足音
その日は、月の見えない夜だった。
好きなアーティストのライブに行って盛り上がり、駅前で友人と別れる。私はまだライブの時の高揚感が抜けていなくて、気分良くアーティストの歌っていた歌を口づさむ。
何気なく腕時計へ視線を向けると十時半。親にはメールをしてあるけど、流石にのんびりしていられるうな時間ではない。私は早く家に帰ろうと、少しばかり歩くスピードを速めた。
時間も時間なだけに、人や車の数も少ない。その内車も人も通らなくなり、私の足音だけが辺りに響くようになった。
……不気味だ。騒音のない夜は安らぎなど与えてくれず、私の心に不安をよぎらせる。
と、不意に足音が聞こえた。我ながらまるで小動物のように体をビクつかせ、私は背後から聞こえた足音の方へと視線を向ける。
見た瞬間、私は前方へと体を動かしていた。全速力で、叫び声を上げながら。
何を見たのか? そんな事口にしたくもない。見なければよかった。どうして振り向いたんだろう?
振り向かなければ、『アレ』が視界に入る事なんてなかったのに!
ライブの後の高揚感なんて吹き飛んだ。全身に冷水をかけられたように、体が震えているのが分かる。 それでも、私は前を向いて走り続ける。そうしないと、私はどうにかなってしまう!
家の明かりがこんなに恋しいと思った事はない。周りの家はなぜか電気が点いておらず、辺りは暗闇に包まれている。
足音が、後ろから追っかけてくる。逃げても逃げても、私の後ろをついてくる。
助けを求めようとした。けど、まず声が出ない。そして、周りには人の姿も、車の姿もありはしない。
「あっ!?」
足元に注意がいっていなかったせいで、私は何かに躓いてしまう。前のめりに倒れ、肘をコンクリートですりむく。
だけど、そんな痛みは気にならなかった。
さっきまで追ってきた足音が突然消えた。
……いや、消えたんじゃない。『アレ』は、今私を後ろから見下ろしている!?
その思った瞬間、鳥肌が体中を駆け巡る。体の震えが止まらない。逃げたいのに、体を起こす事ができない。
そんな状況下で、私はもう一度振り返ってしまう。恐怖しているのに、自然と後ろへと首を回してしまう。奥歯を、カチカチと震わせながら。
だけど、後ろには誰もいなかった。一本道の先には、ただ闇が広がっているだけである。
「……そっか。私、ライブではしゃぎ過ぎて、ちょっと疲れてるんだ」
自分に言い聞かせるように、誰もいない道の真ん中で呟いてみる。そうすると少しだけ先程までの恐怖が和らいでくれた。
そして私は前方を見る。体を起こして、家へと走って帰ろうと思って。
だけど、私は起き上がる事が出来なかった。
目の前に立っている白い服を着た女が、私の事を見下ろしていた。