでも改善出来なかったら解雇通告を出さざるを得ないから」

 あと三週間の間に、男はやってくるだろうか。

 私は上司の話に了承し、あと三週間、給与に見合った働きをしようと試みたが、ダメだった。

 男の事ばかりが頭を掠める。頭から男が消え去ると、睡魔が襲う。

 夜になると目が冴えてしまい、男の事を考える。

 朝方に眠りにつくとすぐ、目覚まし時計が鳴る。


 結局三週間の間に男は来なかった。

 毎週土日は、から揚げと冷奴を食べ続けた。

 解雇通告が出され、一か月後に私は会社都合で失職する事になった。

 もう八月も残り数日となり、ひぐらしが少し涼しくなった夕方を音で覆い被せる頃だった。


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