9話
私、柳麗華は何をやってもダメダメな人間だった。
学生の頃、成績は下から数えた方が早く、運動も百メートルを走ればすぐにばててしまう程体力が無かった。
それでも、クラスメートや友達はダメダメな私を受け入れたし、私自身できないことはできなくていいと思っていた。
そんな気楽な考えが誤ちだと気づいたのは社会に出てからだった。社会に出た私は完全に会社のお荷物になった。
「柳さん、頼んでいた書類は出来ましたか?」
「柳さん、ここの金額間違ってます!」
「柳さんーー」
社会に出た私は失敗ばかり、最初の頃は同僚や上司が教えてくれたり、助けてくれていたが、それでも覚えが悪い私は見放されてしまった。
「おはようございます」
挨拶をしても、誰も返してくれない。
仕事をしようとしても、私には仕事がなかった。
私の机にはパソコンと固定電話しかなく、固定電話も使用できないように線が抜かれていた。
それでも、私は仕事を続けた。
「え……」
そんな憂鬱な日々が続き、会社に行くと私の机には、ダンボール一箱と解雇通知が置かれていた。
周りに視線を向けるが誰も私と目を合わせてくれない。
私はダンボールに、荷物を詰めて会社から出て行った。家に帰る気力もなく、近くにあった公園でベンチに座り込んでいた。
そのまま呆然と公園で過ごしていると、辺りは暗くなっていた。
「……」
夜、重い足取りで家に帰ると、お母さんが出迎えてくれた。
「おかえり、今日もお仕事お疲れ様」
そう言って出迎えてくれるお母さん。台所からは私が好きなカレーの香りがする。仕事を頑張った私の為に作ってくれたのだろう。
そう思うと、申し訳なくなってきた。
「お母さん、私クビになった……」
自然と目から涙が溢れ、視界がぼやけた。ダンボールが床に落ちて、荷物が広がる。一瞬戸惑ったお母さんだったが、優しい笑顔を浮かべると私を抱きしめた。
「そっか……今はゆっくり休んで」
「……うん」
お母さんはクビになった私を責めなかった。
転職活動もせずに一日中部屋で過ごしていた。まったりと過ごしたことで、回復して外に出るようになった。
仕事を辞めて一ヶ月後、アルバイトを始めた。
「……頑張る」
私にはまだ正社員は早かったのだ。アルバイトで経験を積んで、正社員を目指す。
そう決めてアルバイトを始めたがクビになり、転職活動をしてまたクビになるの繰り返しだった。
「……」
早朝、私は外を歩いていた。
空はまだ薄暗く、空気はひんやりとしている。
もう、疲れた。
仕事をしてはクビになるの繰り返し。
自分を否定されるようで心の中で何かが崩れ落ちそうだった。
私の足は川に向いていた。
「冷たい……」
足をつけると、冷たさに眉を顰める。
それでも、一歩を踏み出した。
「おーい、川遊びにはまだ早いぞ」
「っ……」
声が掛かり、びっくりすると足を滑らせた。
「あ……」
背中から川に倒れ込む。ずぶ濡れになってしまった。
「あはは、大丈夫か?」
笑いながら話しかけてくれたのは、若い女性だった。手には大きな酒瓶を持っていて、酔っ払っているのか、顔は真っ赤だった。
それに、お酒くさい。
「……大丈夫」
「そっか、ほれ」
彼女が私に手を差し出す。
私は彼女の手を取り、立ちあがろうとすると、
「あ……」
「え……?」
彼女が私に向かって倒れ込んできた。
ざぶーん、ともう一度私は川につかった。
「あはは、ごめんな」
「いえ」
河川敷の橋の下。
缶に新聞紙や枝を入れて、焚き火をしていた。
さらに、木の枝に魚を刺して焼いていた。
「嬢ちゃんは、何でこの時期に川遊びしようと思ったんだ?」
「……」
「まあ、分かる」
その言葉に、私はギュッと拳に力が入った。
「冬にアイスを食べたくなるような感覚だよな」
「……?」
よく分からなかったけど、あえて言葉には出さなかった。
「あなたはどうしてここに?」
「酒飲んでたら、気がついたらここにいた。まあ、家なんて無いけど」
「え?」
「仕事もなければ、金もない、住む家もない。まあ、そんなどん詰まりでも、こうして楽しく生きてるわけだ」
「……」
話を聞く限り、彼女は私よりも酷い状況のようだ。
だが、悲壮感もなく、上機嫌にお酒を飲んでいた。
「要するにだ、嬢ちゃんが何に悩んでいるか分からないけど、私みたいな人間も楽しく生きてるわけだ」
彼女はそう言って、お酒を煽る。
「ふぅ……まあ、取り敢えずこれでも食え!」
彼女が焼いた魚を渡して来た。どうやら、この川で釣ったものらしい。
私は魚に齧り付く。
「どうだ?」
「……自然の味がする」
「そりゃそうだ」
彼女は笑いながら、魚を食べていた。
「じゃあ、私はもう行くから」
「どこに?」
「うーん……自由気ままに、風が吹くままにてな……私は旅人だから」
彼女は私に手を振ると、私の前から去って行った。
「自由に……」
彼女の言葉、心に刺さる。
私も彼女のように生きてみたい。