電気屋の朝
今回架空の電気屋さんをテーマに書きました。
ぜひお楽しみいただけたらと思います。
午前8時40分。中国地方某県、市街地の配電線張替工事現場。
朝の住宅街に、ディーゼルエンジンの低い唸りが響いていた。
濃紺の車体に黄色いラインをあしらった工事車両が、道路沿いの規制区域に並んでいる。
五トン平ボディトラックが一台に十四メートル級の多関節式高所作業車が二台そして二トンのアルミバントラックが一台、二台の高所作業車から伸びた鮮やかな黄色のブームが、それぞれの作業位置で静止している。
頭上では、張替えを待つ配電線が朝日に照らされていた。
道路脇には、作業区画を示すカラーコーンと立入禁止の表示板その内側で、紺色の作業服を着た男が肩に掛けた小銃のスリングを直し、腰の工具差しを確認していた。
黄色いラインの入った作業服に、白いヘルメット傍らには電線の張替えに使う工具や資材が並んでいる銃がなければどこにでもある電気工事の現場だった。
「一号車、作業位置につきました」
無線に声が入る。
「了解。二号車は?」
「こちらも位置につきました。作業準備中です」
「了解。各員、作業開始前の確認をお願いします」
……さて、俺の名前は野間聖矢。
株式会社椛電気工事、総合インフラ整備部、特殊工務課、電気工事係所属。
長ったらしい名前だろ?まあ、要するに電気屋だ。
今日は配電線の張替え。古い電線を撤去して、新しい電線に取り替える。
俺たちにとっちゃ、珍しくもない仕事だ。
「野間、そっちの支持状態はどうだ?」
無線から声が飛んできた。
「確認できました。異常なしです」
「了解。次の工程に入る前に、ほかの作業箇所と合わせるぞ」
「了解です、片山さん」
少し離れた柱上から、片山智弘がこちらの作業状況を確認していた。
片山智弘さん、うちの副責任者。
柱の上から、俺たちの細かい作業を見てくれてる。
「久世、そっちの支持点は?」
「異常なしです。猫田さんと確認済みです」
「よし。野間、二号車側の準備が終わるまで待機な」
「了解」
地上では、伊東由貴が作業全体を見渡していた。
「片山さん、そちらの進捗は?」
「予定どおりだ。各所の確認も済んでる」
「了解。次の工程に移る前に、御小柴さんと手順を合わせてください」
「了解」
伊東由貴うちの班長、地上で現場全体を仕切ってる。俺の学校の先輩でもあって、昔から何かと世話になってる人だ。
「野間」
今度は御小柴の声が無線に入った。
「既設線の撤去順序、朝のTBMから変更はないな?」
「ありませんよ。打ち合わせどおりです」
「了解。次の工程に入るときは、改めて報告しろ」
「……了解」
御小柴涼。工事手順担当。仕事の腕は確かだし、手順の組み立ても悪くない。
ただなあ……。
「野間、何か言いたいことでもあるのか?」
「何も言ってませんけど」
「そうか。ならいい」
……あの性格だけは、どうにも合わねえ。
別の無線から、笑い声が漏れた。
「ははっ、また始まった」
「久世、お前笑ってんじゃねえよ」
「いや、まだ何も言ってねえだろ」
「笑ってただろうが」
「はいはい。仕事しようぜ、仕事」
久世裕太。あいつとは仕事が終わってからもよく遊ぶ。
普段は気のいい奴なんだが、俺が御小柴さんと揉めてると、やたら楽しそうにしやがる。
「久世、こっちの準備はできたぞ」
「了解です、猫田さん」
猫田惣次郎さん、久世と同じ二号車の担当だ。口数はそう多くないが、仕事はきっちりやる。
「野間さん、地上側の準備、完了しました」
下から北原の声が聞こえた。
「了解。ありがとう」
「次の工程で使う資材も確認済みです」
「助かる」
北原真琴、仕事でも私生活でも何かと顔を合わせる仲間だ。
こういうとき、ちゃんと先回りして準備してくれるのはありがたい。それに男臭い伊東班で唯一の女性社員、紅一点ってやつだな。性格はあれな所が多いけど…
「野間さん、こっちも準備できました!」
今度は、隣の柱上作業箇所から武藤の声が飛んできた。
「おう。そっちの支持点は問題ないか?」
「問題ありません。確認済みです!」
「了解。無理すんなよ」
「野間さんこそ!」
「余計なお世話だ」
武藤達哉うちの班じゃ若手の一人、若いからって侮れるような奴じゃない。施工も防衛も、しっかりやる。
地上では、相田修介が工具と資材の準備を終えたところだった。
「おーい、聖矢!」
「はい、相田さん!」
「こっちの準備は終わったぞ。58、いつでも出せるからな!」
「了解です!」
相田修介さん。うちの班じゃ年長組。仕事が終わってからも、よく一緒に呑んだりする。
ああ見えて、結構付き合いがいい人だ。
「伊東班長、周辺確認、異常ありません」
落ち着いた声が無線に入った。
滝沢克俊だった。
滝沢は規制区域の端に立ち、道路の向こうを見渡していた。
作業服の上には銃器を保持するための装備が取り付けられ、胸元には通常の工事担当者とは異なる赤い識別表示がある。
「了解。引き続きお願いします」
「了解」
滝沢克俊さん、うちの班の戦闘指揮者だ。普段は俺たちと同じように工事をする。
ただ、異形だの盗電組織だのが出てきたら、この人が戦闘の指揮を執る。
……まあ、そんなもん出てこないに越したことはない。
伊東が無線を入れる。
「片山さん、各作業箇所の状況は?」
「こちらで確認済み。予定どおり進められる」
「了解。御小柴さん、手順の変更は?」
「ありません。TBMで確認した手順どおりです」
「分かりました」
一呼吸置いて、伊東の声が響いた。
「各員、作業再開。安全最優先でお願いします」
「了解!」
各所から返答が重なる。
俺は工具を持ち直し、目の前の電線へ視線を戻した。
伊東由貴。片山智弘。御小柴涼。滝沢克俊。久世裕太。武藤達哉。北原真琴。猫田惣次郎。相田修介。
それと、俺。野間聖矢。
以上、十名。
これが俺たち伊東班だ。
性格も年齢もバラバラだし、全員が仲良しってわけでもない。
けど、仕事は仕事。一人じゃできねえことも、十人いれば何とかなる。
俺は手元の施工箇所を確かめる。
電線を張って、設備を直して、街に電気を届ける。昔から変わらねえ、電気屋の仕事。
遠くから、街の生活音が聞こえてくる。
車の走る音。
住宅の窓を開ける音。
どこかで鳴く犬の声。
……ただし。
俺は腰の装備に一瞬だけ目を向けた。
電工工具を収めた腰道具とは別に、身体には銃器を携行するための装備が取り付けられている。
今の時代、電気屋ってだけじゃ、生きて帰れねえこともある。
……まったく、面倒な世の中になったもんだ。
初めて投稿しました。
ザキサバです。
まだまだ、不慣れですが頑張りたいと思う気持ちはありますので気ままに次回をお待ちいただければ幸いです。




