表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/15

9話

 私、柳麗華は何をやってもダメダメな人間だった。

 学生の頃、成績は下から数えた方が早く、運動も百メートルを走ればすぐにばててしまう程体力が無かった。

 それでも、クラスメートや友達はダメダメな私を受け入れたし、私自身できないことはできなくていいと思っていた。

 そんな気楽な考えが誤ちだと気づいたのは社会に出てからだった。社会に出た私は完全に会社のお荷物になった。


「柳さん、頼んでいた書類は出来ましたか?」

「柳さん、ここの金額間違ってます!」

「柳さんーー」


 社会に出た私は失敗ばかり、最初の頃は同僚や上司が教えてくれたり、助けてくれていたが、それでも覚えが悪い私は見放されてしまった。


「おはようございます」


 挨拶をしても、誰も返してくれない。

 仕事をしようとしても、私には仕事がなかった。

 私の机にはパソコンと固定電話しかなく、固定電話も使用できないように線が抜かれていた。

 それでも、私は仕事を続けた。


「え……」


 そんな憂鬱な日々が続き、会社に行くと私の机には、ダンボール一箱と解雇通知が置かれていた。

 周りに視線を向けるが誰も私と目を合わせてくれない。

 私はダンボールに、荷物を詰めて会社から出て行った。家に帰る気力もなく、近くにあった公園でベンチに座り込んでいた。

 そのまま呆然と公園で過ごしていると、辺りは暗くなっていた。


「……」


 夜、重い足取りで家に帰ると、お母さんが出迎えてくれた。


「おかえり、今日もお仕事お疲れ様」


 そう言って出迎えてくれるお母さん。台所からは私が好きなカレーの香りがする。仕事を頑張った私の為に作ってくれたのだろう。

 そう思うと、申し訳なくなってきた。


「お母さん、私クビになった……」


 自然と目から涙が溢れ、視界がぼやけた。ダンボールが床に落ちて、荷物が広がる。一瞬戸惑ったお母さんだったが、優しい笑顔を浮かべると私を抱きしめた。


「そっか……今はゆっくり休んで」

「……うん」


 お母さんはクビになった私を責めなかった。

 転職活動もせずに一日中部屋で過ごしていた。まったりと過ごしたことで、回復して外に出るようになった。

 仕事を辞めて一ヶ月後、アルバイトを始めた。


「……頑張る」


 私にはまだ正社員は早かったのだ。アルバイトで経験を積んで、正社員を目指す。

 そう決めてアルバイトを始めたがクビになり、転職活動をしてまたクビになるの繰り返しだった。


「……」


 早朝、私は外を歩いていた。

 空はまだ薄暗く、空気はひんやりとしている。

 もう、疲れた。

 仕事をしてはクビになるの繰り返し。

 自分を否定されるようで心の中で何かが崩れ落ちそうだった。

 私の足は川に向いていた。


「冷たい……」


 足をつけると、冷たさに眉を顰める。

 それでも、一歩を踏み出した。


「おーい、川遊びにはまだ早いぞ」

「っ……」


 声が掛かり、びっくりすると足を滑らせた。


「あ……」


 背中から川に倒れ込む。ずぶ濡れになってしまった。


「あはは、大丈夫か?」


 笑いながら話しかけてくれたのは、若い女性だった。手には大きな酒瓶を持っていて、酔っ払っているのか、顔は真っ赤だった。

 それに、お酒くさい。


「……大丈夫」

「そっか、ほれ」


 彼女が私に手を差し出す。

 私は彼女の手を取り、立ちあがろうとすると、


「あ……」

「え……?」


 彼女が私に向かって倒れ込んできた。

 ざぶーん、ともう一度私は川につかった。


「あはは、ごめんな」

「いえ」


 河川敷の橋の下。

 缶に新聞紙や枝を入れて、焚き火をしていた。

 さらに、木の枝に魚を刺して焼いていた。


「嬢ちゃんは、何でこの時期に川遊びしようと思ったんだ?」

「……」

「まあ、分かる」


 その言葉に、私はギュッと拳に力が入った。


「冬にアイスを食べたくなるような感覚だよな」

「……?」


 よく分からなかったけど、あえて言葉には出さなかった。


「あなたはどうしてここに?」

「酒飲んでたら、気がついたらここにいた。まあ、家なんて無いけど」

「え?」

「仕事もなければ、金もない、住む家もない。まあ、そんなどん詰まりでも、こうして楽しく生きてるわけだ」

「……」


 話を聞く限り、彼女は私よりも酷い状況のようだ。

 だが、悲壮感もなく、上機嫌にお酒を飲んでいた。


「要するにだ、嬢ちゃんが何に悩んでいるか分からないけど、私みたいな人間も楽しく生きてるわけだ」


 彼女はそう言って、お酒を煽る。


「ふぅ……まあ、取り敢えずこれでも食え!」


 彼女が焼いた魚を渡して来た。どうやら、この川で釣ったものらしい。

 私は魚に齧り付く。


「どうだ?」

「……自然の味がする」

「そりゃそうだ」


 彼女は笑いながら、魚を食べていた。


「じゃあ、私はもう行くから」

「どこに?」

「うーん……自由気ままに、風が吹くままにてな……私は旅人だから」


 彼女は私に手を振ると、私の前から去って行った。


「自由に……」


 彼女の言葉、心に刺さる。

 私も彼女のように生きてみたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ