8話
居間に戻ると、麗華がラーメンを啜っていた。
頬を綻ばせて、瞳を輝かせている。
そこまで、喜ばれると、作ったかいがあるというものだ。
麗華の食べている姿を眺めていたら、私のお腹が鳴った。
仕事終わって家で食べるつもりが、警察の世話になったので夕食を食べていなかった。
「私も作るか……」
台所に立ち、インスタントラーメンを作る。
完成して居間に行くと、麗華が横になっていた。
「食べたら寝る……子供みたい」
スヤスヤと寝息を立てる寝顔を眺める。
ラーメンを食べ終えたところで、私も眠くなってきた。事情聴取なんて慣れないことをしたせいだろう。
押し入れから布団を取り出して居間に敷く。
「うーん……」
布団は一組しかない。
麗華はすでに寝ているが布団で寝ないと身体を痛めるだろう。
今日は私が畳の上で寝るか。
「おーい、麗華。起きろ」
私は麗華の身体を揺する。麗華はゆっくりと目を覚ました。
「夏子……」
瞼を擦りながら、ゆっくりと身体を起こす。
Tシャツの裾が捲り上がり、見えそうになったので目を逸らした。
「布団敷いたから、そっちで寝ろ」
「うん……」
麗華は布団にダイブした。
それを見届けて私が畳の上で寝ようとすると、
「夏子……こっち」
「……」
麗華に呼ばれてしまった。
「一緒に寝よ」
「いやいや、流石に二人だと狭い」
「……お願い」
よく見ると麗華の手は震え、瞳が揺れていた。
「……わかった」
私は布団に横になる。一人用だからくっつかないと寝ることができない。
麗華は私に抱きついて来た。
「麗華……?」
突然の事態に困惑する。
「今日だけ……」
「わかった……」
麗華は私の胸に顔を埋めた。
「今日はありがとう」
「どういたしまして」
「……すごく怖かった」
「その割にはついて行こうとしてたな」
「……本当にパーティーがあると思ったから……」
麗華は警戒心をどこかに置いて来てしまったようだ。
「夏子……」
「うん?」
「抱いて」
「っ……な、何言って……!」
突然の麗華の爆弾発言に、思わず顔が熱くなる。
そう言えば、麗華はTシャツの下、何も着ていない……!
柔らかな感触が伝わってくる。麗華の甘い香り。
意識すると、ドクンドクンと心臓が高鳴った。
もしかして、私は女の子が好きなのか……!?
「ギュッとして欲しい」
「あ、そういうことか……」
「うん?」
「気にしないでくれ」
私の早とちりだったみたい。
私は麗華を抱きしめた。
甘い匂いと柔らかな感触。
誰かを抱きしめたのはいつ以来だろう。
大人になるにつれて人の温もりなんて忘れてしまった。
「……すぅ」
私と抱き合ってすぐに麗華は眠ってしまった。
安心した寝顔を眺めて、私は胸を撫で下ろした。
私も目を閉じる。今日は温かい抱き枕があるおかげでよく眠れそうだ。
***
目が覚めると、目の前に麗華の顔があった。
「っ……」
ぼんやりとした意識が一瞬で覚醒する。
一緒に寝たんだった。
起きた私は顔を洗い、棒付きキャンディを口に咥えた。
そして、朝食の準備を始める。
朝食は目玉焼きとウインナー、ご飯といったシンプルなものだ。まあ、手の込んだ物なんて作れないけど。
温かいカフェオレを淹れていると、麗華が目を覚ました。
「おはよう」
「おは……よう?」
麗華は首を傾げて、辺りを見回す。
「……あ、夏子の家……」
ようやく頭が回ったのか、麗華はそうポツリと呟いた。
「朝ごはんできたよ」
私はそう言って、テーブルに朝食を並べる。
ぐー、と麗華のお腹が鳴った。
「いただきます」
麗華は手を合わせた後、朝食を食べ始めた。
「美味しい……」
「良かった」
麗華は本当に美味しそうにご飯を食べる。作り甲斐があるのだ。
朝食を食べ終え、デザートに用意したプリンも食べ終える。
「夏子、ありがとう」
麗華は姿勢を正し、真剣な眼差しで私に伝えて来た。
「……」
私はテッシュを取り、麗華の口元を拭う。口の端にプリンが付いていた為だ。
麗華は顔を赤らめた。
「その……夏子には色々と助けてもらった。お返しはいつか絶対にするから」
「うん」
「……後、荷物まとめたら、出て」
「麗華は住むとこあるの?」
麗華の言葉を遮り、私は麗華に訪ねた。
表情を一瞬曇らせて、麗華は答えた。
「……この青空の下が、私の住処」
「……要するにないってことね」
「……うん」
麗華は頷いた。
私は麗華という人間に関わってしまった。ここで見捨てる選択は出来ない。
「麗華の事情は秘密でも良い。けど、出ていくことは許さない」
「許さない……?」
「そう……友達が困ってたら、助かるでしょ」
「友達……?」
麗華が目をぱちくりさせ、首を傾げた。
「うん、友達。一緒にご飯食べて、お泊まりまでした。これを友達と言わないならなんて言う」
「……そっか、友達……」
麗華が笑顔を浮かべた。
「……夏子」
「うん?」
「夏子には……私の事情知って欲しい」
「無理に話さなくても良いよ」
「うんうん」
麗華は首を横に振った。
「わかった。じゃあ、コーヒー淹れるから待って」
「……私も飲みたい」
「もちろん、麗華の分もあるよ」
「ありがとう」