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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

夢夜行

暗夢

掲載日:2026/02/23

 暗い道がある。先に光が見えた。



 真っ白な空間。そこには大きな樹があった。樹を見上げながら、私は問いかけた。


「何故、此処には貴方以外の者がいないのですか。」


樹は答える。


「狐が取って行ってしまったのだ。叢も虫もリスも、実らせたリンゴさえも。」


「狐?」


「そうだ。ずるがしこい狐だ。」


「何故、狐は盗んでいったの?」


「狡猾な為に決まっている」








………………………………






 「パパ、朝!」


「ああ、紬おはよう」


「あなた、おはよう。朝ご飯できてるわよ。」

 

「おはよう。朝はいつも悪いね。夕飯は僕が作るから。」


「パパの作る夕食嫌い!」


「そんなこと言っちゃいけません」


「あれ、買っておいたリンゴは?」


「ああ、虫に食われちゃったのよ。放置しすぎてたみたい。今度は早く食べましょう」


「…まあ、買いなおせばいいさ」










 いつも通りの毎日。電車に揺られ、仕事に行き、電車に揺られ、家に帰る。



「あっ、すみません」


「……」



知らない男とぶつかった。目が細く、つり目な男だった。








…………………………………………





 暗い道がある。先に光が見えた。吸い込まれるように先に進む。



 机と椅子が並べてある。カフェテラスのようだ。男女が座って話をしている。


「ここの料理はちっとも美味しくないね。」


「ええ、でも、いつものよりはいいわ。」


「良いのかい?ここ居ても」


「ええ。誰も知らないんですもの。」





………………………




 「朝だよ!起きて!」


「おはよう紬。朝から元気だね」


「あなたおはよう」


「ああおはよう。今日は仕事なのかい?」


「ええ。朝ご飯は作っておいたから。そういえば、隣の高瀬さんの話、聞いた?」


「え、何も聞いてないよ」


「高瀬さん、空き巣に入られたんですって。奥さんにも先立たれて、娘さんも嫁に行ってしまって、ずっと一人暮らしだったそうよ。」


「…そっか、この家も気を付けないといけないね」






 揺れる電車の中で、昨日のことを思い出していた。ぼんやりとした夢。あの巨木は、周りのもの全てを狐に取られた。ふと、違和感を覚えた。


「何で…狐って…?」


電車が目的地に着いた。





 仕事から帰ってくると、隣にやけに人が集まっていた。高瀬さんの宅だろう。警察が集まっている。騒ぎを聞きつけて、娘さんと、その夫も来ているようだ。


「お前のせいだ。全部全部、お前が悪いんだ!」


「やめてお父さん。片桐さんは何も関係ないでしょう?」


高瀬さん親子が言い合いをしている。夫の方は居心地が悪いのだろう、気不味そうにしている。


「そうだ。あの日、お前が娘を連れて行ってから、すべてがおかしくなったんだ!」


「片桐さんは何も悪くない!ね?そうでしょ?」


「う、うん」


夫の方は気が弱いのだろう。何も言い返せていない。家の方から、妻が出てきた。


「あなたおかえりなさい。酷い騒ぎよね」


「そうだね。紬にも、気を付けて帰れって連絡をしないと」


「心配だわ。あと、高瀬さんと娘さん、やっぱり仲が悪いみたいね。酷い言い合いだわ」


ふと、言い合いをしている娘さんの夫の顔が目に写った。私は、酷く悍ましいものを感じた。


昨日、私はこの男を見た。私の目と記憶が狂っていない限り、私は、この男が辺り一辺を彷徨っていたのを見たのだ。


「この、腐れ外道め!」


「落ち着いてください高瀬さん」


高瀬さんは警察に宥められ、娘夫婦はすぐに帰ってしまったようである。私は、感じた違和感を、言葉に出せないでいた。




「犯人、早く捕まるといいわね」


「…ああ、そうだね。その方がいい」


「パパ元気ないの?」


「…いや、全然何ともないよ。」


「とにかく、うちも戸締まりには気を付けましょ。」




 その日の夕飯は、味がしなかった。このまま黙っていて良いのだろうか。今日のあの場面、傍から見れば、高瀬さんは、気の狂った老人でしかない。然し、もし本当に、あの男が犯人なら?私は共犯でしかないのではないか。


 一つ、こんな考えが浮かんだ。私があの男を警察に突き出さなかったところで、誰かに断罪されることはあるまい。そもそも、あの男が犯人なのかは、分からないではないか。そう自分に言い聞かせ、私は床についた。







………………………………







 暗い道がある。また、先に光が見えている。私はぼんやりとしながら先に進んだ。





 机と椅子が並んでいる。昨日見たような光景だ。男女が座って話をしている。


「今日はありがとう」


「良いんだ。気にしないで」


「いつまでこうしていられるのかしら」


「何か不安なのかい?」


「誰かが告げ口すれば、もうおしまいだもの」






………………………………






 この日は休日だった。目が覚めると、家に誰か来ているのに気付いた。


「あら、あなたおはよう」


「ああ、おはよう」


「お邪魔してます」


家には高瀬さんの娘夫婦が来ていた。迷惑をかけたから、お詫びをしたいと言っている。


「先日はご迷惑をおかけしました」


「いいのよ全然。それより大変だったわね。高瀬さんの家に空き巣だなんて」


「私もそれには驚きました。まさか父の家に空き巣が入るなんて。父は一人ですし」


「お父さんとは、仲が悪いの?」


「はい…。結婚の挨拶のために、片桐さんを家に連れて行った時、父がいきなり顔色を変えて、こいつは駄目だ、狡猾な目をしてるって…。それからあまり会わないようにしてるんです」


「そう…」



私は、狡猾、という言葉が、どうにも引っかかった。本当に、この男はは空き巣犯なのだろうか。本当に、私は黙っているままで良いのだろうか。



「これからどうするの?」


「事件のことは、警察が捜査してくれてるみたいですし、父のことは色々迷惑をかけたので、父は施設に入れようと思います。まだ、片桐さんを犯人だと思ってるみたいですし…」


「そう、また、何か会ったら教えてね」


「はい、ご迷惑をおかけしました。お邪魔しました」





 私は、どうするべきだったのだろう。高瀬さんは気の狂った老人として、施設で余生を過ごす。誰にも、たった一人の娘にさえ理解されることはなく、死んでゆく。私は寒気がした。






「あっ、私昼から仕事があるんだった」


「ママ休日なのに大変」


「じゃあ行ってくるね。あなた、お米を炊いておいて」


「わかったよ。気を付けて」


「私も友達とご飯食べてくるね」


珍しく、妻も娘も家にいない日だった。






「ただいま」


「ただいまー」


妻と娘が帰ってきた


「おかえり。仕事はどうだった?」


「えっ?ああ仕事ね。最近忙しいのよ」


「そっか…。大変だね」




寝る前、ふと、漠然とした疑問が残った。帰ってきた娘は、やけに暗い顔をしていた。その原因も分からないまま、私は床についた。





………………………………







 暗い暗い道がある。先に光がある。私は灯りに群がる蛾のように、真っ直ぐ進んでいった。




 そこには、会話をする鳥の雛がいた。


「聞いて、私のお母さん、愛を知らないのよ」


「そうなの。愛を知らないって、大変なの?」


「大変なのよ。今も愛を探しているわ」


「そう。それは、悪いこと?」


「分かんない。だから私、早く飛べるようになりたいわ。そうすれば、広い世界を知れるでしょう?」






………………………………






 「おはよう、あなた」


「ああ、おはよう」


この日も、私は休日だった。娘も休日のようで、一日家にいるとのことだった。



「じゃあ、行ってくるわね」


「うん、気を付けて、行ってらっしゃい」


「……」


妻を見送る時、娘は黙っていた。




「紬、昼ご飯出来たよ」


「チャーハンかぁ」


「そんな顔するなよ」


「別にいいけど」


「…何か悩みでもあるのか?」


そう聞いた時、娘は黙ってしまった。


「何かあるなら、幾らでも相談に乗るよ」


「……」


「無理に言う必要はないよ」


「実は…」


娘の重い口が開いた。


「実は、私最近、見ちゃったの。ママが、別の男の人とイチャイチャしてるの」


「…え?」


「ママ、本当は仕事なんて行ってない。私見たもん」


予想外の告白を、私は信じることが出来なかった。


「…何処で見たんだい?」


「帰り道…駅前のカフェにいた」


「…相手が誰だったか分かるかい?」


「分かんない」


それ以外、何も問いただすことはできなかった。






「ただいま」


「…遅かったね」


「…えっ?そう?」


「いや、何でもないよ。おかえり」



 その日は、寝つきが悪かった。最近、変な夢ばかり見ている。そして、悪い事ばかり起きる。実を言うと、最近の妻に違和感はあった。然し、それを断定するほどの証拠はない。それに、娘はまだ小学生。本当に不倫と断定して良いのか?私は耳鳴りがした。



 ふと、高瀬さんを思い出した。彼の疑いは、誰の耳にも届かない。誰にも理解されず、埋もれていく。もしそれが、未来の自分なのだとしたら?




 …あの夢は?








………………………………






 暗い道がある。先には光が待っている。抗えない光に、吸い込まれていった。



 そこでは、鳥の親子が話をしていた。


「ねぇ、お母さん。お父さんは、飛んで行ってしまったの?」


「ええそうよ。お父さんは、飛んで行ってしまったに違いないわ」


「どうして飛んで行ってしまったの?」


「お父さんは、ここの居心地が悪いんだって言ってたわ」







………………………………





 「あら、あなたおはよう。今日は早いわね」


「ああ、おはよう。昨日あんまり眠れなくて」


「そう…あんまり無理しちゃ駄目よ」


「…うん。ありがとう」


私はここで、言わなければいけない気がした。


「…あのさ」


「…?どうしたの?」


「お前、浮気してるんじゃないか」


妻はぎょっとした。


「…浮気?いきなり何なのよ。冗談ならよして」


「…いや、最近、仕事の帰り遅いだろ?知らない香水付けてたり、それに…」


「…そう。私は香水もつけちゃ駄目な女ってことね。馬鹿みたい」


「そういうことじゃなくて」


妻は急に、開き直った態度をとった。


「あなたと娘の為に働いて、毎日早起きして料理を作って、ちょっとしたお金で好きな香水買って、何が悪いのよ。浮気?冗談は辞めてちょうだい」


「…それは、ありがたいさ」


「…良いです。疑いが晴れるまで、実家に帰らせていただきます。」


「そんな、紬はどうするんだよ」


「私が面倒を見ます。親なので。紬、荷物まとめなさい」


「ママどこ行くの?」


「おじいちゃんの家よ。ここから近いから」


「パパは?」


「パパはお留守番が良いんですって」







 一体どうしたら良かったのだろう。妻の言い分からして、本当に浮気をしていたのか分からなくなってしまった。やはり娘の勘違いだろうか。




 いつも通りの毎日。電車に揺られ、仕事へ向かい、電車に揺られ、家に帰る。唯、家には誰もいない。




 「ただいま」


しかし誰もいない。そのまま床についた。





………………………………





 暗い道がある。唯それだけである。道は続いているので、歩みを進めた。




 その先には、暗い部屋があった。段々目が慣れてくると、そこは家の中らしき空間が広がっていた。見覚えのある家の中だった。どこからか声がする。


「溺れないために、どうすればいいと思う?」


「まず、泳がなければ良かったんじゃないかな」


「そうだね。そうしなければよかったんだ」


「泳げない人は、始めから泳がなければいい。泳がないといけない人は、始めから溺れている人だけさ」



 


………………………………







 いつもの声は聞こえない。然し、いつも通りに日々は進む。



 

 いつも通りの毎日。電車に揺られ、仕事に行き、電車に揺られ、家に帰る。





 これはいつも通りだった毎日だろう。そう自分に言い聞かせた。






 帰ると、妻が戻ってきていた。


「離婚しましょう」


「…どうしてか聞いてもいい?」


「実は、前からあなたの浮気を疑っていたのよ。結婚してから無愛想になったし、それにあなたが飲みに行くとき、誰と行くかも教えてくれないじゃない」


「そんな…仕事仲間の名前を言ったって、お前からしたら知らない人だろう」


「それに、段々嫌になってきてたのよ。あなたいっつも起きるの遅いし、料理は下手だし、洗濯も掃除も苦手でしょう。」


「それは、申し訳ないけど」


「最近友達にも相談してるのよ。皆口を揃えて別れろって言うわ」






 離婚は酷くあっさりとしていた。祖父母の援助を受けられる点や、家事育児が得意な点から、親権は妻の方に行く方で話が纏まった。






………………………………







 暗い道を進んだ。後戻りすることは出来ない。



 そこは、冷たく暗い水の中であった。上から話し声がする。


「ねぇねぇ。あの人、溺れているの?」


「そうだね。泳ぎ方を知らないみたいだ」


「泳ごうともしてないんじゃないの?」


そこに浮力は無く、冷たい水に沈んでいく。






………………………………






 それから、奇妙な夢は見なくなった。続くのは、いつも通りの毎日である。




主人公可哀想ですね。よければ感想お願いします。

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